第21話 若さま騎士捕物帳
ジェイが小熊を含む四人の騎士を連れて戻ると、学生街は静かながらどことなく緊張を孕んでいた。本物の戦場を知るジェイや南天騎士たちだから感じ取れる雰囲気だ。
時折、カーテンを閉めた窓からちらちらと人影が見えるのもそれだろう。
「やけにピリピリしてるっスね……」
「静かにしてるつもりなんだろうけどな」
「不慣れなんだろう」
獣車の後ろの座席からそんな声が聞こえてくる。
「武装して外に集まったりしていないんだから十分では?」
ジェイも同感だが、ここは同じ風騎委員としてフォローしておいた。
やる気が空回りしてかえって不自然になってしまっているが、学生街の外からは分からないはずなので大丈夫だろう。
家に戻るとエラと明日香も戻ってきていた。ジェイが小熊達四人の南天騎士を連れて来たのを見て、エラは状況を察したようだ。すぐに周防委員長に使いを走らせる。
風騎委員の面々は、皆武装して今か今かと待ち構えていたようだ。周防の報せが届くとすぐにジェイの家の前に集まった。
風騎委員とその家臣、合わせて五十人程だ。といっても全てが風騎委員ではない。その家臣も合わせての人数である。
南天騎士の一人が「多いな……こりゃ全員集まったな」と呟く。
ポーラ華族学園における一学年の生徒数は、大体八十人から百人程度だ。その内風騎委員は学年ごとに大体十人ずつ、全体で三十人程となる。
集まった面々を見渡してみた感じ、実戦用制服である浅葱色のロングコートを着ている人数もそれぐらいだ。
残りの二十人程は彼等の家臣である。もっとも大半の風騎委員は、家を継げない零細華族子女であり、家自体が荒事専門の家臣を抱える余裕が無い事も多い。
実際は家臣を一人連れている者が十人ほど、複数連れているのが数人といった所だ。
これが本職騎士となると「家臣の一人でも連れていなければ様にならない」という風になるのだが……。
もっとも今回は種々の事情により、南天騎士団からは騎士だけ来て貰っている。
家臣の代わりと言ってはなんだが、風騎委員が指揮下に入る事になる。
「時間が無いので、簡単に分けるぞ。昴君と龍門君以外の一年は表口を、二年は裏口を。そして三年は突入に加わってもらう」
時間が無いので、前もって決めていた役割分担に沿って風騎委員を分ける。比較的簡単な役割を下級生に回していく形だ。
ジェイ達が突入に加わるのは、店内の様子を知っているためだ。
なお二人は四人の家臣を連れて参加するが、ジェイは一人、明日香は三人の内訳だ。
ジェイは身軽さを重視し、明日香は守りを厳重にするためである。
こうして一通り振り分けが終わると、足早に件の書店に向かう。商店街まではすぐなので、全員で駆け足だ。
こうして南天騎士の任務を手伝うのは久しぶりらしく、風騎委員の面々はやる気に目を輝かせている。功績を上げるチャンスだと鼻息を荒くしている者も少なくない。
「やる気があり過ぎるのも危険なんだがな……」
ジェイはこれまで、そういう者達が突出して窮地に陥った姿を何度も見てきた。
だが、彼等にとっては将来の浮沈に関わる事なので、その点に関しては辺境伯家の後継者という恵まれた立場にあるジェイには止める事もできない。
心配だが、ここは南天騎士達と周防委員長の統率力に期待するしかあるまい。
突入組は、中で証拠を確保する組と、敵関係者を探し、取り押さえる組に分かれる。
ジェイは証拠確保組であり、こちらを担当する南天騎士は小熊だ。
ジェイが関わる以上、中心はジェイとなって功績的においしくないと小熊に押し付けたのかもしれないが、ジェイとしては好都合である。
魔神の壺を攻撃すれば、壺の主が遠く離れていたとしても気付かれてしまうだろう。
流石に周りに騒いでいるぐらいでは大丈夫だろうが、触れるだけで気付かれる可能性も考えられるのだ。
夜の町を駆ける武装集団は目立つが、ここからはスピード勝負だ。ロングコートの下に着込んだチェインメイルが音を立てるのも気にせずに商店街を駆け抜けていく。
野次馬達が何事かと窓から顔を出したり、店の外まで見に来たりしているが、書店の方に報せに走ろうとしない限り放置で構わないだろう。
「我々は裏口を押さえる!」
まず一人の南天騎士が二年生組を連れて別行動を取った。
残りは書店の前に到着すると、まずジェイ達以外の一年生に指示を出して店の前の道を固めて逃げられないようにする。
その間、ジェイ達と三年生組は待つ事になる。周防委員長もここで息を整えた。
なお、一部の男子が書店を見て微妙な表情になっていた事については、見なかった事にしてあげてほしい。
ここまで追い掛けてきた野次馬もいたが、流石に脇道までは入ってこない。大通りから興味津々な様子で覗き込んでいた。
そんな中、まだろくに訓練を受けていない一年生組の動きがぎこちない。
その体たらくに周防委員長は、ここで無様な姿を見せられないと二人の三年生を一年生組に加わらせて、南天騎士をサポートさせる。
そして準備が終わると突入開始だ。
「扉はどうします?」
「既に裏口は固めているから、一度は声を掛ける。返事が無ければ壊していい」
扉の前で「御用改めである!!」と大声を張り上げるのは小熊。
