第233話 幼なじみは負けヒロインだろうか?
芽野家から姿を消したタルラ。
「ソック、今行くから……!」
そう、彼女は自力でソックの下に向かおうとしていたのだ。
そして彼女はセルツに向かう獣車駅に向かって歩き始めた。
タルラはヤマツの動きについては知らない。しかし、オーサが家督と自分の婚約者の座を狙っている事には気付いていた。
本人は隠しているつもりなのだろうが、こういう事は周囲には案外分かってしまうものなのかも知れない。
いずれにせよ、そのオーサが自称十勇士を連れてセルツから帰ってきた。
それを知ったタルラは、いよいよオーサが何かしでかそうとしているのではないか、実力行使に及ぼうとしているのではと考え、慌てて王都から脱出したという訳である。
なお供として連れて来たのは芽野家で雇われていた侍女。
「でも、お嬢様ぁ。こんな事して本当に大丈夫なんですかぁ?」
流石に不安になったのか、早足で進んで行くタルラの背後からおずおずと尋ねてきた。
彼女は平民の出だがタルラと年が近く、姉妹とまではいかずとも友人の様な関係だ。
だから身の危険を感じるタルラを助けて共に王都を脱出したが、彼女の雇い主はタルラではなくその父。勝手に娘を連れ出して後々処罰されるのではと心配しているのだ。
「大丈夫よ、いざとなったら私とソックで雇うから!」
「つまり、芽野家はクビになる可能性があると……」
侍女は歩きながら、ガックリと肩を落とした。
歩みを止めないのは、それでも友人タルラを見捨てる選択肢が無いからだ。
「そ、そんな事よりも、あの佐久野家の弟殿は……!」
というのも彼女は、家同士の関係よりも、縁談による政略よりも、幼馴染の恋愛結婚というものに浪漫を感じるタイプ。全面的にタルラとソックを応援する立場なのだ。
「ともかく急ぎましょう。この命に代えても、お嬢様をソック様の下へ送り届けてみせます」
「そんなに熱くならないで。今ならまだ、乗合獣車に乗る事ができれば、セルツまで問題無く行けるわ」
少々色恋に目がくらんでいるのは否定できないが、二人の恋愛成就のためならば身体も張れる。そういう意味で彼女はタルラの友人であると同時に忠臣でもあった。
一方、婚約者がそんな大胆な行動に出ているとは夢にも思っていないソック。彼は数少ないコネを使い、タルバの現状について調べていた。
頼ったのは学園島の商店街に支店を構えるタルバの商会。佐久野家だけでなく多くの北天騎士がお世話になっている商会である。
「おや、佐久野家の」
ソックが入店してきた事に気付いた支店長は、やや大袈裟な身振り手振りで歓迎し、奥へと通した。
「そちらの実家、まずいですねぇ……」
そして奥に入った直後の第一声がこれだ。多くの家が世話になっているだけあって顔が広く、情報網も同様であった。
「……というかご隠居達が、かな?」
「す、すいません……」
当然のごとく内都でのヤマツ達の動きも把握されており、情報が欲しいと訪ねたソックは恐縮しきりである。
「いや、ホントにまずいですから、本店にも伝えてますからね?」
それも支店の役割の内なのだろう。おそらく本店から更に北天上層部等にも情報は流れていると思われる。
フランクな態度だが、忠告は本気である。
ちなみに佐久野家の寄騎達がジェイともめかけた件も、支店長は報告で聞いていた。
もし支店長がその場にいたら、このフランクな態度も投げ捨てて横から羽交い絞めにしてでも止めていたかも知れない。もちろん寄騎の方をである。
アーマガルトは連合王国でも有数の職人の町。そして温泉郷であるアルマは有数の観光地。いずれ双方の領主を兼ねる事になるのがジェイ。
タルバ商人としては、タルバの印象そのものが下がってしまうのは避けたいのだ。
「その、タルバの方で何かあったのですか? お婆様がどうしてあのような行動に出たのか……」
