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第22話 魔神 が 目覚める夜

「つまらぬ連中であったが……最後の最後で楽しませてくれたわ……」

 その言葉と同時に壺の蓋が吹き飛びジェイ目掛けて飛んできたが、剣を一閃させて弾き飛ばす。金属製の蓋が壁にぶつかり、けたたましい音を立てた。

 壺から闇が吹き出し、天井で今にも嵐が起きそうな黒い雲を生み出す。

「これは……魔素か!?」

 魔素は空気中に存在するが、通常ならば目に見えないものだ。

 それがハッキリと肉眼で視認できる。どれほどの濃度なのか見当もつかない。

 雲は天井の中央付近に集まっていき、やがてひとつの何かを形作る。

「ひ、ひいぃぃぃっ!?」

 それが何であるか理解できる姿になった時、廊下に留まっていた風騎委員が悲鳴を上げて逃げ出した。

 乱れた長い髪を持つ、上半身しか無い骸骨。脊椎が尾のように垂れ下がっているが、魔素の雲が骸骨に巻き付き、漆黒のローブを形作ってその身体を覆い隠した。

 そのドクロには例の短剣の柄頭と同じく左右一対の角が生えており、また額にも『第三の眼』が開いていた。

 妖しげな光を放つ宝石のような眼に、ジェイは確信する。魔神であると。

 角ドクロがカタカタと歯を鳴らしながら、ジェイを見下ろす。虚ろな第一、第二の眼窩に眼球は無く、代わりに魔素の光が灯っていた。

「それに……面白いモノを見れたしな……」

 ジェイは察した。先程の『潜』による移動を、壺の中から察知されていたと。

 魔神を睨み付けながら、剣を収める。

「ホホホ……剣呑、剣呑……」

 対する魔神は余裕を崩さない。むしろ嬉しそうな声だ。

 魔神もまた気付いたのだ。魔神を前にして、敵意を放ちながら剣を収める意味を。

「今の魔法使い達は腑抜けばかりと思っておったが……骨のある者もおるではないか!」

 そう、ジェイは魔法で挑もうとしているのだ。魔法を極めた魔神に対して。

「好いぞ、好いぞ……!」

 魔神は嬉しそうに天井辺りを飛び回り、旋回している。

 そこから透けて見えるのは「余裕」。自分が負ける訳がないという確信だ。

 一方ジェイは怒り続ける事も怯える事もなく、怪訝そうな顔で魔神を見ていた。

 それに興味を抱いたのか、魔神はフラフラした動きを止めて、ジェイを見据える。

「おや……何か疑問かね……? 今日の私は気分が良い……直言を許そう……」

 魔神がこのような態度を取るのは、ジェイが魔法使いだからに他ならない。

 「魔法使いに非ずんば人に非ず」という事は、逆にいえば魔法使いであれば人扱いするという事なのだ。魔神である自分が絶対的に上という前提ではあるが。

「何故だ!? 何故魔神が、魔法使いでもない三人に壺を守らせた!?」

 ジェイは、あえてこれに乗った。「魔神」の部分を殊更に強調して声を張り上げる。

 先程逃げた風騎委員は「宙に浮かぶ骸骨」に驚いて逃げたのであって、魔神だと気付いた訳ではないだろう。つまり魔神の存在は、まだ外には気付かれていない可能性が高い。

 魔神が暴れ出したら、被害はこの店だけには留まらないだろう。

 ジェイもいざとなれば影世界に魔神を引きずり込むつもりだったが、それも確実とは言えない。ただでさえ魔神は自由に飛び回っているのだから。

 つまり外にいる彼等には、周辺住民を避難させてもらわなくてはならない。

 だからこそ声を張り上げたのだ。魔神がいると外に知らせるために。


 そしてその声は、しっかりと皆に届いていた。

「ジェイ!」

「今、助けに行くっスよ!!」

 明日香と小熊がすぐさま助けに行こうとするが、それは流石に止められる。明日香は彼女の家臣達に、小熊は彼と行動を共にしていた風騎委員達に。

 魔神の存在についてはほとんどの者が半信半疑の様子だが、実際に魔神の姿を見た風騎委員がおり、周防委員長がそれを信じた。

「周辺住民を避難させるべきだと具申いたします!」

 正直なところ、指揮官である年配騎士もまた半信半疑であった。信じられないのだ、魔神が今の時代に存在している事を。

「まずは全員退避させろ! 捕らえた者達もだ!」

 だが、現実に何かが起きている。そう判断した彼は、まずは学生である風騎委員達の退避を優先させた。

「もう一人は世話が焼けるな……!」

 そしてもう一人の学生であるジェイを助けるべく、自らは倉庫へと向かうのだった。


 年配騎士が倉庫に近付くと、中から声が聞こえてきた。彼は中から見えないようにしてその声を聞き取ろうとする。

