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第224話 異世界島津

 足止めに残った四人が明日香の相手をしている一方、燕子花(かきつばた)達はロマティとビアンカを追跡していた。

 ロマティは脇目も振らずに走り、ビアンカは時折燕子花達の方をチラチラと気にしながら少し後に続いている。

「次の足止めはあいつか……!」

 燕子花が呟いた。尚武会で有望そうな者はチェックしていた彼は、ロマティよりもビアンカの方を評価していたのだ。

 同時に一人に情報を持ち帰らせるために二人を犠牲にする。ジェイならやりかねんとも考えていたが……。

 何度かビアンカが振り向こうとし、ロマティがそれを止めている。

 その様子に、燕子花はニッと笑みを浮かべた。

「甘いな、やるなら徹底させろ!」

 ジェイは必要とあらば味方でも切り捨てられるような指揮官だ。燕子花はそう考えている。

 しかし、その下のクラスメイトはそうではない。

 明日香なら一人残しても大丈夫そうだが、ビアンカの方はそうではない。それ故にできるだけ殿を出す事なく逃げようとしているのだろう。

 ロマティは幾度か角を曲がったりして燕子花達を振り切ろうとしている素振りが見える。

 しかし、殿に残ろうとするビアンカと、止めようとするロマティ。その度にスピードが緩み、二人は燕子花達を振り切れずにいる。

 このまま追跡を続ければ、白兎組の拠点が判明するだろう。

 二人が逃げ込む時、拠点の守りに緩みが生じるはず。そこで一気に雪崩れ込んで勝負を決める。

 こういう演習の場合、非戦闘員は拠点に隠れているものだ。彼等を巻き込んで乱戦状態にすれば、旗を取るチャンスも生まれるだろう。これは十分勝算がある作戦である。


 しかし、その時が訪れる事は無かった。


 細い道が交わる交差点を駆け抜けたところで、ビアンカが振り返って槍を構えた。そしてロマティの方は、そのまま走り去っていこうとしている。

「ここなら一人で足止めできると思ったか!」

 殿がビアンカなら二人残せば十分。手近な二人に頼もうとしたその瞬間、彼女の左右の建物から一人ずつ男子が姿を現し瞬く間に立ち塞がるのが三人になった。

「はっはっはっ! ここは通さんぞ!」

 しかも片方は一年生の中でも特に大柄なオード。頭抜けて強いという訳でもないが、油断のならない相手である。

 ぎょっとした燕子花。残す人数を増やすか、それとも全員で囲んで倒してから進むか。

 その僅かな躊躇の間に、事態は次々に変動していく。

「よっしゃ! 掛かったぁっ!!」

「……っ!? しまった!!」

 左右に道も同じように建物から学生が飛び出してきた。それぞれ二人ずつ。大声を出したのは色部である。

 この時燕子花は気付いた。交差点のド真ん中で足を止めてしまっている事に。

 囲まれるとまずい。燕子花は背後に視線を向ける。

 明日香が追ってきている様子は無い。

 それを確認した燕子花は、即座に立て直しを図った。判断が早い。

「下がれ! 交差点を出ろ!」

 三方向から攻められてはたまらない。だが、それぞれの人数は少ない。後方の道に退く事で、攻撃される方向を限定すれば十分戦える。

 他の青燕組の面々もそれは分かったようで、慌てずバックステップで退こうとする。

 だが次の瞬間、彼等の背中に衝撃が走って足を止めてしまった。

 大した痛みは無い。何事かと確認してみると、背中にべったりと赤色の液体が付いている事が確認できた。

「こ、これはまさか……!」

 演習用の遠距離武器だ。演習で怪我をさせる訳にはいかないため、塗料が入った模擬戦用武器を使用する。

 燕子花が周りを見回すと、交差点を囲む建物の屋上や二階の窓にモニカ、エイダ、シャーロット、そしてソックといった非戦闘員に面々が顔を出していた。

 その手には小さなボールのような物が握られている。中に塗料が入った防犯用カラーボールのような物だ。投石の代わりとなる模擬戦用武器である。

「ぐっ……!」

 脱力感から、思わず肩を落とす青燕組の面々。

 中の塗料は粘性があり、当たり所によっては動きを阻害するという代物だ。負傷によるダメージの代わりという事になっている。

 燕子花達が動くより先に、モニカ達は攻撃を再開。塗料まみれになりながら、燕子花は気付いた。誘い込まれたと。

 そう、これはいわゆる『釣り野伏』。日本の戦国時代において島津氏が使ったとされるもので、囮を使って伏兵のいる所まで敵を誘引し、包囲殲滅する戦法だ。

 寡兵で大軍に勝てる戦法のひとつだが、実際に行うのは非常に難しい。特に囮役は危険だとされている。


 しかし、ジェイはその戦法を皆に勧めた。

 もちろん、何も考えずにという訳ではない。

 青燕組はクラスの半分を攻撃チームに回している。つまり、人数が多めなのだ。

 そしてロマティ達の偵察の結果、相手はそれほど偵察をしていないと判明。

 ならば釣り野伏がハマるのではないか。更に場所を選べば非戦闘員も参戦できる。

 そして何より、拠点まで引き込んでいたら玄関ホールで乱戦になっていただろう。そうすれば燕子花が考えていた隙を突いて旗を奪取するというのも成功の目が出てくる。

 その可能性を無くし、より多くのクラスメイトを活躍させる。特に演習ではできる事が少ない婚約者のモニカに。

 ジェイが釣り野伏を勧めたのは、そんな理由からであった。

 

 四方からの投擲に、交差点の中央で足を止めてしまう燕子花達。

「皆、逃がしちゃダメだよっ!」

「おーっ!!」

 そこにビアンカの号令に合わせ、三方から一斉に斬り込んだ。

 燕子花達はそれを迎え撃とうとするが、粘性塗料まみれで動きが鈍っており十全の力で戦う事ができない。

「お待たせしましたーっ!!」

 そこに後方から明日香が駆け寄ってきた。

 彼女が合流するともはや燕子花達に勝ち目は無く、この交差点における戦いは、白兎組の圧勝に終わるのだった。

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