第225話 演習場に日は落ちて(落ちてない)
「召し捕ったりぃ~!」
「くっ……!」
高らかに宣言する明日香に対し、心底悔しそうな燕子花。彼も風騎委員なだけに「召し捕った」などと言われては余計にそう感じるのだろう。明日香の方に悪気は無いのだが。
その様子を魔動カメラを通じて見ている者達がいた。演習を担当する教師陣だ。
男性教師一人に女性教師二人、それに男性の演習場管理人一人の合わせて四人。彼等は演習場入り口にある管理棟から演習の様子を窺っていた。
「決まりましたな」
整えられた顎鬚を撫でながらそう呟いたのは教師陣……ではなく管理人だった。
長年この演習場の管理人を務めてきた初老のベテラン騎士だ。
「もうちょっと反撃できた気がするんですけどねぇ。数の利を活かして正面突破とか」
「窓からの射撃が早くなるだけでは?」
「ああ、そうか……」
管理人よりはるかに若い男性教師、それと同年代の女性教師が、青燕組はどう対処すれば良かったのかと話し合い始めた。
そこにベテランの女性教師が捕捉を入れる。
「だからデカいのを使ったんでしょ」
「……オード=山吹=オーカーですか?」
ベテラン女性教師はコクリと頷いた。
「デカいのが突然目の前に現れるとね、一瞬動きが止まるんですよ。ここではよく見られます」
管理人の説明に、新人女性教師はなるほどと頷いた。
ここは市街地戦を想定した演習場。視界を遮る物が多く、奇襲が行われる事が多い。管理人である彼は、長年それを見続けてきたのだ。
「……まぁ、まだどちらも旗は取っていませんが、大勢は決したと言えるでしょう」
更に管理人はそう続けた。
そうしている間にも、モニターに映る白兎組は次の動きを始めている。テキパキと燕子花達を捕縛し、撤収準備を進めているようだ。
「冷静ですね」
「このクラスはなぁ……」
学生同士、しかも一年生。こういう時は喜び合い、そして油断してしまったりする傾向が強いのだが、ジェイの影響もあってかこの白兎組は例外であった。
そのまま拠点に戻ると、交代でロマティ達が出発。これにジェイも同行する。
「あれ? 動きましたね」
「魔法使いが残っていますからね……手加減が不得手の」
アメリアの魔法は、殺傷力高めの風の刃。最後に抵抗されると怪我人が出かねないのでジェイが自ら出向くのだろう。
堅実というか、そつがない。その影響がクラスメイトにも及んでいる。
ジェイが幕府の隠密部隊と暗闘を繰り広げていた事は表沙汰にはされていない。
しかし、長年学生達を見てきたベテラン女性教師と管理人は、有名な龍門将軍の戦いだけとは思えない戦闘経験の厚みを感じずにはいられなかった。
その後、ロマティ、ビアンカ、明日香が青燕組の拠点を発見。後ろにジェイが控えた状態で降伏勧告をすると、守備チームは即座に降伏した。
アメリアも攻撃チームが負けた時点で、抵抗する気などサラサラ無かったようだ。
「なんで来んのっ!?」
それはそれとして普段演習では動かないジェイが直接出向いてきた事に、一言物申さずにはいられなかったようだが。
アメリアが半泣きでジェイをポカポカしてるのを見つつ、教師陣は演習の終了をアナウンスするのだった。
演習が終わり、演習場入り口に集まった学生達。
勝利した白兎組は、ここでようやくお互いにハイタッチをし、声を上げて勝利を喜び合う。
今回は作戦の都合上、非戦闘員も参戦したのだから余計にだ。
騒いでいないのはジェイとその隣に並ぶモニカ、それにクラスの輪から距離を取っているラフィアスぐらいだ。明日香の方は、皆と一緒になって大喜びしていた。
「何故、最後まで抵抗しない!?」
「勝てる訳ないでしょーっ!? 自分が直接対決してみなさいよーっ!!」
「勝ち負けじゃない! 無抵抗で降伏するなと言ってるんだ!!」
一方青燕組は、燕子花とアメリアが言い争っている。これもよく見られる光景だ。敗因を指摘し合うのであれば、むしろ建設的と言える。
しかしただの口ゲンカになってしまうと、教師陣としては放ってはおけない。
「はい、そこ、静かに。そういう態度も評価対象だぞ」
慣れた様子のベテラン女性教師が一言。わざわざ声を張り上げなくても、真面目な生徒はこれで一発だ。案の定、燕子花はすぐに黙って姿勢を正した。
そして最後に、教師陣から演習の評価が下される。
