第214話 放課後の学生騎士
「ロマティ、ちょっといいか?」
「なんですかー?」
ラフィアスの様子が気になったジェイは、小さく手招きをしてロマティを呼ぶ。
「あいつ何かあったのか?」
そして声をひそめて尋ねた。彼も『純血派』、もしや実家が叛乱に加担していたのではと考えたが、それをハッキリ口にするのは躊躇する。
ロマティはチラリと見て、ジェイが何を言いたいのかを察した。
「大丈夫ですよー。白兎組に、今回の叛乱に参加してた家はありませんからー」
あっけらかんと答えるロマティ。流石は新聞の発行を司る百里家。多少公私混同ではあるが、その辺りの情報はしっかり掴んでいた。つまりラフィアスの家も叛乱に加担していないという事だ。
もっとも、婚約者の家については学生でないので情報が無いようだが。
「防衛戦に参戦した人はいるみたいですけど、全員無事ですよー」
実家に顔を出すなり、用事があって内都に出向いていた者が、叛乱騒動に巻き込まれたそうだ。
「ただまあ、無傷とはいかなかったみたいですねー。本人が怪我したり、内都に住んでた家族が怪我したりー」
そのため何人かは休みを取っているとの事。こればかりは仕方がないだろう。それでも亡くなった者がいないのは不幸中の幸いと言える。
なおロマティは結構大きな声で話していたが、その間ラフィアスは一瞬ピクリと肩を動かしただけで、それ以外は無反応だった。なんだかんだで今回の件を気にしているのかも知れない。
心なしか普段より静かに感じられる授業が終わり、放課後となる。
「こーなったらもう! この金使ってナンパをッ!!」
叛乱の件でそういう雰囲気だったというのもあるが、それ以上色部がおとなしかったのも原因のひとつかも知れない。授業中、ずっとそれを考えていたと思われる。
「おい、あいつ止めるぞ」
流石にこの状況で無駄遣いはさせられないので、ジェイ達で教室を飛び出していきそうな色部を取り押さえる。
「おいぃ! リア充に俺を止める権利はねえぞ!!」
「そういう問題じゃない!」
騎士団が健在である以上、いざ内戦となってもいきなり学生が動員される可能性は低いだろう。
しかし、町が突然戦場になる可能性が有るのは先日証明されたばかりだ。
「卿、今の装備を言ってみろ!」
率先して色部を取り押さえているオードが問い掛ける。流れ的に自分とユーミアの関係発覚が、色部をナンパに走らせる引き金を引いたようなものなので余計に必死だ。
「いや、前と一緒だって! 急に変わるもんでもないだろ!?」
「だったら尚更だ! まず自分の身を守れ!」
「その前に家を守らなきゃダメでしょー!?」
そう叫び返す色部。たとえ自分に何かあっても、子供を残せていれば色部家は守れるという考え方だが……。
「お前は彼女が欲しいだけだろっ!」
他の男子が指摘する通り、彼の本音はそこであろう。
「そもそも、金目当てでナンパに引っ掛かるようなのを迎えるってのが、家を守る視点的にアウトじゃね?」
別の男子がポツリと呟く。それもまた正論である。
「そうだそうだ。装備に金掛けて、それに惹かれるヤツの方がいいだろ!」
「それもどうなんだ?」
口々に言う男子達。どれも一理ある話であった。
「そ、そうだよ! 俺は頭脳労働担当で……!」
「それは無い!」
なお色部の反論はバッサリであった。
それでも納得がいっていない彼に、ジェイが声を掛ける。
「色部……」
「なんだよ?」
「お前の家、お抱えの商家とかあるか?」
「いや、無いけどよ……」
領主なら地元の商家、宮中伯ならば内都の有力商家とのつながりがあったりする。しかし、それ以外となると、馴染みの商家があるかどうかぐらいだ。
色部家も例にもれず、そういう商家とは縁が無かった。
「それなら、状況が状況だ……シルバーバーグで買うなら、俺の名前でツケにしてもいいぞ」
「マジで!?」
これが決め手となり、色部は装備を新調する事を承諾。
他のクラスメイトからも、ツケにできるならば自分もと言い出す者達が現れ、皆でポーラ島のシルバーバーグ商会支店に行く事となった。
「……ジェイ君、いいの?」
「命には代えられんよ」
このツケの話は、エラは少々やり過ぎではと感じた。
しかし、ジェイは違った。何度も戦場を経験し、命を落とした仲間達を見てきたのだ。金で命が守れるならば安いもの。それが彼の考えであった。
「あ、俺は行けないから」
「ああ、今日は風騎委員があるんだっけ? オッケー、ボクとエラ姉さんで連れて行くね」
モニカ一行を見送った後、ジェイと明日香は風騎委員室へと向かった。
今日は今後の巡回についての話し合いだ。南天騎士団も内都の後始末に駆り出されており、ポーラ島の方が一時的に手薄になるらしい。
「南天不在の間は、我々でカバーする。チームを増やして対処するぞ」
そう宣言する周防委員長。具体的にはジェイの臨時調査チームと同じだ。
「しかし、どうやって?」
「チームを増やすにも限度があるからな……」
意見する上級生二人。彼等の言う通り、風騎委員の数が増える訳ではないので、チームを増やすのは簡単ではない。そもそもチームを率いる騎士隊長になれる者なら、既になっているのだ。
「一チームあたりの人数を減らしてチームの数を増やすとか?」
「それ、一人あたりの仕事量が増えるだけになるんじゃないか?」
そのため、こういう意見が出るのも当然であろう。
「……心当たりはある」
そう言った周防は、ジェイ達一年生の方に視線を向ける。
「昴君は、引き続き臨時チームを率いてほしい」
「それは構いませんが……」
「あと獅堂君、君にも頼みたい」
「は? えっ、俺……自分がですか!?」
「調査チームを任せるにはまだ経験不足だろうが、巡回チームならば問題あるまい」
更に数人の名を呼ぶ周防。本来は騎士隊長になれない一年生から有望な者を臨時の騎士隊長にする事で、今回の人手不足を乗り越えようと考えたようだ。
周防としては明日香も騎士隊長にしたいのだろうが、そこは自重したようだ。彼も現状は理解しているし政治も分かる。能力はあっても動かせない立場なのだ、明日香は。
「まぁ……巡回だけなら?」
「……だな。何かあった時はまず報告を忘れるなよ?」
上級生達も不安は残るようだが「じゃあ仕事増やすね」と言われても困るので、この提案に反対しなかった。
「委員長、隊員はどうする?」
「上級生を一人入れるのはどうだろう?」
「先任としてか……だが、一年生に選ばせるなよ?」
「分かっている。人選はこちらで」
仕事に慣れた上級生を補佐に付けたいが、それは下級生の下につけと言う事である。
周防は騎士隊長以外の委員から、それでも問題無く役割を果たしてくれる者を選ぶ必要があった。
「ああ、昴君は好きに隊員を選びたまえ」
「……扱い軽くないです?」
どちらかと言うと信頼である。
そもそもジェイはアーマガルト軍を率いて幕府軍と戦い、その後も忍軍を率いて幕府の隠密部隊と戦ってきた経験があるのだ。周防の対応も、ある意味当然のものであった。




