第237話 後から悔やむもの
アメリアが質問攻めにあっている頃、タルバでは……オーサが荒れていた。
タルラがいなくなったと聞かされた後、彼は家には帰らず十勇士を預けている寺院に向かった。
良くも悪くも彼女の事をずっと見てきたため、その性格はよく分かっている。
この状況で家族にも告げずにいなくなったという事は、おそらくソックの下に向かったのだろうという事も察しが付いている。そう、その理由さえも。
「クソオォォォォォォッ!!」
この荒れようも、それが分かるからこそであった。
住職は長年の付き合いだけあって幼馴染関係で何かあったのだろうと察し、酒こそ出さないもののすぐに食事を用意した。
十勇士はやけ食いするオーサを遠巻きに見ていたが、彼等はタルバまで付いて来た時点でオーサとは一蓮托生の身。
このままではいけないと、十勇士を代表して海野という騎士が話を聞いてみる事にする。
「俺が……! 兄から家督を奪いたかったのは……! あいつでは騎士隊長は務まらんと思ったからだ……!」
「まぁ、腕っぷしが必要なお役目ですよねぇ」
酌をする海野。オーサは酔ってくだを巻いているかのような勢いだが、飲ませているのは果実ジュースであり、断じてアルコールは入っていない。
それでもこうなってしまっているあたり、相当ストレスが溜まっていた事が窺える。
なお、オーサの真の目的はタルラなのだが、それはこの状態でも隠している。
そしてソックが騎士隊長に相応しくないというのも紛れもない本音であった。
「そりゃ確かになぁ、あいつは頭良いよ! でもなぁ、騎士隊長に求められるのはそれじゃないだろぉ!?」
「ですよねぇ。こう、先陣を切る力と言うか」
「そうだ! あいつにはそれが無いんだ!!」
適当に相槌を打つ海野に対し、オーサはますますヒートアップしていく。
確かにソックは、先陣を切るよりも後方で管理職をしている方が合っているだろう。性格的にも、能力的にも。
しかし、そういうのが求められるのはもう少し上の立場になってから。騎士隊長ぐらいだと、隊員を率いて前線に斬り込む腕っぷしこそが求められるというのがオーサの考えだった。
それは間違いとは言い切れない。実際騎士隊長には、そういうタイプが多いのも事実だ。
ソックが家を継いでも他の騎士隊長達に遅れを取るし、いざ戦場に立てば命を落としかねない。それではタルラを悲しませてしまう。
だから魔法が使える、魔法騎士である自分の方が佐久野家の後継者に、何よりタルラに相応しい。
確かにその考え方には一理ある。間違ってはいない。
しかし、同時に自分を正当化しようとしている事にオーサは気付いていなかった……。
そんなオーサの愚痴を遠巻きに見ている海野以外の十勇士。彼等の反応は、大きく二つに分かれる。オーサに共感する者と、あんな頃もあったと懐かしむ者達だ。
前者は親が現役の当主で後継者になる可能性「だけ」は残っている者達。後者がそういうものは既に過ぎ去った者達である。
割合としては半々、前者は先程まで遠巻きにしていたというのに、今はオーサに同情し、彼を囲んで俺達の手で勝たせるぞと盛り上がっている。
そして海野は後者であった。実家は既に兄が継いでおり、兄にも子供が生まれている。
兄一家に何かあった時のための予備として部屋住みで留められていたが、そこから脱却したくてオーサの誘いに乗ったという経緯があった。
そのため後継者争いについては少々考え方が違うと言うか、こんなに情熱注いでいたかな?と思う面もある。
その一方で、そこまで熱くなれるのが羨ましいと思う面も確かにあった。
「……しかし、気になりますね」
「何がじゃ?」
ふとつぶやいた海野。それに反応したのは十勇士最年長の三好だった。
初老に差し掛かる年齢で、後継者争いに敗れて出家させられた過去がある。
その後、真面目に僧侶になったかと言うとそうでもなく、昼間から呑んだくれる破戒僧兵になっていた。オーサと知り合ったのも、酒場で喧嘩騒動を起こしていた時の事だ。
