第234話 佐久野家のガバナンス
ソックはジェイの家に走っていた。支店長もそれに同行している。
タルラが乗合獣車に乗ってこちらに向かっていると言っても安心はできない。
そもそも事前の連絡も無しに彼女がこちらに向かっているというのが非常事態なのだ。タルバで何かあったと見るべきだろう。
今考えられる事は、帰国したヤマツが何かしでかしたという可能性。
実際のところ、ヤマツは高城家との縁談を勝手にまとめようとしているだけで、タルラや芽野家に対しては何もしていない。
いや、無断で縁談を破棄しようとしているのだから、それ自体が大問題ではあるが。
ともかく、その辺りを知らないソックは、当然のごとくヤマツが何かしでかしたと考え、タルラはそれから逃げている。だからヤマツが追手を放つかもしれないと考えていた。
今すぐタルラの下に駆け付けたかったが、ソックはすぐに動かせる騎獣を所有していない。
そこで獣車を所有しているクラスメイト、ジェイに相談しようと考えたという訳である。
ソックの従者には遠出の準備をしてもらっているため、代わりに同行してくれたのが支店長。こちらはこちらで『アーマガルトの守護者』と誼を通じる機会を逃がしたくないのだろうが。
「……また思い切った事をする婚約者だな」
「僕も、ここまでするとは思ってなかったよ……」
話を聞いたジェイは、少々呆れ気味だった。呆れているという意味ではソックも同じなのだが、こちらは心配の方が勝っているようだ。
「まぁ、今の状況では頼もしくもある、か」
そう言いつつジェイは家臣に指示を出す。獣車をソックに貸す訳だが、その時は慣れた御者がセットとなる。この御者は護衛も兼ねた忍軍である。
そちらの準備ができるまで、ソック達から更に詳しい話を聞く。
「というか、タルバでそんなに注目を集めているのか? 佐久野家は」
佐久野家はあくまで北天騎士団の一騎士隊長。タルバから見れば、そこまで重要な家という訳ではない。
支店長はにこやかな顔で、もみ手をしながら答える。
「ああ、それはあれです、はい。ご隠居が内都で派手に動いておりましたので……
「それがタルバに伝わったから、注視されていた?」
「おっしゃる通りです、はい」
彼からヤマツの件の報告を受けた本店は、更なる情報を得るべく佐久野家とその関係者を見張っていたらしい。そのためタルラの動きも把握できたようだ。
「そういえばソックの弟……オーサだっけか。そいつが何人か連れ帰ったらしいが、そちらについては?」
「ああ、特に裏は無いみたいですよ。全員裏は取りました。家を継げない部屋住みと、継げなかった部屋住みです」
まだ親が現役かどうかの違いである。
いずれもその立場故に燻り、荒れていたとか。
「あいつは何やってるんだ……全員寄騎にするつもりか? 元々の隊員もいるのに」
「そうかもなぁ……」
「えっ?」
この時ジェイの脳裏に浮かんでいたのは、以前会ったヤマツと一緒にいた寄騎達だ。
現在佐久野家は、ソックを後継者としている当主のミノスと、オーサを後継者にしようとしている隠居のヤマツが対立している。
そんな中、寄騎の彼等はヤマツに従っていたのだ。
「騎士隊の隊員で、隊長は当主だぞ? それが対立してる隠居に従うってどうなんだ」
「……ああ、うん。言われてみれば、確かにまずいね」
口元を引きつらせているソック。今までヤマツが仕切るのが当たり前だったので、疑問に思った事が無かった。
仮にオーサが佐久野家を継いだ場合、ヤマツはその立役者という事になる。その権勢はますます強くなるだろう。
そうなるとオーサは家を継いでも、実質ヤマツの傀儡……というのも考えられる。
彼もそれに気付いて、自分の手勢を求めているのかも知れない……とジェイは考えていた。
ちなみに昴家も、かつては現当主カーティスより隠居レイモンドの方が権勢が強かった。
それでも問題が起きていなかったのは、双方が当主夫人ハリエットに頭が上がらなかったからというのもある。
しかし一番大きいのは、次期当主ジェイが『アーマガルトの守護者』と呼ばれるようになり、彼の下でまとまったからだろう。
残念ながら、佐久野家の方はそう上手くはいきそうにない。
「……それは、隠居と弟さんとの間に溝があるという事でしょうか?」
支店長が尋ねてきた。
「オーサの事はよく知らないが……自分から当主になりたがるヤツが、いつまでもあの隠居に頭押さえ付けられて耐えられるか?」
ジェイ自身任せられるところは任せたいタイプだが、あのヤマツのような態度でやられるのはどうかと思った。
「……オーサが、何でもお婆様の言う事を聞くかと言うと……」
「どこかで決裂する可能性はあると……」
兄であるソックも、オーサが言いなりになるとは考えていない。
これも本店に伝えなければと考える支店長。
そうこうしている内に獣車と御者の準備が完了した。
「待っててくれよ、タルラ……!」
ソックはこのまま家で準備させていた荷物を受け取り、タルラを迎えに行くとの事だ。
支店長は店に戻るとの事なので、ジェイ達と一緒にソックを見送った。
「それでは、今後ともご贔屓に」
そして去り際にこんな事を言ってきた支店長。
対してジェイはあえて返事をせずに見送る。すると支店長は、満足気に笑みを浮かべて帰っていくのだった。
「あの人もしかして……ウチの支店長と同じ?」
そう言ってひょっこり顔を覗かせたのはモニカ。実は見知らぬ人が尋ねてきたので、帰るまで隠れていた。
「多分な」
地方の商家、特に華族と付き合いがある家が内都やポーラ島に支店を出すのは、情報収集を目的としている事が多々ある。
支店を隠れ蓑にして活動するのだ。これはモニカの実家シルバーバーグ商会も例外ではない。
おそらく先程の支店長の言葉も、今後も情報のやり取りをしたいという話だったのだろう。
対してジェイは返事をしなかったが、それが返事となっていた。
というのも昴家とシルバーバーグ商会の関係を考えると、あそこで彼が売り込みを掛けるというのはあまりよろしくない。
普通であればジェイの返事は断るか、咎めるものになっていだろう。
そのため何も言わなかったという事が、そちらの意図は分かっているという返事になっていたのである。
「そちらも気になるが……まずはソックの婚約者だな」
「そうだね。無事だといいけど……」
タルバとの情報のやり取りに掛かる時間を考えると、無事であればかなり近くまで来ているはずだ。
ソックが無事に婚約者を連れて戻ってくる事を願い、ジェイ達は北の空を見上げるのであった。




