第241話 神よ、願わくば一瓶の胃薬を授けたまえ
城に到着したジェイとエラ。出迎えた文官に用件を告げると、すぐに謁見の間に通された。
宮廷会議がひと段落つくまで待つつもりだった二人は、予想外の展開に思わず顔を見合わせる。
案内されて謁見の間に入ると、玉座に少年王アルフィルク、その左右に太后バルラ、春草騎士団長愛染。極天騎士団長武者大路と宰相の冷泉。他に数人の宮中伯が会議をしていた。
宮廷は今回の件をテレビ局より先に入手していたようで、明け方頃からずっと宮中会議を行っている。
事が事だけにアルフィルクも参加しているが、早くに起こされ、それからずっとの会議。重要である事は理解しているだろうが、幼い身体は眠気に負けそうになるのも無理はない。
しかし、謁見の間に入ってきたジェイを見て、眠気も吹っ飛んだかのように目を輝かせた。そのまま玉座から身を乗り出そうとして、愛染が慌てて支えている。
「婿殿、タルバの件について話があるそうだな」
冷泉宰相が報告を促す。姻族アピールする事も忘れない。
「先程『賢母院』様から情報提供がありました」
「ほう……!」
太后が整えられた眉をピクリと動かす。
ここにいる面々は『賢母院』が現在アルマ代官をしている事は知っている。
「アルマを挟んだ南北で、魔道具による通信が毎晩行われているようです」
「なんと!?」
大声を上げたのは武者大路。他の宮中伯達もざわめき始める。
「昨夜通信量が急に増えたそうです」
「状況的に叛乱が起きた後か……北はタルバとして、南は?」
「そこまでは……アルマの南となると、この内都も候補に入りますので、急ぎ報告を」
それ以上の事はジェイ達にも分からない。
ただ敵は北だけではないかも知れない。その事だけは報せておかねばという事だ。
「タルバだけ見ていては、足をすくわれるかも知れんという事か……」
そうつぶやいたのはバルラ太后だった。
「タルバの叛乱は、どうなっているのですか?」
ここでエラが尋ねた。城に来たもうひとつの目的だ。
「戦いの推移についてはまだ分からぬが……発端については分かっているぞ」
「ニュースではまだ言っとらん情報だな」
その辺りの事は、午前中の報道番組で解説付きで放送されるとの事。
また武者大路は、確定情報ではない事も一緒に注意してきた。
冷泉宰相の説明によると『純血派』が巡回中の北天騎士団の部隊を襲撃した事が叛乱の発端となったとの事。
襲撃されたのはヤマツ達を追っていた部隊なのだが、その辺りの事までは伝わっていなかった。
北天騎士団はすぐさま待機中の部隊を救援に向かわせたが……その隙を突くように北天騎士団の拠点が襲撃された。
それを皮切りにタルバ王都の各所で立て続けに『純血派』が蜂起している。
「いくつかは鎮圧されたが……」
「夜が明けても、新たに蜂起する者が出てきているらしい」
「……新たに蜂起、ですか?」
武者大路達の説明に、ジェイが怪訝そうな顔をした。
「どうしたの?」
「いや、それだけいるなら一斉に蜂起した方がって思って」
エラの問い掛けに、ジェイは答える。
武者大路と愛染は、同感だと言わんばかりにうんうんと頷いている。
『純血派』が北天騎士団の巡回部隊を襲撃した事が叛乱の切っ掛けとなった。
しかし、その襲撃の切っ掛けが何であったかは伝わっていないのである。
それ以上の情報は、まだ宮廷も掴んでいないようだ。
これで目的であった情報提供と収集は終わった。
ジェイとエラは、このまま退室しようとするが……。
「…………」
アルフィルクがすがるような目で見つめてくるので、それを言い出す事ができない。
明け方から会議という事は、おそらく朝食もまだなのだろう。そうでなくても長時間の会議、集中力が続かないのではないだろうか。
そんなアルフィルクの様子に気付いた愛染が動いた。
「一度休憩を挟みませんか? 皆様、朝食もまだでしょうし」
アルフィルクが、とは言わない。
「ム……そうだな」
「新たな情報もすぐには入らんだろうし……」
「一旦休憩としましょうか」
朝食を食べる間も無かったのは他の面々も同じ。皆すぐに同意し、休憩を取る事となった。
「二人とも、朝食は?」
謁見の間を出たところで、冷泉宰相がジェイとエラに声を掛ける。
「済ませてきました」
「『賢母院』様が、食べてから行けと言われましたので」
「まぁ、こういう時の宮中はな……。あの方もご存知なのだろう」
城内に執務室を持っている者はその部屋で、それ以外の宮中伯達は客室等で休憩を取る事になる。
冷泉宰相はジェイとエラを自分の執務室に誘おうとしたが、その前に声を掛ける者がいた。
「子爵、少しよろしいですか?」
愛染である。
アルフィルクから離れてどうしたのかとジェイ達は思ったが、そのアルフィルクがジェイを呼んでいるとの事だった。
「朝食を共にどうかとの事です」
「もう済ませたんですが……」
「量は控えめにと厨房に伝えておきましょう」
明け方から会議に参加していたアルフィルクを労りたいと言われれば、ジェイ達も断れない。
その場で冷泉宰相と別れ、愛染に連れられてアルフィルクの下へ赴くのだった。
一方学生街のジェイの家には、既にソックとタルラが到着していた。
明日香とモニカで対応する事になるのだが、明日香は家の守りも任されている。
そのためモニカが中心となって二人を出迎えるのだが、自分だけでは駄目だと思った彼女はアメリアを巻き込んだ。
「なんで!?」
「故郷で叛乱が起きたとか、どんな事話せばいいか分かんないし!」
「私の故郷でもあるんだけどー!!」
そう言いつつアメリアは、今回の件でそこまでショックを受けていない。厄介事から逃げる事ができたという思いの方が大きかった。
そのためお世話になっているし、モニカのフォローぐらいはしようかと考えたのだが……。
「……オーサとお婆様が関わっている気がする」
「というか、どっちに味方してるのかな……?」
「おぉぅ……」
居間に通されたソックとタルラは想像以上にショックを受けており、アメリアも思わずたじろいてしまう。
オーサとヤマツが叛乱の発端である事は伝わっていない。
しかし佐久野家と芽野家はどちらも北天騎士団に属する家。無関係ではいられないだろう。
「いや、北天の家なんでしょ? 巻き込まれてるって言っても鎮圧する側なんじゃ……?」
その暗い雰囲気を放っておけず、モニカはおずおずと声を掛ける。
「そうなんですけど……」
ソックとタルラが顔を見合わせる。
「父が鎮圧に動けば、お婆様がどう動くか……」
「その時、オーサはどう動くか……」
家の中がまとまっておらず、祖母、父、弟がそれぞれ対立関係にあるため、誰がどう動くかが分からないと二人は考えていた。
自分の預かり知らぬところで、佐久野家の浮沈が決まるかも知れない。
それによっては二人の縁談がご破算になる可能性だって有り得る。
今は安全圏にいる二人だが、そのせいでかえって胃の痛い思いをしていた。




