第229話 華族はつらいよ ~アメリア現実を知る~
アメリアがジェイの家に保護されてから数日。ジェイが婚約者と浴室に行ったり、寝室に入ったりを目撃するのにも、最初は悲鳴のような声を上げていたが少し慣れてきた。
この間に登校日が一度あったが、アメリアは家の決定に逆らってジェイの下に逃げ込んだ身なので休んだ。学園の方にはエラが話を通したので問題にはなっていない。
戦争が嫌だから逃げるというのは、華族の責務からすると少々問題アリと言える。
しかし高城家は連合王国に対する謀反に乗ろうとしている疑惑があるため、それを拒んだアメリアについては判断保留といったところか。
と言っても家に閉じこもっている訳ではなく、買い物等外出はしている。もちろん一人ではなく誰かと一緒に、護衛付きでだが。
今のところ高城家側からの動きはなく、こちらも特に問題は起きていなかった。
という訳で、今日はアメリアとモニカで商店街に買い物に来ている。
しかしアメリアは、お付きに荷物を持ってもらうという事にまだ慣れていない様子だ。
「華族になっても自分で持ってたからねぇ」
アメリアにも家人はいたが、護衛も兼任していたので手を塞がらせる訳にはいかなかったのだ。
家人が一人だけという家は珍しくもない。部隊単位で連れてきているジェイは例外だ。
その一人に護衛を求めるか、家事を求めるかは人それぞれ。アメリアの場合は前者で、買い物の際は彼女が荷物を持っていたのだ。
手持無沙汰なアメリアは、何気なしに空を見上げる。
快晴とは言い難い雲が多めの空を眺める事しばし、やがて彼女はポツリと呟く。
「……あいつ監視だったのかなぁ」
今にして思えば、である。
「誰が?」
「ウチのメイド~」
高城家の養子になってすぐの頃は、護衛もできる強いメイドだとアメリアは素直に驚き、喜んでいたものだ。黙々と仕事をこなす姿はプロフェッショナルだと思っていた。
しかし家から手紙が届き、他の家臣と一緒になって連れ戻そうとしてきた姿を思い出すと、あれはあくまで高城家の家臣だったのだろうなとアメリアは思った。
忍軍の報告によると、そのメイド達は既に島を出てタルバに向けて発ったそうだ。
アメリアが『アーマガルトの守護者』の下に逃げ込んでしまったため、自分達ではもうどうしようもないと判断したのだろう。
「アメリアって華族の常識無いし、そっち心配してたってのもあるんじゃない?」
華族学園に入学させて、他家と問題を起こしたら……と考えると、監視を付けるのも当然という見方もある。
「そうなんだけどさぁ……なんでモニカは平気なの?」
この二人、どちらも平民出身で生粋の華族ではない。
アメリアにとってはエラも落ち着くが、モニカもまた別の意味で落ち着く相手だった。
「ボク? 昔からジェイの家に行ってたし」
「おのれ、お嬢様め……!」
差があるとすれば、モニカの方は平民のお嬢様だという事。しかも領主夫人の仕事を何度も手伝った経験があった。
「まぁ、常識が違う~って感じる事もあるけどね」
「でしょ? でしょ? いきなり戦いが近いから帰ってこいってさぁ!」
分かってくれる人がいた! アメリアは、勢いづいて愚痴り始めた。
「養子にしてくれたのには感謝してるけど、命懸けで戦うほど恩受けてないってば!」
アメリアが養子になったのは入学する少し前。それから最低限の礼儀作法等を詰め込み教育され、終わるとすぐに華族学園に放り込まれたとか。
最低限というのは、それ以上やる時間が無かったためだ。現状を考えると表面上を取り繕うだけで。華族としての心構えを教える事はできなかったと考えられる。
アメリアとしては、華族の養子になって良い生活ができると思っていたところに寝る間も惜しんでの猛特訓。
入学後も特にマナー等を件のメイドから度々指摘されていた。その時はデキる女性だと憧れも感じていたが、彼女は監視だったのかと思ってしまった今は、それも堅苦しかったと思ってしまう。
「あ~……」
対して何か言いにくそうなモニカ。
表向きは隠しているが、彼女も魔法使いである。子供の頃からジェイと一緒に調べ、知っているからこそ隠しているのだ。
