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第235話 迫りくる足音

「は~、華族ってのも大変だねぇ」

「アメリアも華族では?」

 佐久野家の話を聞いて呆れ気味のアメリア。なお、即座に明日香にツッコまれている。

 現在彼女は休学中の身だが、ずっと何もせずに閉じこもっている訳ではない。

 明日香達と一緒に出掛ける事もある。もちろん護衛付きだ。

 エラからマンツーマンで礼法等を教わる事もある。その流れで個人的なお茶会に連れて行ってもらう事もあった。

 なお、それだけ出歩いていても高城家からの接触は無い。アメリアがジェイの保護下にあるため手出しできないのか、する必要が無いのか。

 もっともオーサとの縁談が決まった事で、これからどう動くかは定かではないのだが……。


 今も明日香と一緒に居間の魔動テレビでドラマ『セルツ建国物語』を見ている。

 アメリアは学園に来てから初めてテレビを見るようになった口だが、新鮮さもあってこのドラマにハマっていた。最近はモニカに借りた建国物語の関連書籍も読むようになっている。

「モニカはまだ帰ってこないの?」

「まだみたいですね~」

 先日借りた本は読み終えてしまったので新しいのを借りたいのだが、彼女は自分の部屋に勝手に入られるのを非常に嫌がる。アメリアだけでなく、明日香やエラもダメなようだ。

 そのため本を借りるのは彼女がいる時でなくてはいけないのだが、生憎と彼女は留守だった。

「この前ジェイは、ノックだけで返事も待たずに入ってたのに!」

「婚約者ですし!」

「その後、しばらく出てこないし!」

「……婚約者ですし?」

「あれ絶対子作りしてるよね?」

「え、えっと、そうなんですかね?」

「違うからっ!!」

 タイミングが良いのか悪いのか、ここでモニカが帰宅。勢いよく扉を開けて居間に入ってきた。

 両手にいくつもの買い物袋がひとつ。彼女が従者を使わず自分で持つのは、本を買ってきたという事である。


 その後、買い物袋を一旦テーブルに置き、手洗いうがいをして戻ってきたモニカ。

 居間に戻ってきてソファに腰掛けたところでひと息付き、魔草茶を口にしたところでアメリアが口を開く。

「……で、ホントにしてないの?」

 モニカは思わず、口に含んだ茶を噴き出した。

 興味津々に目を輝かせているアメリア。

 ケホッ、ケホッと咽るモニカは、そんなに気になるのかと思いつつ答える。

「流石にあの時間に……て言うか、エラ姉さんと明日香を差し置いてできる訳ないでしょ」

 実際子供はエラ、明日香が先で、平民出身のモニカはその後の方が後々揉めないだろうという話になっていた。

 というのもセルツ華族令嬢エラと、ダイン将軍家の姫明日香。どちらが先に子供――嫡男を生むかを注視している者は多い。

 モニカ自身そういう揉め事に巻き込まれたくないと考え、あえて……という面もあった。

「じゃあ、何やってたの? 結構長い時間出てこなかったけど」

「…………仕事の話?」

 そう答えたモニカの目は泳いでいた。

 ひとつ言える事は、ジェイは後回しになってしまっている幼馴染に対しフォローを忘れない婚約者だという事である。



 そんなジェイは、現在アルマに赴いていた。

 移動手段は『賢母院』ポーラの魔法である『青の扉』。術者であるポーラと魔王の魂を受け継ぐジェイしか使えないが、移動時間は数秒である。

 この時ポーラは代官屋敷の庭で、夜空を見上げていた。長い銀色の髪が月明りに映える。

 ジェイが背後から近付くと、ポーラはそれに気付いて振り向いた。

「母に会いたいなら、事前に連絡のひとつでも入れなさい」

 次の瞬間彼女はジェイの目の前に移動。

「歓迎の準備ができないではないですか」

 その代わりだと言わんばかりに思い切り彼を抱きしめた。

 色白な両腕、下から包み込むように伸びる深い蒼のドレスの裾、そしてたわわな双丘、全てを駆使した完全なホールドである。

 流石は魔神と言うべきか、ジェイは身じろぎひとつできない。

 力強く抱きしめられ過ぎて呼吸も困難。ジェイも腕を回してポーラの腕をぺしぺしするが、抱きしめ合う形になってポーラは喜ぶばかり。