新人女性教師、若手男性教師、最後にベテラン女性教師の順だ。
なお管理人はここで評価する立場に無いので、高みの見物である。
「青燕組は……もっと偵察をがんばりましょう!」
不慣れなせいか少々子供向けのような物言いになってしまっているが、間違ってはいない。
「初手攻撃に全振りはハマれば強いが、実戦でやるのは危険だぞ!」
見かねた男性教師がフォローに入った。
実際に命懸けの戦場で、偵察を蔑ろにした不用心な状態で動き回れるかという話である。
「そう! 演習というのは、実戦を想定して行う訓練です。演習に勝利する事ばかり考えて、実戦の想定を忘れていませんでしたか?」
「それは…………はい……」
そう問われ、ばつが悪いのか燕子花は認めつつも視線を逸らした。
つまり燕子花のとった作戦は、演習だからこそできた事。
実のところこれは、一年生がよく嵌る演習の罠だ。この勘違いを是正できないまま実戦に出ると危険極まりない。
教師にとっても、それに気付いて指摘できる事が演習担当の第一歩という面もあったりする。
後ろで見守っていたベテラン女性教師は、新人の成長にうんうんと頷いていた。
「守備チームは、もう少しやる気を見せて欲しかったですね」
ここでベテランが捕捉する。
「実戦を想定するならば、最後のは本拠地まで攻め込まれた状況。非戦闘員だからなどという甘えは通じませんよ」
「は、はい……」
しゅんとなるアメリア。燕子花が指摘してきた事と同じなので更に悔しい。
「逆に白兎組は……その、慎重過ぎる面があったんじゃないかなぁ……?」
続けて男性教師が評価するが、少々声が上ずっている。相手が自分よりもはるかに実績のある『アーマガルトの守護者』という事で緊張しているのだろう。
なお、その評価が正しいかどうかは半々だ。確かに慎重過ぎる面もあったが、実戦想定ならば指揮官の性格による差の範疇、許容範囲といったところか。
龍門将軍を撃退し、魔神を討伐した実績から勘違いされがちだが、ジェイは基本的に防衛戦で活躍してきた指揮官。すなわち守勢の将なのだ。
実際にそうやってアーマガルトの地を守り続けてきた事が、彼の慎重さが間違っていなかった事を示しているとも言える。「正しかった事」ではないのがミソである。
「白兎組は、殿に残った姫様はお見事。偵察に関しては問題無し……ですよね?」
「がんばりましたっ!」
「ありがとうございますー」
ちょっと不安気な新人。指摘する事が無ければ無いで不安になるのだろう。
男性教師は気持ちは分かると言わんばかりにうんうんと頷いている。
「ほら、続き!」
「あ、はい!」
呆れ気味のベテランが、男性教師に先を促した。
「後は、え~っと……」
しかし考えていなかったのか、その先が続かない。
「……まぁ、非戦闘員を包囲攻撃に参加させたのは実戦の想定を忘れていたと言えるかも知れないねぇ」
仕方なく助け船を出すベテラン。実は演習だからこその手を使ったのはジェイも同じなのだ。
防衛戦となれば非戦闘員でも戦わなければならない事もあるので、完全に実戦を忘れていた訳ではないが。
「せっかくの機会でしたので」
この件に関しては自覚があったので、ジェイも否定はしなかった。
演習ではあまり活躍できない非戦闘員。特に婚約者のモニカに出番をあげたかったのだ。
それだけで終わらず、非戦闘員に一方的とはいえ戦闘を経験させるという目的も果たしている辺り強かと言えるかも知れない。
それが理解できるだけに、ベテランもそれ以上は何も言わなかった。
こうして主だったところの評価は終わり、続けて一人一人の動きについての評価となる。
ラフィアスはもっとやる気を見せろと怒られていたが、本人はどこ吹く風だ。
全体の傾向としては、迷いなく動けていたのは白兎組。青燕組はそれが一部に留まっていたとの事。
教師陣も明言しなかったが、それぞれの指揮官に対する信頼度の違いだろう。ネームバリュー等の違いがあるので、こういう差が出てくるのは仕方がない。
それに単純に白兎組が優れている訳でもない。青燕組に対してもっと話し合うようにと指摘したベテランは、返す刀で白兎組にもジェイだけ任せないで自分でも考えるようにと指摘する。
敗北した青燕組はもちろんのこと、白兎組も学ぶ事があった。結果としては良い演習と言えるものであった。




