第213話 春は山吹
臨時休校期間が終わり、久しぶりの登校となるポーラ華族学園。
休みの間に厳しい残暑も和らいできたようで、涼し気な朝の空気が心地良い。
ただ、そんな爽やかさとは裏腹に、ジェイは若干疲れた様子だった。意識して姿勢等からは分からないように振る舞っているが、目の下の隈は隠しきれていない。
「こいつら子作りしたんだあぁぁぁぁぁッ!!」
「ストレートに言うな!」
教室に入ってきたジェイの様子を見て騒ぎ出したのはスタン=色部=ベル。大正解である。
明日香はにこにこ顔で平然としており、エラも余裕の表情だが、モニカだけは恥ずかしいようでジェイの背に隠れている。
対する周囲の反応は、興味を持ったり、囃し立てたりするようなものではなかった。皆、思うところがあるようで頬を染めたり、神妙な面持ちになったりだ。
これも先日の内都叛乱騒動の余波だろう。彼等も休校期間の間に、実家から縁談を、子供を急げとせっつかれていたのである。
休み前と変わらないのは、夏休みの頃から同じような状況になっていたラフィアスぐらいだ。
「ったくよー、仕事仕事仕事で休みが終わっちまったよ」
ジェイ達が席に着くと、色部も付いて来て手近な机に腰掛けて愚痴り始める。彼なりに教室の微妙な空気を感じ取っているようで、他に愚痴れる相手がいないのだろう。
そんな彼が言うには、休校期間は稼ぎ時だったらしい。
内都の後始末のため、学生ギルドの方にも多数の依頼が来ていたとか。建物への被害も少なからず出たようで、瓦礫の片付け等に若い力が求められたようだ。
「家族は大丈夫だったのか?」
「ああ、へーきへーき」
住宅街も戦場になったが、あそこの住人はほとんどが役持ち騎士らしい。色部家は無役騎士なので、あの辺りには住んでいなかった。
「でも結構稼げたんだぜ。これを元手に……むふっ♪」
「悪い事言わないから、ちゃんと装備整えるのに使えよ?」
ロクな使い方をしない。そんな顔をしていたので、ジェイはしっかりと釘を刺しておいた。
なお、どこまで効果があるかは不明である。
「ロマティ~、どうしたんですか~?」
一方明日香は、ロマティ=百里=クローブが机に突っ伏してるのを見つけて声を掛けた。
「……忙しかったんじゃない? 百里家って新聞の家でしょ?」
モニカの言う通り、百里家はセルツ王家によって新聞発行を任されている家だ。
「家の仕事が忙しかったんですよー……」
頭の向きを変え、顔だけ明日香の方に向けたロマティは、力無く返事をした。
家業故に、大きな事件・事故があった後は忙しくなってしまうのが百里家である。休校期間中は彼女の兄・ジムと共に駆り出されて、一家総出で内都中を駆け回っていたらしい。
「しかも、そのせいで父さんと兄さんがケンカしちゃってー……」
とはいえ、普段からポニーテールを揺らしながら元気に走り回っているロマティである。疲弊の主な理由は家庭内の問題の方にあるようだ。
「ケンカ!? 何があったんですか!? 刃傷沙汰ですか!?」
「そこまでいってないですよー!?」
ロマティは思わず身体を起こしてツッコんだ。
「……まぁ、なりかけてたんですけど」
結構ギリギリだったらしい。
ロマティの兄・ジムは、華族学園の三年生で風騎委員をしている。つまり、今年卒業だ。
この百里家兄妹には、少々ややこしい事情がある。
というのも本来であれば嫡男であるジムが家を継ぐのだが、彼は騎士団入りを目指している。風騎委員に入ったのもそのためだ。
そこで百里家は、卒業までに騎士団入りが決まればロマティに、無理だったらジムに家を継がせるという方針をとっていた。
これは入学から一年間、婿取りか嫁入りか定まらないロマティが婚活できない事になるが、当の彼女がそれでも構わないと承諾していた。なんだかんだで兄の夢を応援していたのだ。
それで張り切ったジムだったが、春の事件で解決するどころか被害者に。
その後も鳴かず飛ばずだったところに今回の事件である。
ジムは町の復興を手伝って騎士団にアピールするのだと張り切っていたが、家業の手伝いに駆り出されてずっと不満顔だったそうだ。
「しかも父さん、急に騎士団入りは諦めて家を継げって言い出してー……」
「あらら、それで喧嘩に」
「それって……」
モニカは気付いた。兄妹にとっては急な話だったのかも知れないが、父親にとってはそうではなかったと。
おそらく父親は、昨今の情勢の不穏さを敏感に感じ取ったのだろう。新聞記者として。
ジムは決して弱くはない。尚武会で好成績を残した事もある。だが、飛び抜けて強い訳でもない。
