第209話 まさに○○!!
その後の宮廷での報告だが、魔神ロン・ティールの討伐についてのみ無難に報告。
アルフィルクは目を輝かせて身を乗り出さんばかりだったが、隣のバルラ太后は不機嫌さを隠しておらず、集まった宮中伯達は逆に身を縮めて嵐が過ぎ去るのを待つばかりだった。
なお怒気など意にも介していないのは、ジェイと冷泉宰相。それに興奮気味のアルフィルクと、先程の彼の言葉でご機嫌になっている明日香は嵐などどこ吹く風であった。
それでも緊張感からくる気疲れもあってか、しばらくするとアルフィルクはウトウトとし始めた。玉座から落ちそうになるのを、愛染に支えられる。
そのまま愛染が、そろそろお休みになられてはと促し、アルフィルクがコクンと頷いたため報告はここで終了。少年王は彼に付き添われて自室へと戻って行った。
バルラ太后もそれに続いて退室し、残された宮中伯達はほっと胸を撫で下ろすのだった。
謁見の間を出たジェイ達は、冷泉宰相と武者大路に呼び止められた。
二人に案内されたのは宰相の控室。従者や護衛もここに待機しており、獣車の護衛に加わっていた獅堂もここで待たされていたのだ。
「さて、卿らには伝えておかねばならぬ事がある」
宰相は執務机に着くと、鋭い目付きでジェイ達を見据えた。
武者大路や来客用の大きなソファにドカッと腰を下ろし、テーブルを挟んだ向かいのソファにジェイ達も座るよう促す。
ジェイと明日香が腰を下ろし、獅堂は隊長と隊員の立場なので後ろで控えていようとしたが、武者大路が「卿もだ」と言う。
獅堂が困った様子で視線を向けると、ジェイがそれに応えてコクリと頷く。ならばと獅堂も彼の右隣に腰を下ろした。
「さて、今回の件の褒賞だが……少々渡す事に手間取る事になるだろう」
宰相の言葉に、獅堂は訝し気な顔になる。
「それは……自分もですか?」
ジェイがそうなるのは分かる。アーロに引き続いての魔神討伐だ。王家も褒賞をどうするか悩むだろう。だが、自分は違う。ジェイを手伝っただけだと彼は考えていた。
「獅堂、その陛下だ。誘拐に絡む一連の件、それをどこまで公開するかから考えないといけないんだよ。宮廷は」
「それは、まぁ、そうだろうが。俺は……」
アルフィルクとの関わりなど、王宮に戻る護衛の末席に加えてもらっただけ……と言おうとして、ふとある事に気付いた。
王の護衛の一員だった事と、ジェイの下で事件の調査を手伝った事。どちらの方が功績として大きいのだろうかと。
そんな獅堂の疑問を他所に、ジェイは更に畳み掛ける。
「この者は『打毬愛好会』に所属しており、内都騎士に顔広いですよ」
「お、おい! 止めろ! 何がしたいんだ、お前は!?」
獅堂は思わず腰を上げて、ジェイの襟を掴む。
「フム、状況は理解できていないようだな」
「だが危機を察知する事はできているようだぞ」
その様子を二人の老人は咎める事なく、面白そうに観察していた。
今回の件で、愛染はしばらく動けなくなるだろう。ジェイは頼りになるが、生半可な件で動かせば牛刀をもって鶏を割くようなもの。
そうでなくても、いざという時に動かせる手頃な騎士はいくらいてもいい。
隠居騎士が多くいる『打毬愛好会』に所属しているというのも、内都騎士に対して顔が利くというアピールポイントとなる。
「それと、魔神化する前のロン・ティールと戦って生還しております」
「ほぅ……!」
これには武者大路が大きく反応した。
その上、武芸の腕が良ければ言う事無しなのである。
「マグドクのローディ=獅堂=レオニスか……覚えておこう」
二人の老人は笑みを浮かべる。冷泉宰相は唇を端を小さく釣り上げて、武者大路はニヤニヤとした笑みを。
それを見た獅堂は、何か危険な契約書にサインしてしまったかのように感じてしまった。
「……お前、俺をハメたのか?」
「人聞きの悪い。箔付けにもなったし、こうしてコネもできただろう?」
「それはそうなんだが……」
宰相と極天騎士団長、セルツにおける政と軍のトップとのコネだ。
ただ、コネは良い面ばかりとは限らないという事である。
それはともかく褒賞の話だが、アルフィルクの件をどう扱うか決まるまで渡したくても渡せないのだ。褒賞はどういう功績を上げたかを認定するという意味もあるのだから。
「褒賞は裏で渡し、無かった事にする可能性もあると覚えておいてくれ」
「わ、分かりました……あの、その件と事件の調査に協力した件は別ですよね?」
「おっ、なんだ、自らの剣で打ち立てた功が大事か?」
「え、ええ、まぁ……」
図星を突かれて照れ臭そうな獅堂に、武者大路は「若い者はそうでないといかん!」と上機嫌に笑っている。
「まぁ、そちらは風騎委員で判断する事だが、特に問題はあるまい」
冷泉宰相の話を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす獅堂。
裏でもらえる褒賞よりも、表で誇れる武功が欲しいというのが本音であった。
「……まぁ、大した功ではないかも知れませんが」
そう呟く彼の視線の先には『アーマガルトの守護者』。
冷泉と武者大路は、若者の心の内を察して顔を見合わせる。
「……その者は必要に迫られて、人類の例外に対抗すべく目覚めた特殊な例だ」
「参考にするのは止めておけ。良くも悪くも比較にならん」
そして同情混じりに助言をした。
宮廷はジェイの魔法の事を、ダイン幕府の龍門征異大将軍に対抗するために古き魔法使いの血が覚醒したもの。彼の域に達するには、同等の脅威が必要となると認識していた。
それ故に『アーマガルトの守護者』と自分を比較する獅堂が、ものすごく無謀な挑戦をしているように見えたのだ。これは老婆心として忠告せざるを得ない。
なお当のジェイ本人は、自分の魔法は勇者と魔王二つの魂を受け継いだ前世由来のもの。下駄を履いているようなものと考えていた。
もっとも龍門将軍との戦いを経て戦闘センス等が一変した事は確かなので、宮廷の判断はあながち的外れとも言えなかったりするのだが……。
「……あれ? もしかしてお父様、例外扱いされてます?」
このタイミングで明日香はハッと気付いた。
龍門将軍は人類の例外。これは敵対していたセルツ連合王国だけでなく、味方のダイン幕府でも通じる共通の認識である。
知らぬは娘ばかり……いや、娘と本人ばかりであった。
タイトルの○○に何が入るかは、主観によって異なります。




