第231話 冬の獅子
所変わってタルバ王都。時間はヤマツとオーサが帰国した直後に遡る。
複雑そうな面持ちで、王都の大通りを見つめるオーサ。
彼はこの都で生まれ育った。幼い頃から冬になると周辺の村が雪に覆われたというニュースを聞いて、冬でも雪が綺麗に掃除されてるタルバ王都は、なんて素晴らしい町なんだとか思っていた。
しかし、それが今は……地味だと感じてしまう。
自分でも理由は分かっていた。セルツの内都を見てしまったせいだ。
内都から連れてきた者達も王都に対して特段何かを言っている訳ではないが、特別驚いたり、感動したりはしていない様子だ。
この辺りは雪が多いため屋根等の構造が違うというのもあるのだろうが、それを抜きにしても目を見張るようなものがない。内都に比べて華やかさに欠けていると感じずにはいられない。
同じ連合王国に名を連ねているのに、何故こうも違うのか。こうして帰ってきたというのに、オーサの胸中には喜びや安堵とは程遠い何かが渦巻いていた。
大通りを進み、こじんまりとした一軒家が立ち並ぶ通りに入る。
華族が住む区域だが、大きな屋敷などは見当たらない。この辺りは主に無役騎士が暮らしているのだ。
佐久野家は「百里家の新聞発行」のようなお役目を持っている訳ではない。そのため騎士隊長と言えども無役騎士に毛が生えた程度。例外なくこの通りの長屋で暮らしていた。
「オーサ! あんなに連れてきてどうするつもりだ!?」
オーサが連れ帰った者達は十人。彼等を全員寝泊まりさせられる程、佐久野家の家屋は大きくなかった。
現当主である父ミノスは叱るが、オーサは忌々しそうに睨み返すばかりだ。
「安心しな! 寺院を使わせてもらえるよう話を付けてある! オーサ、後で案内してやりな!」
「……分かりました」
それぐらいは家人にやらせろと思ったオーサだったが、兄ソックに代わって当主になるならばこういう時に顔を出さなければならないと考え直した。
軽く食事を摂って休憩すると、オーサは十人を連れてすぐに家を出た。ミノスの機嫌が治らず、家の中の雰囲気が悪かったためだ。
「……すまないな、あんな父で」
寺院に向かう道すがら、オーサは背を向けたまま十人に謝る。
「気にすんな。状況考えたら、あんな態度になるのも仕方がねえ」
「どうせ長男の味方だろ? あれ」
口々にフォローする者達。オーサを含めて、彼等にはある共通点があった。
「それよりリーダーの方こそ、もうちょい毅然としててくれよ」
「そうそう、俺達これに賭けてるんだからよ」
それは全員が無役騎士家の次男以降、後継者ではない者達だと言う事だ。
家に力があれば、後継者以外も婿入り・嫁入り等の話が持ち込まれる事もある。しかし、無役騎士の家ではそれもままならない。それが騎士隊長であってもだ。
彼等の多くは自由騎士となり、武功で身を立てようと考える。
しかし、そんな簡単に話が進めば苦労は無いというか、そもそも大きな武功になるような事件はそうそう起きないというのが現実だ。
彼等が内都の自由騎士の中でも荒れた不良騎士となっていたのは、そのような境遇に置かれていたからだった。
そんな燻る日々を送っていた彼等の下に、突如として現れたのがオーサである。
彼は喧嘩で力を示し、自分は兄から家も婚約者も乗っ取ると言う。
そしてこう誘ったのだ。大きな武功を立てるチャンスがある。お前達も一緒に来ないかと。
このまま家の部屋住みで燻っていても先が無い。何よりオーサには魔法騎士としての力がある。
彼等はオーサに、暗闇に差し込む一条の光を見出し、彼について行く事を決めたのだ。
オーサがそのような行動を取ったのは、彼もまた家を継げない次男であり、家督も幼馴染も手に入れる事ができない立場。同じような立場の彼等に同情心を抱いたからというのがひとつ。
もうひとつは先程のミノスの態度からも分かるように、佐久野家は長男ソックを跡取りにする方向で動いている。
