第220話 華族的学生の本分
それから更に数日、ヤマツ達がソックの前に姿を現す事は無かった。
やはりジェイと諍いになりかけた事もあって、根回しの方を優先しているのだろう。
その一方で、学園の方でも変化があった。
と言っても佐久野家の件とは直接関係は無い。演習授業が追加され、登校日が増えていた。
これは先日の内都叛乱騒動の影響だろう。予定を早めて最低限の自衛手段を身に付けさせる必要があると判断されたのだ。
「なんで授業増えてんだよーっ」
色部達一部の生徒は不満そうであったが、だからと言ってサボる事などできないのである。
それらの演習は、学園外にある廃墟となった町並みが立ち並ぶ演習場で行われる。
もっとも演習中に事故等が起きないようしっかり補修されているため、外観は廃墟とは程遠いのだが。
ここは言うまでもなく市街戦を想定した演習場。どうして予定を早められたのかが、実に分かりやすかった。
ぐるりと演習場を見回すジェイ。
「……ハンデ付き過ぎなんだよなぁ」
そしてポツリと呟いた。
幕府の隠密部隊と幾度となく暗闘を繰り広げてきたジェイ。このようなフィールドでの戦いは、むしろ彼の得意分野であった。
今回の演習は二クラスで行う対抗戦だ。
「……げっ!」
対戦相手は青燕組。尚武会でジェイやラフィアスと一緒だった魔法使いの少女・アメリア=高城=フォーサイスがいるクラスである。先程白兎組を見て「げっ」と声を上げたのも彼女だ。
今回の演習は、どこかの建物にそれぞれ拠点を設置。相手の拠点に置かれた旗を奪取した方が勝ちというルールとなっている。
ちなみに家臣達は参加できない。授業時は演習場の警備に回る事になっていた。
そして聴講生のエラも不参加である。
演習前に打ち合わせをするのだが、白兎組の面々はジェイに視線を向けて言葉を待つ。
「……今回も後方で指揮に専念するぞ」
「またかよ」
実のところ個人の武芸を競う演習でもない限り、ジェイは指揮官の立場で演習に臨む事が多い。そしてクラスメイトも、それを受け容れていた。
「それじゃチーム分けを……」
「参謀でいい」
「……じゃあ、それで」
真っ先に自分のポジションを決めたのはラフィアス。最近の様子から察するに、参謀と言ってもジェイの隣でサボる腹積もりだと思われる。
最近特にやる気を見せないと言うか、どこか上の空であった。
「はいはいはーい! じゃあ俺! 俺! せっかく装備を新調したんだし!」
逆にやる気を見せているのが色部。
先日シルバーバーク商会支店で購入した防具。大急ぎでサイズ調整を済ませてくれたようで、今日は新しい防具を装備した者がクラスの半数ほどを占めていた。彼もその一人だ。
もっともその上に実戦用制服のコートを着ているため、外見からは分からないだろうが。
彼等を新装備に慣れさせる。それもジェイが後方に回る理由のひとつであった。
「じゃあ、色部にもチームをひとつ率いてもらう」
「よっしゃ!」
一部のクラスメイトが不安気な顔になる。
ジェイはそうなる気持ちも理解するが、これは演習なのでやる気がある者に失敗含めて経験させた方が良いと考えていた。なので撤回はしない。
更に攻撃に二チームを選び、残りを守備チームとする。今回はラフィアスが控えているので、明日香も攻撃に回して攻撃偏重になっていた。
「あとは……ロマティ、偵察を頼む」
「了解ですー!」
この演習の鍵を握るのは偵察だ。なにせ演習場のどこが拠点になるか分からない。いかにして早く相手の拠点を見つけるかが鍵となる。
その点白兎組は、ロマティがいるのが強みであった。
「ビアンカ、一緒に行ってくれ」
「私? おっけ~♪」
元気に槍を振り回しながら答えるビアンカ。
明るく元気なポニーテール少女は、少々騒がしい面もあるが素早さでロマティに付いて行ける数少ない一人であった。
演習前の打ち合わせが終わり、一同は演習場に入る。
二クラス別々の入り口へ案内され、そこから更に歩いたため、どの辺りに青燕組の拠点があるかは分からない。
今回白兎組の拠点に選ばれたのは、かつては屋敷だったであろう建物だった。華族の物としては少し小さめだ。
ロマティとビアンカを偵察に送り出したジェイは、色部達に周囲を確認させる。
と言ってもこの辺りは原形を留めている建造物が少ない。壁一面が残っているだけみたいな物が多い。それらは防衛にも使えるが、敵の接近を見つけにくい地形とも言える。
「昴君、わたくし達はどうすれば?」
埃っぽいのか、エイダが扇子で口元を隠しながら尋ねてきた。
こういう演習の場合、守備には武芸が不得手な生徒が集まっている事が多い。
しかしそれは攻撃に参加できないためであり、守備と言ってもただ拠点にいるだけになりがちという傾向があった。そういう意味では、クラス内でも温度差が出やすい授業と言える。
「そうだな……」
実戦を想定するならば、非戦闘員を奥に引っ込ませて「妻子を背に守りながらの戦い」と言ったところだろうか。
「……まず二階の窓に見張りを置こう」
周囲に目隠しになる壁が多いので、せめて高所から監視するのだ。
「旗は玄関ロビーに置いて、見張り以外はそこに集める」
「玄関ロビーですの? 奥ではなく?」
「一番広いからな」
一番集団で戦いやすいとも言える。
学園としては、非戦闘員にも演習で経験を積んで欲しいだろう。ジェイも同じように考えているため、このような作戦を取ったのだ。
そして守備チームの内、ジェイがモニカら目端が利く者を十人ほど選んで屋敷の各所に配置。ラフィアスもこちらに回した。流石に見張りまではサボらないだろうと考えたのだ。
残りは玄関ロビーで待機させる。オードを始めとする武芸ができる者達も玄関ロビーだ。
エイダのような本来非戦闘員の面々もここに集められている。
「じゃあ、俺も上で見張ってるから」
「えぇっ!?」
それでもジェイがいればなんとかなると考えていた面々が、思わず声を上げた。
「ここにいてくれませんの!?」
「いや、こういう戦いだと、裏から何かされると困るぞ」
「……されますの?」
「火を付けられたりとか……いや、演習ではやらないだろうけど」
内都騒乱においても行われた事である。
内都華族であるエイダは、自身は目撃していないものの住宅街で火災が起きたという話は聞いており、思わず肩を震わせた。
「裏から潜り込むぐらいはやるだろうから、それは俺が防ぐよ」
「そ、そういう事でしたら……」
ジェイにも見張りをしてもらった方が良い。エイダ達は二階に向かう彼の背を見送る。
そしてジェイの後に続くモニカ達。
「はぁ……何事もなく終わりますように……」
その見張りにつく者の中に後継者問題渦中の人物、ソックの姿もあった……。




