第239話 真田○
寺院に戻ったオーサ。まだ宴会中だった残りの十勇士にヤマツと決裂した事、寄騎を引き連れてやってくるであろう事を伝え、戦闘準備をさせる。
その話を聞いた面々は、急展開に驚きこそしたが、すぐに目を輝かせはじめた。元より燻っていたところを戦に活路を見出した者達だ。やっと出番が来たかと言ったところだろうか。
三好は寺は古来より軍事拠点だったと言っていた。この寺院も石垣の上に建ち壁に囲まれている。門も頑丈だ。
魔法使いが今ほど衰退していない頃は、北天と『純血派』は激しくやりあっており、町中で小競り合いが行われる事もあったという。
寺院が頑丈に造られているのは、その頃の名残りなのだとか。
ヤマツが動かせるのは、彼女の取り巻きである寄騎のみ。何十人もで攻めてくる事は無い。
それならば門を閉ざしておけば、オーサ達だけでもそれなり耐える事はできるだろう。
門を攻められている間に背後に回られたらまずいだろうが、そこは身軽な者を一人寺院の外に伏せておく事で対処する。
「隠居によれば、明日オーサ殿を高城家に連れて行く手筈になっているとの事」
「……つまり明日一日俺が行かなければいいのか?」
「いえ今から半日でいいかと」
今は夜、半日後と言うと明日の正午あたりとなる。
「きっかり半日という訳ではありません。隠居が家内を統制できていない事が、高城家に伝われば良いのです」
午前中の間に騒ぎが広まれば、佐久野家の現状が伝わり、ヤマツとの約束は当てにならないと判断されるというのが海野の考えだった。
ヤマツ達が寺院に到着したのは、既に夜も遅く日付が変わろうとしていた。当然、寺院の門は固く閉ざされている。
また近くの民家の屋根には十勇士の中でも最も身軽な猿飛が潜み、ヤマツと寄騎達の動きを窺っている。
「出てこい! 親不孝者が!!」
馬上のヤマツが叫ぶ。これでは近所の人達を起こしてしまうのは時間の問題だろう。
「お前こそ、ご先祖様に詫びて来い!!」
オーサ側にとっては願ったりかなったりの展開だが、こちらも荒ぶっている。
今にも門を開いて斬り掛かりそうなオーサを、海野達が必死に取り押さえていた。
他の面々の反応はというと、老婆相手に戦うのは気が引けるが、現役騎士ならば相手にとって不足無しと十勇士はやる気満々だ。
対して寄騎達は、まだ状況を掴み切れていないようで戸惑いが見える。
何せ彼等にしてみれば、オーサを後継者にすれば今より栄達できるというから隊長のミノスを裏切ったというのに、いつの間にかそのオーサに裏切られているのだ。
何を言っているのか分からないだろうし、理解もできていないだろう。しかし、ある意味当然の事であり、自業自得である。
「ええい、火を放て! 燻り出してしまえ!!」
「な、なりませぬ!」
「菩提寺ですぞ!?」
こちらはこちらで、興奮冷めやらぬヤマツを必死で押さえていた。
菩提寺というのは、先祖代々の墓があり、葬儀や法要をお願いする寺の事を指す。
ここは騎士隊のつながりで、隊長の佐久野家だけでなく隊員も世話になっている家が多かった。
つまり手ぐすねを引いて待ち構えている十勇士に対し、寄騎達は腰が引けている。
オーサ側が時間稼ぎを目的としているため、すぐに矛を交える事にはならなさそうだ。
「放せ! あの婆を叩き斬ってやる!!」
ただし、オーサを押さえ続ける事ができればの話ではあるが……。
ヤマツがいかに命じようとも、寄騎達は寺院を火攻めにする事などできない。両者は膠着状態に陥ってしまう。
このまま時間を稼げればと海野は考えるが、残念ながらそうはならなかった。
今このタルバの王都では、彼等以外にも動いている者達がいたのだ。
というのも、ヤマツが夜遅くに寄騎達を率いて通りを進む姿は監視されていた。監視していたのは北天騎士団だ。