「……『純血派』が、ちょっと騒がしいという話は、聞いた事があります、はい」
「騒がしい? 何かやったんですか?」
「いや、事件を起こしたとかじゃなく。最近立て続けに縁談が成立してるみたいでね。式の準備やら何やらで私達商人も大忙しなんですよ」
「そ、そうなんですか……」
一つの家がではなく『純血派』全体での話である。
華族学園在学中の子が、夏休み中に縁談のため呼び戻されたという話もある。入学前の子も含めて年齢も問わず、結構な年の差の縁談もあったとか。
この一連の件、入学した時点でタルラとの縁談が決まっていたソックは蚊帳の外であった。
「そういえば、虎臥家の若様も夏休みに呼び戻されたそうですね」
ラフィアスの実家である虎臥家は、北天騎士団とは無関係なためこの商会とは縁が無かった。
「……呼び戻されてたそうだけど、関係あるのかな? ラフィアス君も、既に三人の婚約者がいる身だけど」
「四人目が増えたとか?」
「そういう話は聞いてないなぁ…………むしろ、その、子作りが大変だったとか」
「なるほど……」
赤面して視線を逸らしながら言うソックに対し、支店長は真剣な表情でうんうんと頷いている。
「……気になる事でも?」
「ああ、いえ、それだけでは何とも……」
言葉を濁す支店長。彼の中ではひとつの疑惑が浮かんでおり、すぐにでも本店に報告しなければと考えていた。
縁談が集中するだけなら、そういう時期もあるで済む。しかし、同じ『純血派』の家が子作り――後継者の準備を進めていたとなると話は変ってくる。
縁談の成立と後継者の用意。これは切っても切り離せないものだ。
「……そういえば、春頃に養子縁組もありましたね」
「青燕組の高城さん?」
「ああ、それですそれです」
そして養子縁組、それもまた後継者を用意する方法のひとつである。
高城家の養子縁組だけ少し時期がズレているが、それも半年程度。『純血派』の中で後継者を用意しようとする動きが三つ重なったと言ってしまっていいだろう。
やはり『純血派』全体で、そういう動きがあると考えられる。
「これ、弟さん……オーサ君でしたっけ? 彼も無関係ではいられないのでは? 確か魔法使いでしょう?」
「た、確かに……」
既にヤマツが動いて巻き込んでいる事を彼等は知らない。
「ちょっと本店の方で調べてもらいますよ。何かあったらすぐに報せますので」
「ありがとうございます。お願いします」
にこやかな顔をしている支店長。だが、内心はそうではなかった。
オーサは家を継がない次男。どこかの『純血派』の家に婿入りするのであれば何の問題も無い。
いや、内都の叛乱騒ぎの黒幕が『純血派』ではないかと言われている今だと、相手がどの家かは注視する必要があるかも知れないが。
だが、学園島や内都でのヤマツとオーサの言動を踏まえて考えると、魔法使いのオーサが家督を奪い、北天騎士隊長の家を『純血派』に引き込もうとしている構図が見えてくる。
しかも佐久野家寄騎の騎士がそれに賛同している節もあるとなれば、引き込み対象が騎士隊全体の可能性も出てくるのだ。
支店長は笑顔で対応しつつもソックを早めに帰し、本店に連絡を取るべく動きだすのだった。
支店長からソックへと連絡が来たのは翌日の話だった。
しかも店員ではなく支店長が自ら、学生街のソックの家を訪ねてきた。その顔は焦っているように見える。
「あの、実はですね……本店の方から連絡が来たのですが……」
「どうかしたんですか!?」
「あ……あなたの婚約者が、乗合獣車でこちらに向かっています!」
「…………はい?」
婚約者タルラがそんな大胆な行動に出るとは、予想だにしていなかったソック。
何故、どうして、そこまでしなければならない何かが起きたと言うのか。
状況を理解しきれないソックは、衝撃のあまり絶句するのだった。




