第223話 「ここは俺に任せて先に行け!」
「ただいまもどりましたーっ!」
明日香達攻撃チームが戻ってきたところで、改めて作戦を練り直す。
「……という訳で、青燕組は半数を攻撃グループに割いてきているらしい」
「おおっ! 大胆ですねっ! 偵察は出してないんですか?」
「それらしいのはいたか?」
「いえ、まったく!」
隠密の専門家でもない者が、明日香に察知されないとは思えない。
そもそも偵察を出していれば、燕子花達も白兎組の拠点が分からないまま攻撃チームを動かしたりしていないだろう。
つまり青燕組は偵察を出していない。仮に出していたとしても白兎組を捕捉していない。そう考えていいと判断できる。
それを踏まえた上でジェイ達は、次の手を打たなければならない。二階の見張り以外が玄関ホールに集まって話し合いをする。
これに関しては、ジェイが先に結論を出してはいけない。まずはクラスメイトの話し合いを見守る。
いつもならばラフィアスが中心になるのだが、今日は見張りをすると二階に残っている。
明日香も作戦が決まれば動く!というタイプで、モニカもジェイの側に控えている。
モニカは元々演習には積極的ではない非戦闘員なのだが、それでも門前の小僧というか、ずっと一番近くにいた幼馴染。そのためジェイの考え方がある程度分かってしまう。それ故にかえって口出ししにくいという事情があった。
それ以外でこういう時に仕切れるのはエイダなのだが、彼女もモニカと同じく非戦闘員で、こういう話し合いには不向きだ。
ロマティは、能力的にはこの場を仕切る事ができるだろう。しかし今は偵察として情報を提供する立場であり、判断するのは別の人の役目だと控えている。役割分担が大事という考えからだ。
オードは……そもそも作戦を考えたりする事が不向きだ。いざ実戦となれば、皆を引っ張る事はできるのだが。
という訳で白羽の矢が立ったのはソックだった。
「僕ぅ!?」
騎士隊長の家の生まれであり、相応の教育は受けてきているため無知ではない。
自分から意見を出すタイプではないが、冷静に皆の意見を取りまとめる事ができる。
つまり司会進行をさせるには十分な能力を持っていた。
いざ話し合いが始まると、色部やオード、それにビアンカが度々脱線しそうになるが、その都度ソックが軌道修正をして話を進めて行く。
ここで考えるべき事は、まだこちらの拠点を捕捉されていない状況下で燕子花達の攻撃チームにどう対処するかだ。
「一人はいてほしいよね、あんなタイプ」
ソックがおたおたしつつも話し合いを進めている姿を見て、モニカが小さな声でジェイに耳打ちをする。
「まぁ、確かにな」
ジェイも同意する。騎士をまとめるのが騎士隊長だとすれば、その騎士隊長をまとめる立場になるのがジェイだ。
ソックのような者は、一人側にいてくれると非常に助かるのは確かであった。
そんな話をしている内に話し合いは終了。
ソックから皆で出した結論を聞いたジェイは「ひと工夫」を添えて作戦を了承するのだった。
「おい、燕子花! あれ!」
青燕組の男子が、交差点を指差しながら言う。
燕子花がそちらに視線を向けた時には既に何もいなかったが、慌てて交差点まで行って辺りを見回すと、左側から走り去る足音が聞こえてきた。
「……複数だな。三、四人といったところか?」
耳を澄ませ、そう判断する燕子花。一人でない事は断言できるが、それ以上は聞こえた足音から、それほど大人数ではないだろうという推測混じりである。
「偵察かな?」
「だろうな。そういう基本は外さない……いや、外させないだろう」
ジェイがあまり口を出さないとしても、悪手を打とうとすれば止めるだろうと燕子花は考えている。間違ってはいない。
「追うぞ、続け!」
少人数の偵察。逃がしてはいけないと、燕子花は号令を掛けて、真っ先に駆け出して行く。攻撃チームの面々も慌ててその後に続いた。
次の曲がり角に差し掛かったところで、偵察であろう者達の後ろ姿が見えた。人数は三人。野外用制服が二人に、実戦用制服が一人だ。
それを見て、燕子花は怪訝そうな顔をする。
演習で使われる野外用と実戦用の制服、後者を着用する者の方が武芸に自信のある事が多い。
それがあの組み合わせで偵察しているという事は――
「ここはあたしが!」
――と考えている内に実戦用制服の一人が、振り返りながら刀を抜いた。
「やっぱりか!」
武芸に秀でた一人が殿をして、偵察を拠点に戻す。燕子花にしてみれば案の定の展開である。
「よりによって姫さんかっ!」
そう、殿に残ったのは明日香だ。野外用制服の二人、ロマティとビアンカは言われるまま振り返らずに走り去っていく。
同じ風騎委員である燕子花は、彼女の強さを良く知っていた。武芸の腕だけならばジェイにも匹敵すると。間違いなく白兎組トップクラスの戦力だ。
偵察の護衛としては豪華過ぎるが、明日香の性格を考えると、偵察の護衛を買って出る可能性は有ると判断できた。
どちらにせよ、彼女に付き合う事は無い。
「足の早いヤツ、ついて来い! 残りは姫さんの足止めだ!」
「おうっ!」
燕子花が号令を発するやいなや、彼の隣を走っていた男子が明日香に斬り掛かった。
そのまま鍔迫り合いになり、その隙に燕子花が駆け抜ける。
「あっ!」
明日香は鍔迫り合いの相手を押し返すが、更に二人が立て続けに斬り掛かってくる。
「こっちは三人でいい! 残りは燕子花を追え!」
押し返されて尻もちをついた男子が叫んだ。そして立ち上がり、自らも再び明日香に攻撃を仕掛ける。なまじ足止めに人数を残しても意味が無いと判断したのだろう。
結果として足の遅い一人が明日香に回り込まれたが、残りは離脱に成功。
「皆、時間を稼ぐぞ!」
「すぐに負けたら、皆が後ろから攻撃されるからな!」
「何秒もつかな……」
「頭と胴体を守れ! 向こうも訓練用なんだから死にはしない! 多分!」
最後は微妙に不安気である。
それはともかく、ここで時間を稼げなければ、明日香は燕子花達を追撃するだろう。
四人は悲壮な決意を胸に剣を構え、明日香を取り囲むのだった。
彼女がわざと燕子花達を見逃がした事には気付かずに……。




