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第217話 武士の嘘は武略、僧侶の嘘は方便

「そ、それは……」

 話を聞いたジェイは頭を抱えた。

 今度はエラの方はピンと来ておらず、明日香の方が「あ~……」と納得した様子だ。

「えっ、そういう反応になるとこあった? 華族は長子相続が基本よね?」

 戸惑いながら問い掛けるエラ。基本的には彼女の言う通りである。

 それはお家騒動を防ぐための慣習であり、平穏な時代なのだから余計な波風立てずにやれという意図が込められている。

「ソック、弟の方を後継者にって言うのは前々から言われてたのか?」

「え……ええ、お婆様だけですけど」

 後継者は当主が指名するものだが、余程の事情がない限り長子以外を指名する事は無い。

 愛人の子を後継者にという例も無い訳ではないが、そんな判断をした家がその後社交の場においてどういう扱いを受けるかはお察しである。

 それ故に佐久野家の後継者問題も、当主ではないヤマツ一人が騒いでいるだけで大して問題視はされていなかったのだ。


 だが、今は違う。

 かつての戦乱の時代であれば、強き者こそ当主に相応しいという考えがまかり通っていた。時には流血も伴って。

 そして今は、先日の叛乱騒動で不穏な空気が漂っている。場合によっては再び戦乱の時代になりかねないと。

 それ故に魔法騎士の弟を後継者にすべきというヤマツの主張も、今ならば一理あるとなってしまいかねなかった。

「……不穏な空気を感じ取って、ここぞとばかりに動き出したか?」

「機を見るに敏! ってヤツですねっ!」

 そんなタイミングだからこそ、ヤマツは後継者争いを起こそうとしているのかも知れない。ジェイと明日香は、そう考えていた。

「……ズルくない?」

「これは武略だよ、エラ」

「そうです! 武略です!」

 武士の嘘は武略、騎士も同様である。


「でも、やっぱりいけないわ……」

 対してエラは「政略」として考えた。

「今の不穏な空気を助長するようなものじゃないかしら?」

 王家は内乱にならないよう努めているというのに、ここぞとばかりにお家騒動を起こすのはいかがなものか。

 それに佐久野家で騒動が起きれば、それを皮切りに他の家でも起こりかねない。結果として佐久野家が不穏な空気を生み出す事になるという事だ。

 空気が読めていない。いや、悪い意味で読んだからこそのタイミングと言える。


 何にせよ、ヤマツは考え無しで動いている訳ではない。彼女なりに佐久野家の事を考えているであろう事は分かった。

「はい、そうですかと流せない案件ではあるがな」

「な、何か問題になるでしょうか……?」

 不安気なソック。風騎委員にどう報告されるかによっては、後継者問題どころではなくなってしまう。

「この場合は、ご隠居の持ってる情報次第だ」

「情報?」

「ここぞというタイミングで動いた。明日香の言う通り、機を見るに敏だ」

「ですよねっ!」

「だが、エラが言うように王家の方針に反しているのも確かだ」

「そうね。周りの家も良い顔しないんじゃないかしら?」

 彼女の言う通り、上手くいっても社交的に孤立するだろう。

 それを防ぐ方法は……ある。

「本当に内乱になれば、お家騒動も先見の明になるんだよなぁ……」

 ジェイの言葉に、エラが驚きに目を丸くして彼を見た。

 そしてソックは、ビクリと肩を震わせる。

「そ、それは……」

 彼は武芸は不得手だが、座学はできる方だ。それ故にジェイの言葉の意味を理解してしまった。

 「ご隠居の持っている情報次第」、ならばその情報とは何なのか。

 それは王家は内乱を回避できない理由、あるいはその原因となる何かだ。

 もっと具体的に言うと、ヤマツが魔王軍残党の情報を持っている。あるいは通じている可能性をジェイは考えているのだろう。

「さ、流石に無い……と思います、けど……」

 そこまで察する事ができたソックは慌てて否定しようとする。

 しかし彼も有り得ると考えてしまったのか、その声は段々と小さくなっていった。


「結論から言うと……風騎委員には報告するが、今すぐどうこうという話にはならないだろう」

「そうですか……」

 複雑な表情のソック。彼には理解できていた。それが無罪放免で終わるのではなく、これから監視対象となるのだと。

 内乱を阻止したい王家としては、目を離す事ができないのは当然だ。お婆様はなんて事をしてくれたのだと内心頭を抱えている。

「その上で聞くんだが」

「えっ?」

「ソックはどうしたいんだ?」

「どう……とは?」

 眼鏡のズレを直しながら聞き返す。

 ソックにしてみれば、自分の預かり知らぬところで祖母がやらかし、王家直通ルート持ちに知られてしまったという割と絶望的な状況。しかもその原因は自分だというオマケ付き。

 この状況で頼りになるクラスメイト――セルツ指折りの実力者――から掛けられた言葉は、絶望の中に垂らされた一筋の蜘蛛の糸のように思えた。

 何にせよ、今より悪くなる事はない。ソックは大きなため息をつき、包み隠さず話す事にする。

「……正直なところ、当主の座にはあまり興味が……でも……」

「何か気がかりでも?」

「その……同じ北天の家なんですが、縁談がありまして……」

「あら♪」

「そうなんですかっ!?」

 エラと明日香が、興味を持ったようだ。

 詳しく話を聞いてみると、北天騎士団所属の家同士昔から付き合いがあり、跡取りであったソックには昔から婚約者がいたらしい。いわゆる幼馴染の関係だそうだ。

 しかし、それは家同士の縁談。後継者が弟に変われば、彼女と結婚するのも弟に変わるだろう。

「だから……家督そのものに未練は無いんですけど、その彼女の事は……!」

 そしてソックとしては、幼馴染の彼女との結婚だけは譲れなかった。

 ヤマツと対峙していた時とは打って変わって、強い意志を感じる目。

 ジェイはその視線を真正面から受け止め、エラと明日香は興味津々な様子で目を輝かせていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 結局、政治より恋バナか(棒
[一言] ここまでの受け答えからだとソックの頭の回転は悪くないっぽいし、後方支援や副官なんかで活躍出来そうなんだが……。そもそも、弟くんは当主になりたいと思っているのかね?
[一言] そもそも当主向きの性格して無さそうだよね。
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