しかし中からの反応は無い。小熊が扉に耳を当てると、中からガタガタという音が聞こえて来た。
「ガタガタいってるっス!」
「蹴り破れ!」
突入組を指揮する年配騎士は、その言葉を聞いて即座に逃げるか証拠を隠滅しようとしていると判断。命じられた小熊は、力任せに一撃で扉で蹴破った。
「突入ッ!」
その言葉と同時に真っ先に飛び込むのはジェイ。皆を先導して店の奥に入っていく。
酒盛りの形跡があった場所には、五人の男が酔いつぶれていた。
「確保します!」
すかさず周防委員長が動き、他の三年生達と協力して取り押さえていく。
「奥から来ますっ!」
その時、更に奥の部屋から寝巻姿で武器を持った者達が雪崩れ込んできた。パンツ一丁で剣を持つ男や、ネグリジェ姿で剣を持つ女の姿もある。
それに真っ先に気付いたのは明日香。彼女は周防委員長達を飛び越え、武装した者達に踊り掛かった。三人の家臣も「姫に続けーっ!!」とその後に続く。
この場において、龍門将軍に鍛えられた明日香の剣の腕は飛び抜けていた。抜いた刀を逆の持ち方にして、峰打ちで次々に武装した者達を叩きのめしていく。
「援護するぞ! お前達は、そいつらを廊下に引きずり出せ!」
年配の南天騎士が既に捕らえた者達を邪魔にならないよう外に出させる。そして自らも剣を抜いて参戦。数の上でも逆転した。これで明日香達の方は大丈夫だろう。
それを横目にジェイは奥の倉庫に突入。薄暗い倉庫の中には、短剣だけでも持ち出そうとしている集団がいた。
数は十人、その内七人はごろつきのような者達だ。しかし、他の三人は違っていた。
年齢は二十代半ばといったところだろうか。目立たないものにしているのだろうが、それでもごろつき達とは明らかに違う出で立ちをしている事が分かる。
商人、あるいは華族。おそらく彼等がこの件の黒幕だ。ジェイはそうあたりを付けた。
華族だとすれば、魔法を使える可能性がある。
「小熊さん! 短剣を使わせないでください!」
その可能性を考えたジェイは、小熊に指示を出しつつ突入。
ごろつきの一人が剣を抜いて迎え撃とうとするが、ジェイは大きな動きでそれを避け、そのまま影に『潜』った。
目の前で人が消えたごろつきは驚き戸惑い、動きを止める。
対して慣れているジェイの家臣は、その隙を逃さずごろつきの剣を叩き落した。
「ぜ、全員御用っス!!」
小熊は剣が床に落ちる音でハッと我に返り、自らも戦闘に突入、その大きな身体でごろつきの前に立ち塞がる。
奥の三人は「斬れ! 斬れぇ!」とわめき散らし、ごろつき達は持ち出そうとしてた短剣を放り出して剣を抜く。
「い~や、そこまでだ」
しかし、その間にジェイは影世界を通り、三人と魔神の壺の間に姿を現した。
「なっ!? いつの間に!?」
「お前達の知らない間にだよ!」
これで三人は、壺に近付く事もできなくなった。
こうなると彼等に残された道は、小熊達を突破して逃げ出す事しかない。
破れかぶれになったのか、三人はそれぞれ床に落ちた短剣に手を伸ばす。
しかし、それをジェイを見逃すはずもない。すかさず蹴りを放つと、飛ばされた一人が他の二人にもぶつかり、三人はもつれるようにして倒れ込んだ。
ジェイの家臣がすかさず一人を取り押さえ、小熊ももう一人にのし掛かる。
最後の一人は起き上がって近くに短剣がないか探そうとしたが、その背中に一人の風騎委員が飛び掛かって取り押さえた。
もう一人の風騎委員が近くにある短剣を拾い集め、彼等に渡さないようにする。これで三人は詰みである。
明日香達の方も終わったようで、風騎委員達がやってきて、次々に短剣と、そのケースになっていた図鑑を証拠品として運び出して行く。
その後ある風騎委員によって、捕らえた三人組の内の二人は、この店の店長と店員である事が分かった。しかし、もう一人については初めて見る顔で分からないらしい。
その一人は、先程真っ先に斬れと指示を飛ばしていた男だった。三人の中でもリーダー格だったのかもしれない。
「となると、後の問題はこれか」
そう言ってジェイは、魔神の壺に向き直った。
これが残っている限り、事件は終わらないのだ。
「……分かっておるではないか……」
突如、不気味な声が響いた。
ジェイは咄嗟に壺から距離を取り、剣を抜いて構える。
気付いたのだ。今の声は、魔神の壺から聞こえてきた事に。
「ククク……なかなかの余興であったぞ……」
その言葉と同時に魔神の壺がガタガタと震え出す。
「全員退避ーッ!!」
即座にジェイが叫び、彼の家臣が慌てて小熊達を倉庫から出て行かせる。
その間にも壺の揺れはどんどん大きくなっていき、床を叩くような音を響かせる。
「まさか……最初から中に居たというのか……!?」
ジェイは倉庫の入り口を押さえるように立ち、切っ先を魔神の壺に向けた。
入り口を押さえる事は、相手を逃がさないための定石だが、伝説の魔神に対してどれほどの効果があるというのか。
思わず取ってしまった行動に、ジェイは自嘲的な笑みを浮かべるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、時代劇『若さま侍捕物帳』です。
他にも「御用しちゃうぞ」とかも考えましたが、今回の内容に合っているのはこっちかなと思いましたので。