第236話 深く静かに遂行せよ
ソックは、婚約者のタルラを連れて無事に帰還した。
そのまま日帰りするには距離があったため、タルラを連れて一泊してきたそうだ。
ソックは御者、タルラは侍女を連れていたので、二人部屋を二つ取る事に。タルラとしてはソックと同室になれなかった事については一言物申したかったようだ。
それはともかく、ポーラ島に戻ってきたソックは借りた獣車を返すため真っ先にジェイの家を訪ねる。
「ありがとう。おかげでタルラを無事にここまで連れてくる事ができたよ」
「あ、ありがとうございます!」
これは今回助けられた件について、礼を言うためでもあった。
ソックが頭を下げると、隣のタルラがそれを見て慌てて自分も頭を下げた。
その緊張を隠せていないたどたどしい動きは、まだ年若いのもあって社交に慣れてない様子がうかがえる。
玄関先で続ける話でもないとジェイは返却された獣車を家臣に任せ、二人を居間へと通す。
ジェイと明日香とエラ、ソックとタルラで向かい合うソファにそれぞれ腰を下ろす。
自身客人であるアメリアもそうだが、モニカも同席しなかった。初対面の人がいるからという理由である。
何人もいる家臣を見て、タルラはここがお金持ちの家だと思った。余計に緊張してガチガチになってしまう。
それはともかく、ソックによるとここまで追手に遭遇する事は無かったとの事。
ただ、タルラは家族にも気付かれないように素早く家を出たそうだ。本当に追手がいなかったのか、それとも追手を出しても追い着けなかったのかは分からないらしい。
なにせ彼女は、ヤマツが高城家と縁談を結ぶべく話をまとめてきた時には、既に王都を脱出していたからだ。
これではソックが迎えに行く必要は無かったかも知れないが、それはそれ。ソックが駆け付けた事を、タルラは喜んでいるはずである。
それはともかく、彼女はタルバ王都から来た。ジェイは早速現地の事を尋ねてみる。
「そういえば、タルバの方では何か動きはありましたか?」
「えっ? あ、はい! えっと……ああ『純血派』ですか? セルツみたいに叛乱しようとしてるとか言う」
「そう、それです」
魔動テレビのニュース番組を通じて、そういう事件が起きたという事は知っているそうだ。
婚約者のソックが華族学園に在学中なので『PSニュース』は欠かさず見ているとか。
「噂は色々と聞きますけど、堂々と戦争準備~って感じじゃないですねぇ」
「そういうのは深く、静かにやるものですからねっ!」
全く静かにできそうにない明日香だが、そういう「作法」は理解していた。
「あ、でも……」
タルラはチラリとソックの方に視線をやり、少しためらいがちに続ける。
「その……ヤマツのお婆様が『純血派』に会いに行ってたみたいです。何度も」
「えぇっ!?」
思わずソックは、驚きの声を上げた。
「こっちで叛乱騒ぎが起きる前からでしたね。オーサの結婚相手を探してるんだと思ってたんだけど……」
オーサは魔法使いだから『純血派』の家に婿入りさせられないかと模索している。普通に考えればそう判断するだろう。タルラもそうだった。
だが、同じ情報でもそれを扱う人によっては意味が異なってくる。
ジェイは真剣な顔で考え込み、ソックは顔を青くしている。
「まさか、お婆様は……『純血派』に寝返る気か!?」
「その可能性は出てくるな……」
二人は同じ結論に達した。現在『純血派』と一触即発状態。にもかかわらず『純血派』に接近しようとしている。
もしやいずれ訪れるであろう連合王国と『純血派』の戦いの時、ヤマツは北天を裏切るつもりなのではないかと。
「ソック……隠居が連れてた騎士は、寄騎の隊員だよな?」
「…………あっ」
ジェイの指摘に、思わず声を上げたソック。
言われて気付いた。佐久野家の寄騎には、以前から当主である父ミノスよりも、隠居である祖母ヤマツに従う者がいる事を。先日彼女と一緒にここに来ていたのも、その類の者達だ。
「まさか……隊ごと裏切る!?」
そう、そういう者達はヤマツが『純血派』に寝返るならば、それに従う可能性が高い。
「……ものすごくまずいのでは!?」
「派閥替えは、それなりにある話だけど……」
「今の状況じゃなぁ……」
エラの言う通り、華族の派閥関係は流動的なものである事は否定できない。
しかしジェイの言う通り、今はまずい。叛乱を起こす側か、防ぐ側かが変わってしまう。
「これ、帰って止めた方がいいですかね!?」
「…………叛乱準備のために戻ったって言われるのがオチじゃないか?」
「うぐっ……!」
先日、ラフィアスを始めとするタルバの『純血派』が在学中の子供達を一斉に引き上げさせたのは記憶に新しい。
これに同じくタルバ貴族である佐久野家も続けば……どう思われるかは自明の理である。
「そうね……ここは残って、ヤマツさん達の動きが佐久野家の総意じゃないって訴え掛けた方が良いと思うわ」
「というか、せっかく脱出してきたタルラさんはどうするんですか?」
エラの助言に、明日香の問い掛け。
「ソック……」
そして何より、隣からじっと見つめてくるタルラの視線。
「…………分かりました。タルバについて分かった事をまとめますので、宰相に届けてもらえますか?」
ここに残って、佐久野家を守るためにできる事をする。ソックはそう決めた。
まずは情報提供だ。これは早い方が良い。宮廷も調べているだろうから、情報の価値は時間の経過と共に落ちて行くだろう。
「そう言えばタルラ、お婆様が接触していた『純血派』の家はどこか分かるか?」
「ああ、それは俺も気になるな」
問い掛けるソックとジェイ。二人の脳裏に浮かんでいた名前は、ラフィアスの実家である虎臥家でった。
「えっと、確か……そう、高城家! ほら、魔法使いの養子を迎えたって話題になってた」
「えっ、高……」
「城……」
「家……?」
「アメリアの家ですねっ!」
ソック、ジェイ、エラ、明日香の順である。
「き、聞いてない! 聞いてない!」
アメリアを呼んで確認してみたが、彼女は何も知らない様子だった。
先日連れ戻しに来ていた者達も、それらしい事は何も言ってなかったそうだ。
しかし魔法使いの養子を迎え入れ、北天の騎士隊長家を取り込もうとしている。おそらくこれは高城家の力を高めようとする動きだろう。
何のために? 考えられるのは叛乱に乗じて『純血派』側に加担し、高城家の更なる躍進を狙っているといったところか。
「それらしい話は聞いてないか?」
「……聞いてない……と、思う」
「思う?」
「だ、だって、どれが『らしい』か分かんないし……」
「ああ……」
こればかりは仕方がない。アメリアには、それを判断するための前提となる知識が無かった。
こうなれば人海戦術だと、ジェイはモニカも呼んで全員掛かりで「こんな事は無かったか?」「頻繁に会っていた者はいないか?」などと思い付く限りの質問を投げ掛けるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、映画『深く静かに潜航せよ』です。