言いにくい事だが、知っておいた方が良い事だ。そう考えたモニカは、キョロキョロと辺りを見回し、そして彼女の手を引いてシルバーバーグ商会の支店へと向かった。
支店に入るとすぐに奥へと通される。
テーブルを挟むソファに腰掛けると、すぐに支店長が自ら魔草茶を持ってきた。
「ごめんね、ちょっと通りじゃしにくい話だから」
「いえいえ。ああ、先日頼まれた手紙は、もう本店に届いているはずですよ」
「ありがとう」
「手紙?」
モニカと支店長のやり取りに、アメリアが首を傾げる。
「タルバの動きとかを報せたの」
今頃、モニカの父エドから辺境伯へと情報が渡っているだろう。
タルバ側の動きによってはアーマガルトも軍を動かす事になる。そのためにも早く、正確な情報が必要であった。
「……それはともかく、これは伝えといた方が良いと思ったんだけどさ」
魔草茶を飲み、一息ついてからモニカは話し始める。
「その、高城家? 戦わなくてもいいから、戻ってこいって言ってくるかも?」
「えっ? そうなの?」
パッと嬉しそうな顔になるアメリア。
「その場合子供作らされると思うけど」
「なんで!?」
しかし、すぐに驚愕の顔に変わる。
「跡継ぎいないまま戦死とかしちゃうと困るから、戦の前に~ってのはよくあるらしいよ」
「よくあるの!?」
モニカは領主夫人の手伝いをしている時、援軍に駆け付けた大勢の騎士達を見てきた。
彼等が手柄を立てたいのは栄達のためだが、それもひいては家のため。万が一に備えて跡取りを作っておくのもまた家のためであった。
むしろ跡継ぎがいるならば、華々しく死んだ方が家のためになるという考え方まであったりする。
実際に援軍に来てもらったアーマガルト家は、戦死者遺族を蔑ろにはしないし、できない。
「『純血派』の考え方って、要するに魔法使いの子は魔法使いになるって事だから……」
「私の子供が魔法使いに……?」
「魔法を使えない人の子供より可能性は高いって考えられてるんだろうね」
何も言えなくなり、口をパクパクさせているアメリア。
戦わなくてもいいなら戻ってもいいかもと一瞬考えたが、それが甘い考えだったと思い知らされている。
「ほら、ラフィアス君もそんな感じなんだと思うよ」
「えっ、あいつ?」
尚武会の件があるので、アメリア的にはあまり良いイメージは無い。
彼にはジェイと同じく三人の婚約者がおり、夏休み中子作りを急かされたと言っていた。
今にして思えば、それも戦争準備の一環だった可能性が考えられる。
「じゃ……じゃあ……私の場合は……」
「高城家の誰かとの縁談が待ってるんじゃないかな?」
当然、戦が始まる前に子供を作る事がセットだ。アメリア自身を戦場で活躍させるより、そちらの方が優先順位が高い。
そうすればアメリアの次の代は「高城家の血を引く魔法使いの子」が跡継ぎとなる。いや、アメリアには継がせず、その子供の方を後継者にする事も考えられるだろう。
「私、そのために養子にされたの!?」
「多分、ね……」
ここでアメリアは、ハッとある事に気付いて不審気な目を向ける。
「……なんでそんなに知ってるの?」
モニカもお嬢様とはいえ平民。どうしてそんなに詳しいのかと。
「……ジェイと一緒に調べたんだよ。魔法使いの事」
しかしモニカは、表情も変えずにしれっと答えた。
彼女は自分も魔法使いだと知った時、身分の壁を超えてジェイと結婚できるのではと喜んだ。嬉々として魔法使いの結婚事情について色々と調べたものだ。
結果として『純血派』の結婚事情を知り、魔法使いである事は隠した方が良いという結論に至ったという訳だ。
華族でないモニカだからこそ、アメリアに華族としての覚悟が無い事が分かる。
それだけにこれは本気の忠告である。
「その辺の事隠したまま接触してくるかも知れないから、気を付けた方がいいよ」
「……うん、気を付ける」
据わった目でじっと見つめながら言うモニカに、アメリアはただただ頷くしかなかった。
今回のタイトルの元ネタはドラマ・映画シリーズ『男はつらいよ』です。




