第240話 ママは電波系
「…………えっ?」
朝、魔動テレビのニュースでタルバ王都で叛乱が勃発した事を知ったジェイは、思わず気の抜けた声を漏らしてしまった。
当然それらしい動きがある事は知っていたし、そろそろ危ういとも思っていたが、それにしても唐突過ぎである。
「おはよーございまァッ!?」
丁度起きてきたアメリアは、故郷の町が戦場に様変わりしている事に気付くと、思わずテレビ画面に貼り付いた。
「何があったんですか!?」
「いや、俺も見始めたところだから……」
彼も部屋に入ってきたばかりだったようで、画面に映された戦火の跡を見て立ち尽くしていたところだった。
「タルバでも叛乱が起こったのよ……」
その疑問に答えたのはエラだった。今朝のニュースはタルバの叛乱で持ちきりらしい。
明日香とモニカも既に起きているが、明日香の方はジェイの隣に立ち呆然とテレビを見ている。ジェイと一緒に起きてきた――昨夜はお楽しみでしたねという事だろう。
そして一番最後に起きてきたアメリアは、気付いてしまった事をあえてスルーした。
「えっと、どうしてこんな……」
「『純血派』が北天騎士団を襲撃したって話よ」
「なんでっ!?」
アメリアが驚きの声を上げる。ある日突然戦場になるほど治安の悪い町ではなかったはずだ。
「さぁ? あ、さっき『純血派』の人が会見をしてたわ。今起きてる叛乱は我々の総意じゃないって」
「えぇ……このタイミングで言いますか?」
「このタイミングだからじゃない?」
明日香のぼやきに、モニカがツッコんだ。
明日香はいざ戦いを始めたならば全力を尽くすべきという勝つための事を考えているのに対し、モニカは戦いが終わった後に言っても聞いてもらえないと負けた時の事を考えている。
当然、この叛乱がなし崩し的に起きてしまった事についてはニュースでも触れていない。
そのためジェイの中では、先手を打たれてしまったという思いがあった。
「エラ、宰相に会えるか?」
「難しいわね。この状況だと、宮中に詰めてるんじゃないかしら?」
いつ新たな情報がもたらされるか分からないので、悠長に自宅で待機という訳にはいかないのだろう。
「それなら城に出向いて……」
「お待ちなさい」
朝食も摂らずに出掛けようとするジェイを呼び止めたのは、突然部屋に入ってきたポーラだった。魔法『青の扉』でアルマからここまで転移してきたのだ。
「いや、事は一刻を……」
「座りなさい」
「だから……」
「座りなさい」
「…………はい」
ジェイは抵抗を諦めてテーブルに着いた。エラがすかさず朝食を運ばせる。
「すごっ……」
アメリアが、信じられないものを見る目で見ていた。
ポーラは、朝食は済ませてきたという事で魔草茶だけ受け取る。
「さて……緊急事態ですので、食べながらでいいから聞きなさい」
そして真剣な顔で話し始めた。元々この話をする事が目的だったのだろう。
「内都の叛乱が起きてから調べていたのですが……アルマを挟んだ南北で通信が行われています」
「通信? 伝話ですか?」
明日香が受話器を耳に当てる仕草をしながら尋ねる。
「いえ、おそらく通信の魔道具ですね」
希少品であり、扱いがかなり難しい通信の魔道具。それを誰でも使えるように簡略化し、量産を可能としたのが魔動機の魔動伝話である。
通信する際に発せられる魔素の波に違いがあるらしく、ポーラはそれを察知し、区別する事ができるそうだ。
そして現代で通信の魔道具が扱える者と考えると、通信を行っているのは魔法使い。状況的に『純血派』でほぼ間違いないとの事。
ジェイは先日ポーラを訪ねた際、彼女が庭に出て夜空を見上げていた事を思い出した。
あれは星ではなく、通信の波を見ていたのだろう。
「通信の頻度は?」
「内都の叛乱以降、ほぼ毎晩ですね。叛乱以前は分かりません」
それ以前は調べていなかったのだ。
「それと昨夜、急に通信が増えました」
何かあったのかと考えていたところに今朝のニュース。これは急ぎ報せた方が良いと判断して、こちらに来たらしい。
「ああ、内容までは分かりませんよ? 通信の波が南北で行き来していたという事しか分かりません」
「……それだけ分かれば十分だと思う」
モニカが呆れつつもツッコんだ。流石は魔神といったところか。
通信内容については推察するしかないが、今の状況を考えるに『純血派』が叛乱に関する何かを通信していたのだろう。
しかし、今叛乱が起きているのは北のタルバのみ。南で通信していた者達は今何をしているというのか。
「セルツの目を北に向けて、南でも何かする気ですかね?」
「もしくは黒幕は南にいて、北に命令を送ってたとか?」
前者は明日香、後者はモニカの推測だ。どちらも有り得る話である。
「ていうか……南ってどこ?」
皆で考えている中、そんな疑問を口にしたのはアメリアだった。
ジェイ達は会話を止めてアメリアを見て、そして互いに顔を見合わせる。
「アルマから見れば、内都も南ですね」
「この島って可能性も……」
アルマより南となると、範囲が広い。明日香達は口々に心当たりを挙げるが、そこから絞り込む事はできなかった。
「……すぐに宮廷に報告した方がいいな。行ってくる」
「お城に行くのね。私も行くわ」
これは自分達だけでは手に負えない。そう判断したジェイは、エラを伴って登城する事にした。
「では、私は一旦戻る事にしましょう」
そう言ってポーラも席を立った。
「アルマを頼みます」
「母に任せなさい。混乱は起こさせません」
タルバで起きた叛乱のニュース、アルマもその影響からは逃れられない。
ポーラがいてくれれば頼もしいが、今代官を不在にする訳にはいかなかった。
「モニカ、ソックに連絡しといてくれ」
「こっちに来といてもらう?」
「そうだ」
宮廷に行けば、タルバについてもう少し詳しい話が聞けるかも知れない。それはソック達も知りたがるだろう。
「明日香は家を頼む」
「任せてくださいっ!」
「アメリアも……」
「出歩くな、でしょ? 分かってるって」
「ああ、タルバで動きがあったとなると、高城家にも動きがあるかも知れん」
ジェイが不在となると、今がチャンスだと考える可能性も否定できなかった。
それもあって連れて行く忍軍は最低限にしておく。ジェイ達の方はいざとなれば影世界に『潜』る事ができるからだ。
「ジェイ君、獣車の準備ができたわ」
「ああ、急ごう」
こうしてひと通り指示を出し終えたジェイは、エラと共に出掛けていった。
城に向かう獣車を見送る明日香、アメリア、そしてモニカ。
「……忙しくなりそうだねぇ」
ポツリとそう呟いたモニカは、かつて明日香の父・龍門将軍が攻めて来た第五次サルタートの戦い前夜の張り詰めた空気を思い出していた。