「ひとつ……貴様の勘違いを正しておこう……守らせていた訳ではない……そもそも守らせる必要も無いのだからな……」

「……必要が無い?」

 ジェイは先程の声で魔神の存在が外に伝わっていると信じ、時間を稼ぐためにその会話に乗っている。

 隙あらば影世界に引きずり込もうとも考えていたが、宙に浮かぶ魔神相手には難しい。

 守らせる必要が無い。壺が物理的に破壊できないという訳では無いだろう。

 魔神の魔法ならば、攻撃そのものを防げるかもしれないが……。

「そうか、ずっと壺の中にいたから……!」

「その通りよ……いつでも復活はできたのだがな……」

 その言葉でジェイは理解した。この魔神は、一度倒されているのだ。

「ククク……あれはさしもの私も、実に驚いたわ。目覚めてみれば、壺の周りで間抜け面が雁首を揃えておったのだからな……!」

 おそらく壺の中で復活の時を待っている間に、壺があの三人の手に渡ったのだろう。

「あやつらは実に不遜な事に褒美を求めてきおった……この私に対してだ! 復活まで壺を守ってやったとな! 出来損ない風情が!!」

 魔神は骨の手を握りしめ、怒りに震わせる。

 三人は華族だった。だが、魔法使いではなかった。魔神から見れば「魔法使いの出来損ない」であった。

 そんな彼等から上から目線で要求されたのだ。魔法国時代の価値観を持つ魔神が、どう感じるかは推して知るべしである。

「だが、お前はその要求を飲んだのだろう?」

 三人はあの時、短剣を使おうとした。それはすなわち彼等が魔法使いではなかった事を意味する。魔法使いであれば、短剣を使う必要も無い。

 問題は、魔法使いでもない者達が、あの短剣を用意できるかという事だ。

 あれを作るには魔法の知識が必要だろう。今の時代、魔法使いでもないのにそれを学ぶ事は難しい。大体『純血派』が原因である。

 それに何より柄頭のデザイン。知識の出所はこの魔神と見て間違いないだろう。

 つまりこの魔神は、いつでも復活できる状態であったが、何故か三人の要求を呑んで彼等に協力していた。その間は壺の中に潜み続けていたという事だ。

 壺を守らせる必要が無いというのは、自分の力で守れるからだろう。

「ククククク……あやつらの望みが、あまりにも滑稽だったのでな……まぁ、余興よ」

「望み? 魔法使い気分になれる程度のまがい物でどんな望みを……」

「……ほう、貴様の目にはそう映ったか?」

 ジェイの言葉に魔神はピタリと動きを止めた。

「ウム、実に無知! この私が、褒美として与えたものだぞ? そんなつまらぬ物であるはずがなかろうて!」

「しかし、現にあの短剣を使った者は……」

「私の想像以上に、魔法使い共が堕落していたのだッ!!」

 その怒号と共に雷光が迸った。床が、壁が、天井が雷光によって焼き抉られていく。

 廊下で話を聞いていた年配騎士は、耳をそばだてていたおかげで早く気付く事ができ、辛うじて壁が砕け散る前に避ける事ができた。

 同時に彼は理解する。魔神かどうかはともかく、とてつもないものがいると。

「だ、大丈夫か!?」

 攻撃が止むと年配騎士は起き上がり、慌てて倉庫に駆け込む。するとそこは天井も壁も崩されて変わり果てた姿と化していた。

 屋根まで吹き飛び夜空が見えており、もはや倉庫としての役目も果たせないだろう。

 そんな瓦礫の中には、宙に浮かぶ魔神。そしてジェイが相対して立っていた。

 あれだけの雷の暴風が吹き荒れたというのに、何事も無かったかのように。

 といってもジェイは、咄嗟に影世界に『潜』って事無きを得ただけだが。

「こっちの事はいいですから、早く周辺の住民を避難させてください!」

 年配騎士に気付いたジェイは、視線は魔神に固定したまま声を上げた。

 それはすなわち、ジェイが囮になっている間に避難を進めろという事だ。

「し、しかし……!」

「魔神が本気で暴れ出す前に避難させてください! 早く!!」

 年配騎士は学生のジェイに囮をさせる事に難色を示したが、ジェイは反論を許さずに畳み掛ける。今は問答している時間も惜しいのだ。

 現実問題として、年配騎士では魔神の攻撃には耐えられない。そしてジェイは、一度その攻撃を無傷で凌いでいる。

「クッ……! ここは任せたぞ!」

 ここはジェイに任せるしかない。年配騎士は苦渋の決断を下し、踵を返して皆の下に走る。周辺住民を避難させるために。


「ククク……こそこそしおって……珍しい魔法ではないか……」

 一方魔神は、先程とは打って変わって上機嫌だった。走り去った年配騎士の事など気にも留めていない様子だ。

