第211話 表の褒賞、裏の褒賞、影の褒賞
「ようやく落ち着いてきたわね」
エラがそう呟いたのは、ジェイ達が報告書を提出してから二日後の夜だった。
自宅の居間でテーブルを囲み、皆でテレビを見ながら魔草茶を飲む。ジェイ達は久しぶりにゆったりした時間を過ごせていた。
明日香は一人だけジェイの隣でそわそわしていて、心ここにあらずといった感じだが。
ともかく褒賞の授与式も今日終わらせたので、本当にひと段落である。
王宮での褒賞授与式も大変だったが、それ以上に褒賞の内容を決めるのが一番大変だった。
それについては一番の当事者であるジェイを含めた関係者達で話し合いが行われ、アルフィルクが王宮に戻るまでに関わった者達で功績を分け合う事になっていた。
関わった者達というのは具体的にはアルフィルクを救出したジェイ、王宮に戻るまでアルフィルクを匿っていた冷泉宰相、それに王宮まで護衛した獅堂達という事になる。
そうする事で一人一人の褒賞は常識的な範疇に収めようという事だ。
魔神討伐の件を伏せる事と合わせて、ジェイの功績がかなり低く見積もられる事になるのだが、彼はそれを承諾した。だからこそ取れた手段である。
これにはやむを得ぬ事情があった。というのもアルフィルク救出の功績をジェイ一人にまとめて大きく評価すると、おのずと愛染の処罰も重くせざるを得なくなってしまうのだ。
現実的な問題として、現状愛染をアルフィルクの護衛から外す事はできない。アルフィルクもそれを望んでいなかった。
だから功績を分ける事でそれほど大きくないものとし、愛染の処罰も軽くする。ある種の誤魔化しである。
もっとも、これは表向きの話。裏では冷泉宰相、愛染春草騎士団長、武者大路極天騎士団長が、それぞれジェイに「個人的な謝礼」を送っていたりする。
魔神討伐の件を考えると、補填になっているとは言い難いが、ジェイ自身がそれに関しては問題無いと判断していた。
「でも、良かったんですか? 魔神討伐の件、無かった事にしちゃって」
「その分、恩を売ったと思っておくさ」
明日香の疑問に、ジェイは小さく笑みを浮かべた。
今回の件でジェイが恩を売ったのは、セルツ王家を始めとする内都上層部の面々だけでなく、功績を分けられた騎士達もとなる。獅堂以外は、冷泉家が急遽集めた者達だ。
その中に内通者が混じっていてはいけないため信用が第一。あの状況で役持ち騎士が自由に動けるはずもないため、おのずと集められたのは無役の自由騎士達という事になる。
「……ああ、なるほど。最後のアレ、その人達の価値を高めたんだ」
ぽつりと呟いたのはモニカ。授与式には観客として参加していた。
彼女の言うアレと言うのは、授与式で褒賞の目録を受け取った冷泉宰相が、その場で褒賞の全てを王宮に寄進すると宣言したのだ。今回の騒動の被害者を助けるために使って欲しいと。
褒賞を受け取る面々の中で一番の上位者である宰相の突然の宣言。
後ろの騎士達が騒めく中ジェイもその後に続こうとしたが、宰相に「半分にしておけ」と嗜められてしまった。
続けて獅堂が「ならば自分も」と褒賞の半分を寄進すると宣言。
ちなみに明日香はこの時から既にそわそわしていて出遅れてしまった。しかしハッと気付くと獅堂に続き、結局今回褒賞を受けた全員が半分を寄進する事になったのだ。
寄進も立派な功績である。今までは自由騎士であった面々だが、これで宮廷の覚えもめでたいものとなっただろう。
「……今回の叛乱、役持ち騎士も参加していたらしいわ」
「その後任に、丁度良い自由騎士がいるよ~って訳だね」
それこそが自由騎士達にとっては本当の報酬と言えるかも知れない。
ジェイが恩を売った相手が、新しい役持ち騎士になるという事だ。モニカは流石商人の娘と言うべきか、そういうところは目敏かった。
「へ~、皆そこまで考えてたんですかね?」
「そういう人もいたんじゃないか?」
元々譲られた功績なのだから、半分失っても惜しくはない。むしろ別の形で返ってくる可能性があると考えた先見の明があった者が。
「そういう人がいたら、お爺様に目を付けられるでしょうねぇ」
役の後任を任せるにしても、重要な役は有能な者に任せたい。そういう考えは当然あるだろう。
「そう言えば宰相褒めてましたよ、真っ先に声を上げた獅堂の事を」
あの場において冷泉宰相とジェイは、言うなれば雲上人だった。寄進も二人だけがして終わりという事にもなりかねなかった。
あの後全員が続いたのは獅堂が口火を切ってくれたおかげと言える。
「獅堂君も可哀想に……」
エラは微笑みつつも、少し困った様子だった。
「ん? 真っ先?」
ここでモニカが気付いた。冷泉宰相に続いて真っ先に声を上げたのはジェイではないかと。
じっと彼の顔を覗き込み、見つめ返されて頬を染め、そして気付いた。
「……あ、もしかして、ジェイが半額寄進申し出たのって……打ち合わせ済みだった?」
「ああ、最初に全額って言って、半分に下げるとこまでな」
そう、二人の寄進の申し出は、国庫への負担を軽減するための宰相の策。それは同時に今回褒賞を受けた自由騎士達を見極めるためでもあった。
仮に二人以外、誰も寄進を申し出なかったとしてもそれはそれ。役の後任を選ぶ際に考慮するだけだった。言うなれば、彼等への最終テストだ。
しかし結果はご存知の通り、獅堂を皮切りに全員が褒賞の半分を寄進するという予想外の結果であった。これは冷泉宰相も満足した様子だった。
「その後獅堂に、どうして自分も寄進すると言ったのかって聞いてたんだけど……」
「なんて言ってたんですか?」
「譲られた功績でもらった褒賞だから、全部寄進でも良かったって」
「うっわ~……」
モニカは引いている。それを聞いた冷泉宰相が、どんな顔をしていたか想像できてしまった。
「それは、また……お爺様、笑ってたでしょ?」
「それはもう、イイ笑顔で」
そしてその想像は間違っていなかった。
「それ悪い意味で気に入ってるよね」
「良い意味じゃないんですか?」
正反対のモニカと明日香の言葉だが、これはどちらも間違ってはいない。
「お爺様的には良い意味でしょうね」
「獅堂的にはどうだろうな……」
冷泉宰相の視点で考えてみよう。
一歩間違えれば内戦まで発展していた今回の件。
王宮の守りも万全とは言えなくなり、愛染はしばらく動かせない状態。
ジェイは頼りになるが、軽々しく動かせる立場とは言い難くなってきた。
そこに颯爽と登場したのが、人間だった頃のロン・ティールと戦って生還した獅堂だ。
そして今回の最終テストの結果である。
間違いなく獅堂は、冷泉宰相に名前を覚えられただろう。
栄達の道が開けた事は間違いない。ただ、その道は決して平坦なものではないのだ。
「これから苦労するだろうな、あいつは……」
ジェイ達としては、獅堂の進む先に幸あれと願うばかりであった。
「ややこしい話は、これで終わりですねっ!」
明日香がポンと手を打った。それはもう嬉しそうに。
今日の彼女がこうなのには、もちろん理由がある。それはアルフィルクの「架け橋となる子を頼む」発言だ。
「さぁ!」
明日香は両手を広げてハグを求めてくる。ジェイの新たな戦いが今始まろうとしていた。