学生の腕自慢程度では、かえって危険だ。そう判断した父親は、騎士団入りを諦めさせようとした。モニカの推測は、大体当たっていた。
紛れもない父の愛。しかし、ジムがそれで納得できるかは別問題。色々と難しい話であった。
「やあ! おはよう、諸君!」
始業時間の少し前に、元気よく教室に入ってきたのはこのオード=山吹=オーカー。皆の視線が一瞬彼に集まるが、すぐにいつも通りのオードだと元に戻った。
だが、厳密にはいつも通りではない。少し浮かれている。それに気付いたのは在学中に似たような姿を何度も見てきたエラと……なんと色部だった。
「こいつも子作りしたんだあぁぁぁぁぁッ!!」
「失敬な! まだそこまで話は進んでないぞ!!」
直後「えっ!?」という異口同音の驚きの声が、教室のそこかしこから発せられた。
その瞬間、色部を筆頭に一部の男子達が尋問モードに入った。女子達も興味津々な様子だ。
とはいえそのまま色部に尋問させる訳にはいかないため、代表してエラが話をする。
妹・メアリーの関係でオードとは色々あったので、エラとしても気になるところだ。
「おめでとう……は、まだ早いのかしら?」
「いや、エラさん。本当に、まだそこまで話は進んでいないのです」
「じゃあ、交際中なのね」
「まぁ……はい」
珍しく照れつつも、素直に白状するオード。
色部達が「裏切り者ー!!」と叫ぼうとするが、女子達の歓声にかき消された。彼は家等の条件は良いが性格がちょっと……という評価だったので、女子達も素直に祝福できている。
「ケッ! どーせ金目当てだよ!」
女子達に押し退けられて尻もちをついた色部が、そのままあぐらをかいて言う。
ジェイは流石にそういう反応はしないが、きっと心が広い人なのだろうなと思っていた。
「クラス替えとかは、ちゃんと話し合うのよ。自分だけで決めちゃダメよ」
そう注意するエラ。片方が何でも勝手に決めるせいで仲が拗れたという実例を知っていた。
「あ~、そういうのは必要無いと言うか……」
対するオードは、珍しくしどろもどろになっている。このクラス替えと言うのは、婚約時に婚約者のいるクラスに移籍できるという華族学園のシステムだ。
「実は……相手はこの学年ではないのです」
「……え゛っ?」
エラは、思わず変な声が出てしまった。
相手が同い年でないというのは珍しくない。しかし、エラにとっては別の意味が出てくる。
というのも一年生が「この学年ではない」という事は、相手は上級生。エラにとっては、それはすなわち「在学中の彼女を知っている可能性がある」という事だ。
婚活とは縁遠い学生時代を過ごしてきた彼女だが、武勇伝めいたものは結構あったりする。
「ど、どちらさまなのかしら? 私……達が知ってる人?」
「えっ? ええ、よく知っている人ですよ」
その言葉に一瞬ビクッとなるエラ。しかし、オードが出した名は少々予想外のものだった。
「ほら、アーロで一緒だったユーミアさんですよ」
「……PSニュースの?」
ユーミア・瓜生・グレース。二年生の放送部員だ。
「女子アナじゃねーか!!」
そして色部の言う通り、PSニュースの人気アナウンサーでもある。ジェイ達がアーロのゴーシュへ長期実習に行った際に取材に来たのが彼女で、その時にオードも会っていた。
ジェイ達は知らなかったが、アーロから帰った頃から彼女のアプローチは始まっていたらしい。
そしていつの間にか家人達もユーミアを推すようになり、それに押される形で交際が始まったそうだ。
ユーミアは身体を張った地方ロケを担当するなど、ゆるふわ系お姉さんな外見とは裏腹に肝が据わった女性だ。
家人達はオードのチャランポランな所をよく知っているので、彼女のような芯のしっかりした頼れる女性の方が良いと考えたのかも知れない。
とにかく、まだ交際段階で婚約者候補と言ったところだが、めでたい話である事は確かだ。クラスメイト達は集まり口々にオードを祝福する。
「……ん?」
その時、ジェイが気付いた。そのオードを囲む輪に加わらず、一人背を向けたまま席に着いている者がいる事に。
それはラフィアス=虎臥=アーライド。この一年白兎組のもう一人の魔法使い。そしてガチガチの『純血派』である。
いつもならば友好的とは言い難いが、こういう会話には皮肉混じりに参加していた。しかし今は、それすらしていない。
それどころか、周りを拒絶してるかのような雰囲気の背中に、ジェイは怪訝そうな表情を浮かべるのだった。




