第208話 未来への懸け橋
二人が息を切らせ始めた辺りで愛染が「遅れました」と部屋に入ってきた。
それで二人の言い合いが途切れたのを見計らい、ジェイは『空幻絶兎』に削り取られた剣と、コートに包まれたフライヤの腕をテーブルに乗せる。
白い腕が誰のものかに気付いた明日香は、思わず目を見開いた。
「む……」
「それは……」
皆の注目がテーブルの上のそれに集まったところで、ジェイは自分が得た情報を伝えた。
今回の一連の事件、裏に潜んでいるのは『純血派』である事。
実行犯は片付けたが正体は分からず、分かっているのは『絶兎』が使っていた魔法の情報だけだという事。
表向きは中央と地方の対立を装っているが、真の目的は魔法国の再興である事。
ジェイを地方側に引き込もうとしていた事。
その尖兵として利用されたのがフライヤで、彼女は「魔法を覚醒させる短剣」を使っていた可能性が高い事。
魔神ロン・ティールは、ジェイの目の前で同じような短刀を使って魔神となった事。
それらを聞かされた面々は、テーブルの上の物を見つめて難しい顔をする。
「つまり『純血派』は、魔神を生み出せるようになったと……?」
冷泉宰相が険しい顔付きで呟いた。
「そこは個人の資質によると思いますがね、流石に」
「だが、春先の事件で使われた物より改良されているのではないか?」
「その可能性も否定しませんが……」
ロン・ティールに関しては、執念が異常だったとジェイは考えている。
しかしフライヤの様に魔法自体は大して強いものではないのに魔法使いとして安定したというのは、改良の結果なのではとも言える。
宰相が険しい顔になるのも当然である。この短剣の存在は、魔法使いは減っていくものという常識を覆してしまいかねないのだから。
「これはアーマガルト製だな?」
一方武者大路が注目したのは、削り取られた剣の柄だった。
「ええ」
「なんと言う断面だ……硬さなど意味をなさんという事か……」
アーマガルトは連合王国内でも有数の工業地帯であり、腕の良い職人も多い。
武者大路自身もアーマガルト製の武具を愛用しているため、自分が戦っていたら……と、どうしても考えてしまい肩を震わせた。
「フライヤという女性は何故?」
最後に愛染が、そう尋ねてきた。
「……孤児院の経営が芳しくなかったようですね」
本人の視野の狭さ等問題があった事は確かだが、ジェイはあえてそれらには触れず根本的な原因だけを端的に答えた。
「しかし、孤児院には王家から支援が……」
「それでは足りぬと言うのであろう。我等が打ち出の小槌を持っていると勘違いしている者は少なくないわ」
不機嫌そうな冷泉宰相。彼にも言い分はあるのだろう。
「だが彼女の孤児院『神愛の家』は、経営のために借金までしていたと言う。現実に支援が足りていなかった……これは宰相のミスではないか?」
「……貴様も勘違いした一人だったか」
そして再び睨み合う二人。
「婿殿も気を付けよ。領主としての優先順位を忘れるでないぞ」
「そうだ! 不満の声も平和であればこそだぞ!!」
しかし、ここで二人は新人領主であるジェイへの教導にシフトした。割と強引に。ここで喧嘩に発展させるのは流石に不謹慎と思ったのかどうかは定かではない。
ジェイは割と冷めた反応だが、明日香の方は領主夫人として!と鼻息をフンスとやる気満々の様子で話を聞いている。
そして宰相達と比べればまだまだ若者の愛染は、ジェイ側の方で似たような経験があるのか引きつった笑みを浮かべていた。
もっとも最初はしっかり領主の心得を教えていたのだが、実例を交えるようになってきた辺りで愚痴の割合が増え始める。
「お二人とも、そこまでですよ。今は他に話すべき事があるでしょう?」
愚痴の割合が半分を超えた辺りで、流石にこれはと愛染が止めに入った。
「ウム、そうだったな」
「愛染の言う通りである」
すると二人はピタリと愚痴を止めて、事件の話に戻る。
「敵に狙いがセルツ王家の打倒ならば、真っ先に手を打つべきなのは陛下の警備体制であろう」
「左様、陛下の誘拐を許してしまったのは大問題だ」
「やはり陛下を守る愛染がお側を離れてしまったのが問題ではないか?」
そしてあれよあれよと言う間に、二人掛かりで愛染の責任を問うてきた。
やられた。そう感じた愛染だったが、最早後の祭りである。
「た、確かに仰る通りですが……あれは太后殿下に、陛下のお膝元である内都の騒ぎを調査せよと命じられたため。内都の騒動を早急に収められなかった事にも問題が……!」
「春草騎士団への命令権は陛下にのみ存在する!」
「代理人たる太后の命令と、陛下の守り。どちらを優先すべきかは自明の理であろう」
愛染は反論しようとするも、二人にはあっさりかわされてしまう。