元々内都での行動が伝わり注視されているにもかかわらず、帰国後『純血派』にせっせと接触していたのだから、怪しまれて監視が付くのは当然である。
その動きを危険視した北天。ヤマツは寄騎を率いているので、彼等も取り急ぎ集められるだけの兵を率いて後を追う。
派遣されたのは夜勤中だった騎士隊だった。あまり人数が集まらなかったため、あくまで先行しての偵察。バレないように追跡し、状況の把握に努める。
「どこに向かっているんだ?」
「接触していた高城家とは方向が違いますね……」
「ここは確か……佐久野家の菩提寺?」
そしてヤマツ達は寺院にたどり着き、北天騎士達は物陰から様子を窺う。
距離を取っているために聞こえてくるのはヤマツの「火を放て」等の大声のみ。
それを聞いた北天騎士は、こう考えた。
「……まさか! 先祖の眠る寺を焼き、不退転の覚悟を示すつもりか!?」
誤解である。
「代々北天の騎士隊長を務めてきた家が『純血派』に寝返るのだ……有り得る!!」
繰り返すが、誤解である。
有るかどうかで言えば、有り寄りの無し。覚悟を示したければ、自分の物でやれという話である。
だが、有り得ないとも言い切れない。そんな危うさもあった。
そして、そんな北天の動きを『純血派』中でも叛乱計画を企てている者達は見逃せなかった。
彼等は王都内のある場所に、密かに集まっていた。
部屋の最奥にあるのは大きなマントを羽織った男性の像。ジェイが見れば、すぐに気付いていただろう。旧校舎やアーロの洞窟で見た魔王像と同じであると。
その部屋に駆け込んできたフードの男が報告をした。ヤマツが北天の部隊に追跡されていると。
これは非常にまずい状況である。
そもそもヤマツは、御家騒動を起こして弟のオーサを後継者にしても、彼が戦で活躍できれば、それは英断だったと見なされるだろうと考えている。
そう、彼女は戦が起きる事を知っている。『純血派』に接触した際に、叛乱計画についても知ったのだろう。
「誰が教えたのだ!?」
「あの隠居、見境なく接触してましたからな……」
ちなみに教えたのは高城家ではない。
叛乱計画を教えた家は、オーサを戦力として取り込みたかったようだが、ヤマツはそれに満足せず、それをネタに最も高値を付ける家を探して高城家にたどり着いたのだ。
その時にいくつかの家に接触しているため、ヤマツが計画についてある程度知っている事は『純血派』の中では周知の事実となっている。
今彼等が危惧しているのは、ヤマツが北天に捕らわれた場合、彼女は保身のため知っている事を洗いざらいぶちまけてしまうのではないかという事だ。
「やるしかないのか……!」
準備万端とは言えない。タイミングが早過ぎる。
だが、今北天に計画の事が漏れてしまったら何もかもが台無しになってしまうだろう。
それだけは食い止めなければならない。なんとしても。
事ここに至って、彼等は決意した
今ここで、タルバ王国……いや、セルツ連合王国に対して叛旗を翻す事を。
「……ヤマツを追う北天の部隊を止めるぞ!」
「それでは!」
「やるしかない! 魔法国再興の火を、ここで絶やす訳にはいかんのだ!!」
こうしてなし崩し的に、オーサもヤマツも置いてけぼりに、そして誰にとっても不本意な形で、タルバ王都を舞台とした叛乱の火蓋は切られた。切られてしまった。
『――という訳で、一夜明けた今も、タルバの王都では戦いは続いており、一向に収まる気配を見せません! 以上、現場の花野がお伝えいたしました!』
「…………えっ?」
セルツの内都に引き続き、タルバの王都で勃発した叛乱。
ジェイはそれを、翌朝のニュースで知るのだった。
十勇士が立てこもるなら、このタイトルかなと……。
という訳で今回のタイトルの元ネタは、大阪冬の陣で使われた曲輪「真田丸」です。




