第226話 高き城の主
演習授業の次の登校日、その日はいつもと同じように始まった。
ジェイと明日香だけ先に風騎委員室に顔を出し、報告書を提出してから教室に向かう。
教室には既にエラとモニカがおり、クラスメイト達の姿もある。
「ん? ラフィアスはまだ来てないのか?」
最近いつにも増して静かになっていたが、元々黙っていても目を惹く美男子だ。教室に姿が無ければすぐに分かる。
ジェイ達が風騎委員室に寄った日は、教室に来るのは始業ギリギリの時間となる。この時に登校していないと、大抵遅刻か欠席になる訳だが……。
「ラフィアス=虎臥=アーライドは、しばらく休学となる」
朝のホームルームで、担任教師が皆にそう伝えた。
突然の事にざわつく教室、それらしい話を彼から聞いていた者もいないようだ。
「なんで急に!? まさか見合いっスか!?」
こういう時に無遠慮に尋ねる事ができる色部は、ある意味頼もしい存在である。
「そういう話は聞いてないな。嬉しそうな顔はしてなかったが……まぁ、それはいつもの事か」
もっとも担任にもそれ以上の情報は無かったため、この話がそれ以上ふくらむ事は無い。
ただ、最近様子がおかしかったのはこの件が影響しているのではないか? そんな憶測が休み時間に飛び交うだけであった。
一方ジェイには別の視点があった。放課後、婚約者達と下校しながら考える。
内都の叛乱から問題視されているタルバの過激な『純血派』。ラフィアスもまた、タルバの『純血派』である。
もっとも彼は、そういう過激な連中をカビの生えた古臭い連中と見下している面があるので、そちらに与しているとは考えにくい。
しかし、同じくタルバ華族の佐久野家も、隠居が怪しい動きを見せている。タルバの方で何かあったというのは十分考えられた。
一体タルバで何があったのか。忍軍を派遣して調べさせるか。それとも王家の隠密に任せるか。あるいはアルマにいるポーラに頼んでみるのもアリだろう。
だが、すぐにその必要は無くなる。
何故ならば――
「助けて! 戦争に連れてかれる!!」
――意外なところから、求めている情報を持ち込まれたからだ。
「アメリアちゃん!?」
助けを求めてきたのは、先日演習したばかりのアメリア。
お供も連れておらず、学生街の入り口で一人待っていたのだが、ジェイ達の姿を見ると泣きついてきた。
「何があった?」
突然抱き着かれた形のジェイだったが、それよりも「戦争」という言葉の方に反応する。
「そ、それが……」
アメリアはキョロキョロと周囲に人がいないかを確認し、そして背伸びをして顔を近付けると小声で話す。
「……戦争が始まるから帰ってこいって……」
ジェイは思わず息を呑み、モニカは大声を出しそうになって慌てて両手で口を押さえる。
「えぇーーーっ!?」
そして明日香は、遠慮する事なく大声を出した。
「……場所を変えましょうか」
すかさずフォローしたのはエラ。一行はアメリアを家に連れて帰るのだった。
「……なるほど、詳しい話は聞いてないのか」
「うん……でも、戦争になったら……」
家に入り、改めて詳しく話を聞いてみたところ、アメリアはほとんど何も知らされていない事が分かった。
ただ養子に入った高城家から使者がやってきて、戦争が始まるから早急に休学して戻ってくるようにと言われたそうだ。
それを聞いた彼女は、戦争に行くのは怖いと思い、家の者達の目を盗んでジェイに助けを求めてきたという訳だ。
華族ならば、何らかの形で参加するのは当然という考えは、あるにはある。
戦場に行くばかりが華族の仕事ではないが、戦闘向けの魔法使いが後方に配置されるとも考えにくい。
「だから一人で……」
「お供いるけど、皆養親がつけてくれた人なんだもん!」
つまりアメリアより高城家を優先する人達という事だ。
彼等を頼れないとなれば、誰を頼ればいいのか。
大人は、当主とその子供なら当主の方を優先する。そう考えた彼女は、学園を頼ろうとは考えられなかった。
クラスメイトを頼る事も考えたが、それは大人相手のトラブルに巻き込む事になりかねない。
何より青燕組は武闘派の燕子花が中心になっており、魔法使いのアメリアは浮いた存在となっている。
他に、クラスメイト以外に頼れる人はいないか。大人相手にも負けない人はいないか。そう考えた時に思い浮かんだのがジェイだった。
ジェイも怖いが、戦争よりはマシ。それ以上に頼りになる。アメリアはそう判断し、彼に助けを求めたのだ。
「そういえば高城家って、どこの……」
「えっ? タルバだけど」
そう、タルバ華族の高城家が戦争が起きる事を前提に動いている。これは重要な情報だ。
こうなるとアメリアを捨て置く事はできない。
「……しばらく家で匿うか。それでいいな?」
「う、うん……それはこっちからお願いしたい事だけど……」
「なら決まりだな。明日香、忍軍連れてアメリアの家に行ってきてくれ」
「えっ? ああ、お泊まりの準備ですねっ!」
「えっ、それいいの!? このまま隠れてた方が良くない!?」
「いや……もうバレてると思うよ」
「学生街の入り口だから、流石に見られてたんじゃないかしら……?」
モニカとエラの言う通りだろう。学生街の入り口という人目につきやすい所だったから、アメリアが一人待っていても強制的に連れて行かれるような事は無かった。
しかし彼女の、いや高城家の家臣はアメリアの様子をどこからか見ていたと考えられる。当然ジェイ達が彼女を連れ帰った事も見られていただろう。
つまり、これからアメリアの家に荷物を取りに行き、ジェイ達が彼女を匿うと知られたところで今更なのである。
むしろ強制的に連れ戻そうとすればジェイを敵に回すと知られた方が、かえって安全と言えるかも知れない。
それならば堂々と荷物を取りに行こうという話である。
「そ、そういう事なら……」
「行ってきまーす♪」
という訳で、アメリアは一旦荷物を取りに帰っていった。
同行するのは明日香と侍女、それに忍軍が三人。荷物を取りに行くだけなら過剰戦力だが、アメリアから話を聞いている事が分かっているだろうから問題は無いだろう。それこそ今更であった。
今回のタイトルの元ネタはウガリット神話の最高神バアル・ゼブルの別名『高き館の主』です。




