第227話 燻る火種
それからしばらくして、アメリア達は無事に荷物を持って戻ってきた。
その際に高城家から送られてきたという手紙も持ってきている。
明日香がアメリアを客室に案内している間に、モニカがそれを魔法『天浄解眼』でチェックする。
「手紙か……『戦が始まる前に戻ってこい』……」
天網恢々、疎にして漏らさず。魔素の光を宿したモニカの瞳が、嘘を見抜く。
「……当たり障りのない事しか書いてないね、これ」
「じゃあ、書いている事に嘘は無いのか?」
「…………一箇所だけ」
ジェイの問い掛けに、モニカは複雑そうな表情になる。
「どこが嘘なのかしら?」
続けてエラがそう問い掛けると、モニカはしばらく考え込んでいたが、隠していても仕方がないと大きくため息をついてから答える。
「……ここ……『あなたなら大丈夫だから』ってとこかな……」
そこだけがモニカには赤く光って見えた。つまり、嘘だという事だ。
「そ、それって……」
つまり、手紙の主は「大丈夫ではない」と思っている。
「アメリアの実力が足りないと思っているのか、それとも何かの罠があるのか……」
ジェイがいくつか候補を挙げるが、具体的な事までは分からない。
ハッキリしているのは、手紙の主がアメリアが戻れば何かしらの危険があると考えているという事であった。
「あと、これじゃ誰と戦うかも分かんないね。たとえば領内に魔物の群とかが入ってきたら、こういう手紙書きそうだし」
「まぁ……それはよくある話ね」
納得しているエラ。手紙が敵の手に渡った時の事を考えて、具体的な情報は書かないというのは、華族にとっては基本テクニックである。
ここで部屋に荷物を置いたアメリア達が戻ってきたので、エラは彼女に問い掛ける。
「ねえ、アメリアちゃん。この手紙に書かれている事以外で聞かされている話はあるかしら?」
ならば具体的な情報はどう伝えるのか。数ある方法の内のひとつが、使者に言伝るというもの。
「あ、いえ、早く帰る準備をしろの一点張りで……」
「あらあら」
新たな情報は無かったが、エラにとっては、それも想定内だ。
魔法使いになったため養子にされ、華族になったばかりのアメリア。当然華族としての知識も、覚悟もまだ持っていない。
それは高城家の方も分かっているので、具体的な事は何も伝えず、頭ごなしに命令して連れ戻そうとしていたのだろう。
「その状況から、良く逃げ出せましたねっ!」
「帰る前におみやげ買うから~って商店街に行って、当然あいつらも付いてきたんだけど……お店の人に頼んで裏口から……ね」
ただ、アメリアは華族の知識こそ無いが、頭が悪い訳ではなかった。
機転を利かせて見張りの使者達を撒き、学生街の入り口で身を潜めてジェイ達が帰ってくるのを待っていたのだ。
アメリアは昔取った杵柄ってヤツだよと笑う。養子になる前の生活が窺える話であった。
高城家は、その辺りの事が分かっていなかったのだろう。まんまと出し抜かれて今に至るという訳だ。
「よし、ちょっと出掛けてくる」
ここでジェイがソファから立ち上がった。
「報告?」
「ああ、アメリアが何も知らない事も含めて伝えておいた方が良さそうだ」
「……そこはかとなくバカにされてる?」
「無実の証明だよ」
ぷくーっとなっているアメリアを、ジェイは軽くいなす。
要するにこの先高城家に何かあったとしても、何かやらかしたとしても、アメリアは無関係ですと言い張るための根回しである。
「ああ、高城家が娘誘拐されたとか訴えたら……」
「その可能性もあるが……そっちは大丈夫だ」
「この手紙があるからね」
そう言ってエラは、先程の手紙を持ちヒラヒラさせる。
他ならぬアメリア自身が助けを求めている事と、彼女を戦のために呼び戻そうとしている手紙。
これらが揃っていれば、誘拐だと騒がれても大した問題にはならないだろう。
そのため報告に行く重要性は、そこまで高くない。しかし、高城家は現在騒ぎの渦中にあるタルバの華族。その件絡みで報告しておくという意味合いの方が強いと言える。
報告するのは風騎委員長の周防、南天騎士団長の狼谷、そして内都の冷泉宰相の順だ。
場合によっては連合王国を構成する国同士の内戦になりかねない話なので、宮廷まで話を上げる必要がある。しかし、それは冷泉宰相に任せる事になるだろう。
「この手紙、ちょっと借りてくぞ」
「あ、うん……大丈夫だよね?」
「安心しろ、アメリアが罪に問われるって事はない。もちろん俺達もな」
この家を見張っているだろう者達に動きを悟らせないため、ジェイは影世界に『潜』って報告に向かうのだった。
周防と狼谷への報告は、高城家が戦を理由にアメリアを呼び戻そうとした事と、彼女自身は何も知らない事を伝えるだけなのですぐに終わった。
タルバの件は彼等も知っているので詳しく説明する事が無い。と言うか、詳しく説明できる事が無い。
あえて言うならば、手紙がタルバ華族が戦を前提に動いている証拠になるぐらいか。
相手が誰かも書かれていないので正直証拠としては弱いのだが、それでも一歩前進といったところだろうか。
最後に報告に訪れたのは内都の冷泉邸。宰相は、手紙の件を聞いて冷たく笑った。
「一歩である事は確かだが、ちと弱いのう」
やはり具体的な情報が書かれていないため、決定的な証拠にはならないという事か。
「火種があるのは確かだと思うんですけど」
「小火の内に消し止められるのが理想ではあるな」
皮肉げにぼやく宰相。
先日『純血派』が内都で起こした叛乱騒動。
内都で怪し気な動きを見せている、タルバ華族佐久野家の隠居ヤマツ。
戦を理由に娘を呼び戻そうとする、同じくタルバ華族『純血派』の高城家。
「そういえば、白兎組の『純血派』も実家に戻っているのだったな」
そして同じくタルバ華族の『純血派』である虎臥家も、嫡子ラフィアスを休学させて呼び戻している。
「ラフィアスですか? ええ、今日から休学だって」
片眉をピクリと動かして答えるジェイ。ジェイのクラスだからチェックしていたのか、それとも『純血派』だからチェックしていたのか。尋ねても返事は無いだろう。
「兆候は無かったのか?」
「何やら考えているようでしたが、元々口数が多いタイプでもなかったので……」
休学して帰国するという行動を起こすまで、不審がられてはいたが具体的な事は悟らせなかったとも言える。
冷泉宰相は静かに立ち上がり、窓際に立ってジェイに背を向ける。
窓から内都の町並みが見える。夕暮れ時の大通りには、ぽつぽつと明かりが灯り始めている。
また叛乱騒動の傷は完全に癒えてはいないが、それでも人々の営みは戻り始めていた。
「場合によっては……覚悟しておけ」
その景色を見つめジェイに背を向けたまま、宰相は重々しくそう告げた。
最悪セルツ対タルバ、連合王国内で内戦が起きる。少なくとも宮廷はそれに備えて、既に動き始めている。
そう具体的に教える事はないが、心構えはしておけという事だ。
対するジェイは何も言えず、ただただ頷くしかなかった。




