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第221話 青き燕

「僕は向こうを見てくる」

 二階に上がると、まずラフィアスが一人で離れて行った。

「それじゃ俺はこっちを」

「私はそっちで」

 それを皮切りに他の面々も動き始める。

 ラフィアスは、自分から楽な役割を取ってジェイ達から離れようとしたのだろうが、ジェイのやり方に慣れてきていたクラスメイトが、ならば自分もと考えたようだ。

「昴君はどこに?」

 何かあった時、どこに報告すればいいかの確認である。

「ここだな」

 階段を上がってすぐの部屋だ。下の玄関ロビーで戦いになった時、戦況が分かる場所だ。そして窓が無く、外の様子が窺えない場所でもある。

 ジェイは魔法『影刃八法』の性質上、自ら偵察に出る事が多かった。幕府の隠密部隊と暗闘を繰り広げていた時等だ。

 しかし、普通は指揮官が自ら偵察に出たりはしない。

 情報を集めさせ、分析し、判断する。それこそがいずれ領主として軍を率いる事になる彼が学ばねばならぬ事であった。



「今日は勝つぞーーーっ!!」

「おーっ!!」

 一方対戦相手となる青燕組は、やる気に満ち溢れていた。

「確かにアルマ卿は強い!」

 中心になって声を張り上げるのは燕子花(かきつばた)という男子生徒。風騎委員でもある。

 武闘派新入生お披露目の場である『尚武会』全勝という成績を残している青燕組きっての武闘派。

 その成績のおかげで、今では魔法使いのアメリアよりもクラス内での発言力を持つようになっていた。

 少々生真面目な面もあるが、その熱さでクラスメイトを引っ張るあつくるし……もとい、熱血少年だ。今も彼の熱弁に合わせ、青燕組の面々を盛り上げている。

 ちなみに「アルマ卿」という呼び方は、学生同士ではあまり聞かないものだ。

 しかし、ジェイは華族家の子女ではなく当主。親しく名前で呼び合うような仲でなければ、それが正しい呼び方だったりする。

 もっとも、学生の内からそこまできっちりするのは堅苦しいというのも否定できないが……。


 そんな燕子花だが、風騎委員の同僚だけあってジェイの力は理解している。

 指揮官としては龍門将軍を撃退し、個人武勇では魔神討伐。比べる気にもならない。

「しかぁっし! アルマ卿はクラス対抗演習には、口も手もあまり出さない事が分かっている!」

 真面目にやれと思わなくない燕子花だが、そうしなければジェイが蹂躙するだけになって演習として成立しない事も理解できる。

 同時に燕子花は、そこに勝機を見出していた。

「この演習、勝てるぞッ!!」

「うおおおおおッ!!」

 大盛り上がりのクラスメイト達。しかし、それは青燕組の半分程度だ。


 残りの半分はというと、燕子花達程盛り上がってはいない。

 クラスで唯一の魔法使いであるアメリアなどは、その輪に加わってもいなかった。

 その騒々しいクラスメイトを少し離れたところから眺めながら、彼女はポツリと呟いた。

「絶対、そんな甘い相手じゃないって……」

 こんな反応だが、怖気づいている訳ではない。

 尚武会ではジェイと同じブロックで全敗に終わった彼女。しかし、同じブロックでジェイを見てきた彼女は、彼に対し「色々と教えてくれた人」という印象を抱いていた。

 戦場での魔法使いの立ち回り等、彼に教えてもらった事も多い。

「他の人達も鍛えられてるよ、絶対……」

 だからこそこう考えるのだ。そんなジェイがクラスメイトに対して何も教えてない訳ないだろうと。

「それに、昴君が手を出さなくても……あいつがいる!」

 そして何より、アメリアはラフィアスの方を恐れていた。

 ジェイとラフィアス、どちらが強いのか。彼女はまだそれが分かるレベルではない。二人ともかなり手加減してくれていた程度は理解できているが。

 だが、どちらが怖いかと言われれば、迷う事なくラフィアスだと答えるだろう。

 あの見下すような冷たい視線を思い出し、アメリアは小さく肩を震わせるのだった。


 アメリア以外の盛り上がっていない面々は、更に二つに分かれる。

 まずは武芸が不得手で、そもそも演習授業に乗り気でない者達。

「今日の授業、要チェックよ!」

「確か白兎組にも、尚武会にいた女子がいたはず……!」

 そして少数ではあるが、婚約でクラス替えを目指す者達が存在していた。

 ただの婚活ではなく、ジェイのいる白兎組に移籍できれば……と考えている者達だ。

 今年は白兎組が有利過ぎるので、そう考える者が出てしまうのも無理ない話ではある。


「ったく、あいつらは……!」

 そんな婚活組を見ていた燕子花は、握り拳に力を込めてぷるぷると震わせた。

 婚約によるクラス移籍。それ自体は仕方がない事である。婚約者同士がクラス対抗演習でぶつかってケンカ別れとかになってしまったら、学園側も責任を取れない。

 そして移籍された側のクラスに補充の人員が入ってくる訳ではない。青燕組側に移籍してもらえば逆に増える事になるのだが、白兎組との選択ならば向こうを選ぶのが大半だろう。

 人数が減れば、他のクラスとの演習でも不利となる。実は結構な死活問題である。

 そういう理由もあって、燕子花は今回クラス対抗演習に並々ならぬ熱意を抱いていた。

 彼は、婚活で白兎組への移籍など考えない。青燕組で勝ちたい。

 彼の家名には「燕」の字が入っているため、愛着があるというのもある。

「英雄だろうと同じ一年! 負ける訳にはいかん!!」

 しかし、それ以上に同じ一年生の風騎委員として、自らジェイの風下に立つような真似はしたくないという彼のプライドの問題であった。

 だからこそ、全力で戦う。


「今回の演習、時間との勝負だ!」

 残念ながら勝つ気があるのは半数。それを攻撃と守備両方に分散しては勝ち目が無い。

「攻撃は俺が指揮を執る! 高城、守備は任せたぞ!」

「うぇっ!?」

 だからこそ勝つ気が無い半数を守備に回し、自分達は攻撃に全振りする。

「心配ない! 守備の出番が来る前に演習を終わらせてやる!」

「いや、それができたら理想だけど……」

「行くぞぉッ!!」

 アメリアの言葉を遮るように声を張り上げ、先頭に立って駆け出す燕子花。攻撃チームとなった半数がそれに続く。

 速攻で勝負を決めるしかない。そして早くこの場を離れれば、敵と遭遇しても拠点の場所は分からない。現状取れる手段としては、間違っていないだろう。

 ただ熱いだけでなく、こういう判断ができるのが燕子花という男だ。

 唐突に守備チームを任されたアメリアは、勢いよく走り去って行く彼等を見送るしかなかった。


「……よし、息を潜めて隠れていよう」

 こういう作戦ならば、守備側はできるだけ見つからずに時間を稼いだ方が良い。

 アメリアの言葉に、残されたチームの面々は黙って頷く。

 こちらはこちらで悪くない判断であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普段呼ばないファミリーネームとかミドルネームが入ると「誰……」となる私は貴族社会には入れないなぁと思ったり。
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