 おそらくジェイの魔法を見て格下認定したのだろう。ジェイはそう察したが、時間を稼ぐために、それには触れずに話を聞く態勢に入る。

「あの短剣はな……本当に魔法使いになれるのだよ……お前のような者が使えば、な」

「……どういう事だ?」

「無論、今使っても意味が無い……魔法が使えるようになる前でないとな……」

「……元々素質がある者が、魔法に目覚める切っ掛けになる、という事か……?」

 ジェイがそう呟くと、魔神はずいっと顔を近付けてきた。

「そうだ……早く目覚めさせる……たったそれだけのものだ……」

 虚ろな眼窩の奥に潜む光が、ジェイを見つめる。

「だが! あやつらはそれを望んだ! 魔法の力を求めてな!」

 魔神は大きく両手を広げて声を張り上げた。

「ククク……騙してなどおらんぞ? 私はハッキリと言ってやった『素質があれば、魔法に目覚める』とな……するとあやつらは、どうしたと思う?」

「それは、使わなかった……?」

 魔法使いへの覚醒も、暴走もしていなかったのだから、そういう事となる。

 おそらく彼等は怖かったのだろう。求めてやまなかった魔法使いへの道。その素質の有無が、ハッキリした形で分かってしまう事が。

 そこまでは分かる。だが、どうしてそこから短剣を売る事になるのかが分からない。

 ジェイが戸惑いの顔を見せていると、いきなり魔神が笑い始めた。

「クハハハハ! ここからが傑作だぞ! あやつらはな! 短剣を増やして、売る事を考えたのだ! 分かるか!? 貴様には、何故だか分かるか!?」

 そう言われても、ジェイには見当がつかない。

 その困惑を感じ取ったのか、魔神の笑い声が更に大きくなった。

「あやつらはな、諦めたのだ! 魔法使いになる事を! そして、こう考えたのだ! なれぬならば、この苦しみを他の者達にも味わわせてやろうと!!」

 魔神は急浮上し、飛び回りながら大笑いを響かせた。

「実に愚か!! 実に滑稽!! 実に楽しませてもらったぞ!!」

「余興っていうのは、そういう事か……!」

 魔神が彼等の要求を呑んだ理由は、正にその一点にあった。

 今ならジェイにも理解できる。「(素質があれば)魔法使いになれる短剣」、一体どのような者達がそれを求めるのか。

 ボーは実家に戻って兄の下につく事をよしとせず、自ら家を興すために騎士団入りを目指し、そのための力を魔法に求めた。

 アルバートは風騎委員として功績を残せず、騎士団入りも危ぶまれていた。その危うい現状を逆転するための力を魔法に求めた。

 曽野は、魔法使いでなかったため手に入れられなかったものを想い、燻っていた。学生のための『PSニュース』に携わっていたのも、忘れられなかった理由のひとつだろう。

 自らは魔法使いになる事を諦めた三人が、短剣をポーラ島に持ち込んだのは、彼等のような者達を狙うためだったと考えられる。

 あるいは妬んだのかもしれない。魔法使いを夢見る者達に、かつての自分達を重ねて。

「どちらにせよ、魔法使いが一人でも増えれば、お前としても損は無いと……」

「そちらは期待外れであったがな……実に情けない! 魔法使いは、ここまで堕ちたというか! ……まぁ、これはこれで楽しめたがな」

 そう言って魔神は天を仰いだ。短剣を使い失敗した者達の顛末もまた、魔神にとっては余興という事だ。

「……だが、ここで貴様と会えたのは実に僥倖よ……役にも立たぬ出来損ない共であったが、最後の最後に貴様を呼び寄せた……大儀であったぞ」

 雰囲気の変化を感じ、ジェイは身構える。

 しかし魔神は、何ができると言わんばかりに再びずずいっと顔を近付けてきた。

「貴様の魔法……実に未熟であるが、他の出来損ない共よりはマシだ……」

 ジェイを見つめる眼窩の奥の光が強まり、第三の眼は妖しげな光を放っている。

 続けて魔神の口から紡がれた言葉、それはジェイの予想通りのものだった。

「喜ぶがいい、魔法使いよ……この魔神エルズ・デゥの軍門に下る事を許す……」

 今回のタイトルの元ネタは『コードギアス 反逆のルルーシュR2』のサブタイトル「魔神 が 目覚める日」です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔法使い、という人種が別にあるような意味なのか、 職業や担い手としての魔法使いなのか。 魔神と人間の認識の間で少しズレがあるというか、 少々唐突さを感じる台詞が気になる。 [一言] て…
2021/03/03 21:28 退会済み
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