第228話 武士の○○分
「夕餉の前に、お風呂に入りましょう!」
一方その頃昴家では、明日香がアメリアをお風呂に入れようとしていた。昼間は逃走劇を繰り広げていたため汚れていたのだ。
「さあさあ、一緒に入りましょう!」
「いや、一緒はちょっと……」
「護衛ですっ! 一番無防備になる場所ですよ?」
「そこまでしてくるかな!?」
実際のところ、高城家がそこまで強硬手段に出るとは考えにくいし、そもそも家の外を忍軍が守っている。
だからと言って明日香は油断しない。おもてなししようと張り切りまくっていた。
「はふぅ~……」
結局押し切られる形で、アメリアは明日香と一緒にお風呂に入る事になった。
「あ、ちゃんと湯浴み着使うんだ」
そこは流石にしっかりしていた。アメリアにそれならばと決断させた理由のひとつである。
「普段は使いませんよ?」
「…………」
聞かなかった事にした。
そして慌てて話を変える。
「やっぱり辺境伯ともなると、寮のお風呂も広いんですね~……」
「婚約者がいるからだそうですよ」
アメリアの家と比べてお風呂が広い。湯舟も二人ぐらいならつかれそうだ。
しかし、それは爵位ではなく婚約者の有無によるもの。婚約者がいれば広い寮を宛がって同居させる。在学中の妊娠も問題視しない華族学園の方針であった。
「お背中流しま~す」
「恐れ多いですって!」
それはそれとして、お世話したがる明日香相手にちょっとした防衛戦を繰り広げる事になるアメリア。姫に背中を流されるとか普通に怖い。
「遠慮はいりません! お友達が泊まりに来るの初めてなんです!」
「そりゃ遠慮するよ! 婚約者三人もいる家とかさ!」
お邪魔になりそうだし、女子は下手に接近して「四人目か?」等、変な噂が立てられても困る。
なお、アメリアがそんな家に泊まる事を了承したのは「命あっての物種」と保身を優先したためだ。
華族らしからぬ考え方だが、そもそも彼女は平民出身の養子である。
だからこそ遠慮しつつ、態度は無遠慮みたいなちぐはぐ状態になっているとも言える。
普通の華族子女ならとうに諦めてされるがままになっていただろうが、アメリアは抵抗を諦めなかった。
結果として二人は、湯浴み着のまま手押し相撲で力比べをするような体勢になってしまう。
「ちょっ!? 力強い強い!!」
いかんせんアメリアでは勝ち目が無い。満面の笑顔をした明日香に壁際まで追い詰められてしまった。
「ぐぬぬ……っ!」
壁際で体重も使って抵抗しようとするアメリア。前傾気味の視線になり、その視線はおのずと下の方へと向けられる。
その視界に飛び込んでくるドデカいそれら。
思わず絶句し、更に視線を落として自分のものと見比べる。
「これが真の華族……!」
「武士ですよ?」
圧倒的格差を感じ、思わず手の力が緩んでしまう。
「隙ありですっ!」
それを見逃がす明日香ではない。サッとアメリアを担ぎ上げると、そのまま椅子に座らせ、楽しそうに背中を流し始める。
その動きに合わせて揺れる双丘。それはもう、ゆっさゆっさと。
「か……感じる……!」
背中を向けているはずのアメリアは、何故かそれを感じ取っていた。肌で、いや、感覚で。
「ふんふんふ~ん♪」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」
鼻歌まじりの明日香に対し、アメリアはされるがままで苦悶の声をあげ続けるのだった。
なおその差は、体格差に依るところが大きいとフォローしておこう。アメリアは同年代と比べて小柄であった。
その後お風呂から上がったアメリアは、ぐったりした様子で居間に戻ってきた。
エラが冷やしたジュースを用意してくれている。
「あぁぁ……」
しかしアメリアはそれを受け取るよりも先に、エラに抱き着いてしまう。
そう、そのほっそりとした身体に。
「落ち着くぅ~……」
「……どういう意味かしら?」
何かを感じ取ったエラの声が、若干低くなった。
それはともかく、アメリア達が入浴している間にジェイも戻ってきていた。
今はソファで、呆れた目をしてアメリアを見ている。
「し、失礼しました! 家の主人を出迎えもせずに!」
その存在に気付き、アメリアは慌てて頭を下げる。
家の主人が帰宅した時は、家の者は揃って出迎える。彼女はそう教えられていたのだ。
それを客人にまで求めたりはしないが、自分から顔を出して主人に挨拶するのが礼儀とされている。
「ああ、それは気にしなくていい」
顔を上げさせるジェイ。汚れていたからお風呂に入る方が大事だった……とは口に出しては言わなかった。
それにジェイは影世界を通って戻ってきたので、そもそも玄関を通っていなかったりする。実のところ出迎えようがないのだ。
アメリアはまだ気にしているようだったが、エラが大丈夫よ~と安心させるように頭を撫でる。
こういうところも「落ち着く」という評価につながっているのだろう。多分。
「とりあえず手紙の件も伝えてきたから、高城家が抗議してきても大丈夫だぞ」
「あ、ありがとう! ございます!」
慌てて付け加えたので、ジェイは「家で敬語はいらん」と返しておいた。
外ではアルマ子爵家当主という立場があるため、ある程度気を付けてもらわなければいけない。
「お爺様、他には何か言ってた?」
「小火の内に消し止められるのが理想だってさ」
そして具体的に何かしろとは言わなかった。
おそらく今は、王国の隠密騎士達が動いているのだろう。
ジェイとして何が起きているのか、起ころうとしているのかは気になるところではあるが、現状では自分から動く事はできない。
「いっそ高城家が殴り掛かってきたら、反撃って形で動けるんだがなぁ……」
「物騒な事言わないでくれるかな!?」
ジェイの呟きに、アメリアは思わずツッコんだ。
「安心しろ。そこまで考え無しだったら苦労は無い」
「そ、そうだね! ラクショー、ラクショー…………ん?」
どちらも間違った事は言ってない。
新たな動き、新たな情報。どこからどうもたらされるのか。何にせよジェイ達は、今はただ待つしかないのだった。
今回のタイトルの元ネタは映画『武士の一分』です。
こちらでは二文字なので『武士の脂肪分』です。




