第216話 佐久野騒動
その後、ソックと共にシルバーバーグ支店を訪れたジェイ達。
元々ここに来るつもりだったのでソックも連れてきたが、彼はクラスの中でも武芸が不得手な方なので、居心地が悪そうにキョロキョロしている。
色部達はと言うと、既に買う物を選び終えており順番に採寸をしているところだった。
「モニカ、どうなった?」
「皆、オーソドックスかな~」
要するに重装にも軽装にも偏っていない、バランスの良い装備一式である。
「色部とか地味~って言ってなかったか?」
「言ってた、言ってた。個性はコートの方で出せって言っといたよ」
欠点があるとすれば、見た目は地味という事だろう。しかし、それには理由がある。
というのも実戦用制服のロングコートがそうであるように、連合王国では防具のコートが礼服として認められている。そのためコートの下に着ける事を前提に作られている物が多いのだ。
それでも高級な物となると単体で見ても見栄えの良い物になるのだが、モニカが色部達に勧めたのは性能の割にはお値段控えめだ。
その分見た目はシンプルな物となっているので、色部も地味と言っていたのだろう。
「そう言えば、ソックはもう持ってるのか? 防具」
「えっ? ああ、一応買ってるんだ。入学する時に」
そう言ってソックはロングコートの襟を少し開いた。規定の制服の中に胸当てを装備しているのが見える。
「……佐久野家は騎士隊長だから……」
ソックは口元を引きつらせながらそう呟きつつ、視線を逸らした。
それからは何事もなく採寸も終わり、防具を買いに来ていたクラスの面々は解散となった。
商会も現在の情勢は分かっているようで、できるだけ早く調整をしてくれるとの事だ。
「人数多いから、最長で半月は掛かりそうだって」
「まぁ、それぐらいなら大丈夫だろ」
それぐらいならば内都の情勢は動かない。何かあっても宮廷が止める。最低限の備えは間に合いそうだとジェイは考えていた。
戦争をチャンスだと捉えている華族は少なからずいる。アーマガルトのように援軍に来てもらう立場だとありがたい存在ではあり、ジェイ自身、そういうタイプを大勢見てきたのだ。
今この島を包む「戦の前」のような空気。皆の不安だけでなく、そのチャンスを望む者達の影響も否定できなかった。
そして、おそらく……。
ジェイの視線は、隣を歩くソックに向けられていた。
「じゃあ、今日はボクが腕をふるうね」
家に到着すると、モニカは夕食をするために台所へ向かった。
その間にソックを居間に通し、ジェイ、明日香、エラで話を聞く。
「さて……話してもらえるか?」
「いや、それは……」
やはり身内の問題を話すのは躊躇するソック。
「明日、風騎委員にどう報告するかに関わってくるんだ」
「……ああ」
それは風騎委員の仕事の内である。つまり隠居とはいえ、佐久野家の者が商店街で騒動を起こしたと報告されるという事だ。
あの一件は事情があっての事なのだが、傍目にはどう見えていただろうか。
ジェイならばそう酷い報告はしないだろうが、誤魔化したりもしてくれないだろう。そう考えたソックは、ある程度説明しておかなければなるまいとこめかみを押さえた。
「そうですね……まず、あれがお婆様というのは本当です」
絞り出すような苦渋に満ちた声だ。
「……お婆様と仲が悪いんですか?」
「いや、仲が良い悪いじゃなくてですね……」
心配そうな明日香に、ソックは苦笑しつつ答える。
「その、佐久野家は騎士隊長なのですが、その……お婆様が……」
「お婆様が?」
「……僕は、跡取りに相応しくないと……」
そこまで喋ったところで、ソックはがっくりと項垂れた。
後継者問題。話を聞いていたエラは、よくある話だと思った。
華族家において、後継者を指名する権利は当主にのみある。これは明文化された法だ。
隠居のヤマツも後継者について口出しする権限は無いのだが、現実はそうシンプルなものではない。家族や親戚、当主以外が影響力を及ぼすのはよくある話だった。
「どうしてそんな事を?」
「それは、その……僕が弱いから……」
恥ずかしさからか、ソックは視線を逸らしながら続けた。
ジェイとエラは顔を見合わせ、そしてジェイが口を開く。
「そういえば、佐久野家は騎士隊長だって言ってたな。タルバ出身だったよな? 王国軍か?」
「……北天です」
北天騎士団。セルツの東西南北を守る騎士団のひとつ、セルツの北方を守る騎士団である。
「…………なるほど、そういう事か」
「どういう事ですか?」
ジェイは察した。明日香は、まだピンと来ていないようで首を傾げている。
この差は、北天騎士団の「役割」を知っているかどうかの差だ。
隣国ダイン幕府に備えている東天、華族子女が集まる学園島の治安を守る南天のように、北天にも課せられた役割がある。
それはタルバに落ち延びた魔法国の残党に備える事。タルバが連合王国入りした際に、タルバ王家によって設立されたと伝えられている。
そう、北天騎士団は魔法使いに対抗できる、自身も魔法使いの騎士。すなわち「魔法騎士」の精鋭集団なのだ。
ただし、それは設立当時の話。
ご存知の通り今では魔法使いはめっきり数を減らしている。土着した魔法国の残党達も、それからは逃れられなかっただろう。そのため北方騎士団は仮想敵を失ってしまったのだ。
それでも解散する事なく、主に雪が深くなる冬に山岳救助隊のような役割に従事している。それがここ数十年の北方騎士団であった。
そしてソックは、クラスの中でも武芸が不得手の方だ。
しかし座学の成績は悪くないし、本人も真面目な性格。
騎士を率いる隊長としては頼りないかも知れないが、隊をまとめる隊長としては有望なのではないだろうか。それがジェイから見た彼の評価だった。
だが、それは「山岳救助隊的役割の北方騎士団」という前提の上での評価である。
そして先日の叛乱騒動により、その前提が崩れつつあった。
『純血派』、魔法使いはまだ滅んでいない。今もセルツ王家転覆を狙っている。
そう、本来の北方騎士団の役割が求められようとしているのだ。
「ソック……もしかして、身内に魔法使いが?」
「…………弟のオーサが。やっぱりそれ……ですよね」
ソックの二歳年下の弟、オーサ=佐久野=タージャラオ。
五代ぶりに誕生した魔法使いにして、武芸にも秀でた魔法騎士。その腕は北天騎士にも認められていると言う。
魔法国残党の脅威が潰えてなかった。それが判明した今、北天騎士団は本来の役割に立ち戻らなくてはならない。佐久野家も魔法騎士であるオーサこそを後継者とすべきである。
ソックの祖母ヤマツは、そう主張しているのであった。
今回のタイトルは、日本史におけるいくつものお家騒動になぞらえています。