 結局ジェイは、谷間の影から『潜』る事で呼吸を確保するのだった。


 ポーラがひとしきり堪能したところで屋敷の中に戻り、改めて話を始める。

「……それで、今日は泊まっていくのですか?」

「……あ、いや、その前に……タルバの件、聞いていますか?」

 最初はキッパリ否定しようとしていたジェイだったが、じっと見つめるポーラの視線に少し視線をそらして話を進める。

「内都の叛乱騒ぎですか? タルバの『純血派』が関わっていたとは聞いていますが……」

「そのタルバの『純血派』が、学生を引き上げさせました」

「ほう……?」

 すぐさまポーラの脳裏に「戦争準備」という言葉が浮かんだ。

「北天の騎士隊長家の隠居が、魔法使いの次男を後継者に担ぎ上げようとしています。その次男は内都の無役騎士達を連れてタルバに帰りました」

「それは、まぁ……よくある話ですね」

 ポーラの感覚は少々古いもの。今ほど魔法使いが廃れる前は、本当によくある話だった。

「しかし、状況が……」

「そうですね。叛乱騒ぎも合わせると三つ……偶然重なったと言うのは無理があるでしょう」

「でも、確たる証拠はありません」

 現在セルツの宮廷では、春草騎士団の愛染宮中伯に命じて捜査を進めさせている。

 またタルバ王家も同じように捜査を進めていた。佐久野家のヤマツを監視していたのもその一環だったのだろう。北天の家が『純血派』に接近していると。

「それでお聞きしたいのですが……アルマの兵は、どれぐらい動かせます?」

 これが本題であった。部隊を動かすには時間が掛かる。

 確定情報が無い今、セルツ側は受け身で動かざるを得ない。

 となると事が起こった際すぐに部隊を動かす必要がある訳だが、アルマの方がアーマガルトより内都カムートに近い。

 そのためジェイは、その時にアルマの戦力をどれだけ動かせるか、どれだけ頼れるかを確認しておく必要があった。

 しかし、それを答える立場であるポーラの表情は渋い。

「……あなたが呼んだ寄騎以外ですね?」

「ええ、彼等は信頼できますが、兵がいなければ……」

「有志を募り、アルマ軍を結成しましたが……」

「……時間が足りない、か」

 ジェイは天井を仰ぎ見る。これは予想していた事だった。

 アルマは元々王家直轄地であったため独自の軍を持っていなかった。

 連合王国の中でも指折りの温泉郷であるため警備隊はいたが、それはあくまで治安を守るためのお行儀の良い警備隊である。

 礼法等を修めたある種のエリート兵である事は間違いないが、戦場では役に立たない。

 ジェイがアルマ子爵となってから半年も経っていないのだ。兵を鍛え上げるには、いくらなんでも時間が足りなかった。


 騎士と言えども、騎士だけで戦ができる訳ではない。

 つまり、いざという時にアルマ軍は当てにできないという事だ。そう判断したジェイは、今の内に手を打っておく事にする。

「……宿の確保をお願いします」

「誰か招くのですか?」

「忍軍を、ひとまず一部隊」

 アルマの兵が使えないならば、使える兵を旅行客に紛れて先に移動させておくのだ。

「そうだな……名目は骨休めを兼ねて、修行場に使える場所が無いかの調査で」

「分かりました。では宿を手配しておきましょう」

 こうしていざという時に備えて動き始めるジェイだが、表向きはその事を隠す事にした。

 セルツ側も戦争準備をしている。その動きを知られた事が切っ掛けで暴発する事も考えられるからだ。

 おそらくタルバの『純血派』も、同じように深く、静かに動いているのだろう。

 ジェイが知らないだけで、宮廷側も動いているかも知れない。

 確信的な部分があやふやなまま、事態は徐々に、しかし確実に不穏な方向へと転がっていた。


「何も起きなかったらいい……期待薄かねぇ」

「ジェイ……最悪を想定して動きなさい。それが、心の備えとなります」

 ぼやくジェイを嗜めるポーラ。その眼差しは子を案じる母のものであった。

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