それに対し魔法騎士のオーサを跡取りにと推しているのが隠居のヤマツ。こちらはこちらで寄騎を味方に付けているのだが……オーサは彼等を味方とは考えていなかった。
彼等寄騎はヤマツの味方であって、自分の味方ではない。オーサはそう考えていたのだ。
だからこそオーサは求めたのだ、自分だけの味方を。自分を騎士隊長として、騎士隊員となる者達を。
オーサにとって真の味方と言えるのは、自分と同じ境遇の彼等だけであった。
「集まった人数は十人……お前達は俺の『十勇士』だ!」
「それは、伝説の?」
この世界は、召喚された武士達によって日本の伝承も語り継がれている。
オーサの言う十勇士と言うのは、今でも人気の高い伝承のひとつ「真田十勇士」の事だ。
有名なので十人の方も知っていたようで、悪くないとその気になっている。
「せっかくだ。俺達の防具も赤く塗るかい?」
「……塗りたいのか?」
「是非!」
目を輝かせる面々。それを見たオーサも、伝説の英雄にあやかるのも悪くないと考え始めていた。
そのまま歩くことしばし、そろそろ寺院に到着する頃に、十勇士の一人が尋ねてきた。
「そういえば、例の婚約者には会いに行かなくていいんですかい?」
その問い掛けに、咄嗟に答える事ができず無言になるオーサ。
兄ソックの婚約者、タルラ。兄から奪い取りたいと思っていたが、兄と彼女が両想いである事も知っていた。
「……いや、今はまだ」
今会いに行って、自分の婚約者になれと言ったところで嫌われるだけだろう。
いや、タルラならば思い留まるように説得してくるだろうか。そうなった時、この決意を鈍らせずにいられるかどうか。正直、オーサは自信が無かった。
「会うのは……ソックとの決着を付けてからだ」
だからまずは、完膚なきまでに決着を付ける。最早揺るがぬ状況にしてから会いに行こう。それならばタルラも受け容れざるを得ないはずだ。
そう決意を固め、オーサは振り返る事なく歩みを進めていくのだった。
その後十勇士を寺院に預けたオーサ。
帰宅途中にタルラの家の前を通り掛かったが、オーサはタルラがいるであろう部屋の窓を見つめるだけで、会おうともせずに帰路に着いた。
帰宅したオーサを出迎えたのはヤマツ。いつになく上機嫌だ。
「何してたんだい、オーサ!」
「あいつらを寺院に預けてきたんだよ」
お前の指示通りだろうが、とは口に出しては言わない。
「せっかく、お前の縁談が決まったって言うのに!」
「……は?」
タルラとの件だろうか。全ての決着を付けてからと考えていたのに、また水面下で勝手に進めていたのだろうか。オーサは思わず怪訝そうに眉をひそめる。
「…………タルラは納得したのか?」
聞くのが怖い。だが、聞かなければならない。
そんなオーサの覚悟をよそに、ヤマツは一瞬呆気に取られる。
「タルラぁ? ああ、芽野家の小娘かい」
そして、鼻で笑った。
「あんな魔法も使えない小娘なんて、どうでもいいよ! あんたに相応しくない!」
どんどん表情が険しくなっていくオーサ。しかし、自分が佐久野家を継ぐためにはヤマツは必要だと堪える。
「あんたは魔法騎士なんだ、婚約者も魔法使いじゃないとね!」
そんな孫の変化を知ってか知らずか、ヤマツはそのままの勢いで話を続けた。
「だから……高城家のお嬢さんとの縁談を決めてきたよ!!」
そう、ヤマツが決めてきた縁談は「魔法使い同士の方が、子供も魔法使いになりやすい」という『純血派』の考えそのもの。
今はジェイ達の下に逃げ込んでいる、高城家のアメリアとの縁談であった。
今回のタイトルの元ネタは演劇『冬のライオン』です。
『真田十勇士』というのは忍者なのですが、オーサが連れてきた十人が忍者という訳ではありません。
この世界では一般的に忍者のようなポジションは「隠密騎士」となりますので、この世界的には騎士が十勇士でも間違っていないという事になります。