「いえ、オーサは佐久野家の家督を狙っているんですよね?」
「うむ、近く戦争が起きるから、お家騒動に眉をひそめる奴も黙らせられると言っておったな」
三好がオーサについてきた目的は、その戦だったりする。
「佐久野家を継ぐという事は、北天の騎士隊長となるという事……ならば相手となるのは『純血派』だと思っていたのですが……」
「ああ、隠居が縁談を進めているのが『純血派』だったか……」
一体どちらを敵とする事を想定しているのか。その辺りが海野達には分からない。
「まぁ、どっちでもええわい! 遠慮なく暴れられるならな!」
そう言って豪快に笑う三好。対して海野は、そこまで割り切れそうになかった。
「……ま、いずれにしても、もうしばらくは暇を持て余す事になるじゃろ」
「と言うと?」
「内都の叛乱失敗じゃ。あれが成功しておれば、そのまま勢いに乗って……と考えておったのじゃろうが、失敗したからな」
「ああ、なるほど……」
次の手を打つためにもタイミングを計るだろう。今はセルツから隠密騎士が送り込まれているであろうから余計にだ。
「ほとぼりが冷めるまではおとなしく、という事ですか」
「そうじゃ。暇になりそうじゃろ?」
「ええ、まぁ……ここで食っちゃ寝してるだけというのはまずいですかね?」
「滞在費は払っとるし、問題なかろう」
なお、支払っているのは佐久野家である。
「そういう訳にもいきませんよ……」
それだけに長期化すると立場が悪くなりそうだ。海野はそれを危惧していた。
オーサがひと通り愚痴り倒して落ち着いたのは日暮れ頃。帰路に着いた時は、既に辺りは暗くなっていた。
せめて従者の役ぐらいはやろうと海野が申し出て、三好も酔い覚ましの散歩だと同行する。
落ち着いたとは言え機嫌は直っていないようで、会話は無く空気が重い。
そんな重さをまったく感じていないかのような態度で、三好がふと呟いた。
「旦那はアレだな。自分のやりたい事ってのを、よぉっく考えてみる事じゃ」
言われたオーサは、返事をせずにギロリと睨みつけた。
対する三好は、まったく怯みもせずに続ける。
「それを中途半端な覚悟で曲げちまうとな……いつまで経っても、後悔が付いて回るぞ」
オーサを見据える目付きと声。酔っているとは思えない。
「経験者が言っとるんだ。間違いない」
静かで重いその一言に、オーサは思わずたじろいてしまう。
ここ数日で、十勇士は互いのおおまかな経歴を聞いている。
後継者争いに負けて出家させられたと言う三好。そんな彼が何に後悔しているのか。本当にやりたい事は何だったのか。
そして海野は考える。後継者争いを避けた自分が、こうしてオーサについて行く事を選んだのは、自分の中に何か後悔が残っていたのではないかと。
オーサも思うところがあったのか無言になり、三人は静かに進んで行く。
しばらく歩いたところで、先頭を進んでいた三好が振り返りながらこう言った。
「もっとも、曲げずに進んだからって望みが叶うとは限らんがの!」
「おい!!」
「まぁ、後悔だけはせんで済むかも知れんぞ!!」
そう言って豪快に笑う三好。
その態度にオーサは食って掛かるが、三好はのらりくらりとかわしている。
「後悔しないように、か……」
二人を尻目に夜空を見上げる海野。
彼自信は、後継者争いを避けた事に後悔は無い。無いはずだ。
だが、オーサはどうだろうか? 現在進行形で後継者争いを仕掛けているが、果たしてそれは彼にとって後悔しない道なのだろうか。
この辺りを感覚で理解できるのは、十勇士の中でも三好達年長者のみだろう。
思うところあってオーサに付いて来たが、できるならば後悔しない道を進んでもらいたい。海野はそう願うばかりである。
なお、オーサが後悔しない道を突き進んだ結果、更なる大騒動を巻き起こす事になるのだが、今の彼はそれを知る由もなかった……。
海野と三好の名前は、真田十勇士が元ネタとなっています。