「町の騒動が続いていた事も問題ですし、騒動が大きくなった原因があった事も確かですよね」
なのでジェイが、釘を刺して愛染をフォローした。極太の釘である。
「それに今話し合うべきは、陛下をいつ王宮に戻すかでは?」
「む……」
「確かに……」
言葉に詰まる冷泉宰相。愛染も今はここが一番安全という意識があったが、アルフィルク王が本来在るべき場所は王宮の玉座である。
「今、王宮はどうなってるんです?」
明日香が問い掛けると、冷泉宰相と愛染は顔を見合わせた。
「先程、太后殿下に陛下がご無事である事は伝えました。誘拐の件については、無関係と仰っておられましたが……」
「まぁ、その言葉に嘘は無かろう。陛下を亡き者にしたところで、太后が権力を握れる訳ではないしな」
むしろ王の代理人であるため、アルフィルクを守れなかった責任を問われる立場である。
「陛下を通さず春草を動かした。この点については見逃せんぞ!」
そう言ってテーブルをドンと叩く武者大路。騎士団の指揮系統に関わる話なので、彼にとっても他人事ではない。
「それは当然です。私も甘んじて受けましょう」
その責任を追及するという事は、太后の命で動いた愛染も無関係ではいられない。
彼不在の隙を突いてアルフィルクが誘拐された事は事実なので、愛染もその責めは潔く受けるつもりだった。
「フム……」
冷泉宰相はフライヤの腕に視線を向け、そしてテーブルを囲む皆を見回す。
「一連の騒動はひとまず終息したと見ていいだろう。ならば、陛下にそれを宣言してもらう必要がある。それは宮廷で行われるべきだ」
つまりこの騒動を完全に終わらせるためにも、アルフィルクはできるだけ早く王宮に戻らなければならないという事だ。
そして宰相は、ジェイに鋭い視線を向ける。
「ジェイナス。魔神討伐の件、宮廷で報告してもらうぞ」
「……陛下もお連れしろと?」
「分かっておるではないか」
そう言ってニイッと笑みを浮かべた。
つまり冷泉邸から王宮への道中、最も強力な護衛としてジェイを使うという事だ。今回の件に関わっていた明日香も同行する事になるだろう。
そしてアルフィルク王誘拐の件は、現時点では表沙汰にはしないという事でもある。その点については宮廷の判断だろうとジェイは口出ししない。
「孤児院の件、お願いしますよ」
それだけを伝えると、明日香と一緒に席を立った。
愛染もそれに続き、アルフィルクに宮廷に戻る件を伝える。
流石に腕を包んで来たコートをそのまま着る訳にはいかず、剣も持たずにという訳にもいかない。その辺りは冷泉家が代わりを用意する事となった。
それらの準備が終わると、王宮には冷泉家の獣車で向かう事になる。車を牽く騎獣は、ジェイのそれと違いスマートで優美な種だった。
愛染は一足先に王宮に戻っており、周囲に見られぬようアルフィルクを王宮内に戻す手筈を整えている。
「お、俺も行っていいのか!?」
「せっかくの機会だ、やっとけ」
宮中伯ともなると護衛騎士が獣車を先導するのだが、そこに騎乗が得意な獅堂も加わってもらった。協力してもらった礼としての箔付けである。
当のアルフィルクは、憧れの英雄と一緒に獣車に乗れると大喜びだ。親しみやすい明日香にも懐いており、獣車の中ではジェイと明日香の間にアルフィルクが座る。
道中はジェイと明日香でアルフィルクの相手をする……と思いきや、そうはならない。
英雄の話を聞きたいアルフィルクと、その隣で「答えて、答えて」と目を輝かせる明日香。ジェイが子供二人を相手にしているような状況であった。
まだ敵が潜んでいて襲撃を仕掛けてくるような事も無く、獣車は王宮に近付いていく。
そろそろ到着しようかと言う時に、アルフィルクはこんな言葉を二人に投げ掛けた。
「二人は婚約者同士であったな」
「そうなんですよ~♪」
ジェイが口を開く前に明日香が答えた。それはもう嬉しそうに。
「宰相達から聞いておるぞ。連合王国と幕府の架け橋だと」
「はい! あたし達が架け橋となりますっ!」
明日香とアルフィルク、二人で盛り上がっているのでジェイは口を挟まない。
少々いたたまれない空気を感じつつも、明日香はアルフィルクの話し相手となり、自分は外を警戒する。役割分担だと考える。
そうこうしている内に王宮に到着。本来ならばここで衛兵が出迎えるのだが、今回は愛染が春草騎士を率いて待っていた。
このままアルフィルクを引き渡せば良いのだが――
「うむ! 架け橋となる子を頼むぞ!」
「はい! …………えっ?」
――席を立つ直前、アルフィルクはキラキラした目で爆弾を投下していった。
反射的に返事したものの、数秒遅れで意味を理解して呆然となる明日香。
そんな彼女をよそに、アルフィルクは「期待しておるぞ~!」と手を振りつつ、愛染達に連れられて去っていくのだった。




