第207話 さぁ、後始末の時間だ
「だから言っただろ、お前の魔法は底が浅いって……」
思わずそう口にして、ジェイはその場にへたり込んだ。
転移を応用した、空間ごと削り取る攻撃。一回でも食らえば終わりというのは、相当な緊張感を強いていたようだ。
それでもそう言えるのは、いかに強力無比でもそれしか無いのであれば、かえって対処もしやすいからだ。対処方法が有るジェイだからこそ言えるセリフではあるが。
ふと目をやると、フライヤの腕が見えた。『絶兎』は真横に向けて撃ってばかりだったため、地面の上は思いのほか被害が少なかったようだ。
回収せねばならないが、子供達には見せられない。ジェイは陣羽織型のロングコートを脱ぎ、それで包んで隠す事にする。
「あっ……」
その際に裾が大きく削り取られているのを見つけ、危ういところだったと思わず口元をひくつかせるのだった。
刀身が失われた剣と共にそれを背負うと、踵を返して駆け出すジェイ。森を抜けたところで、明日香達と合流する事ができた。
明日香と侍女、それに子供達二人。こちらは何事もなく森を脱出できたようだ。
「ジェイ! ……あっ……」
フライヤは?と問おうとした明日香だったが、ジェイが一人だけなのに気付いてしまった。
「……すまない、間に合わなかった」
その言葉に、子供達が涙目になる。それでも何も言わないのは『絶兎』の魔法を目撃しているため、薄々覚悟していたのかも知れない。
「……戻りましょう、ジェイ」
ジェイと侍女で一人ずつ子供を背負い、明日香が周囲を警戒しながら街道を急ぐ。
近付くにつれて家屋が燃えているのか煙が上がっているのが見えてきた。しかし騒動自体は鎮静化に向かっているようで、門には既に衛兵が戻って守りを固めていた。
魔神ロン・ティールが討伐された事には気付いており、それで安全は確保されたと判断したのだろう。
「おお、ご無事でしたか!」
衛兵隊長が、ジェイ達に気付いて声を掛けてきた。
「子供達は保護できた。他の子供達は?」
「どちらも騎士団に引き渡し済であります」
どちらもと言うのは、ただフライヤに連れられていただけの子供達と、フライヤを逃がすために衛兵に対抗した子供達の事だ。前者は保護、後者は補導となっている。
「それならこの子達は……」
「申し訳ありませんが、我々はこの通り……」
内都の門を守るには、あまりにも心許ない人数であった。ここから子供を護送するために人を割く余裕は無いだろう。
「……みたいだな。俺達が連れて行くよ」
「申し訳ありません!」
深々と頭を下げる衛兵隊長に気にするなと返してから、極天騎士団本部へと向かった。
町は大通りも戦場になったようだが、戦い自体はもう終わったようだ。今は消火活動が進められている。
いくつかの店の中では怪我人の治療が行われているのが、通りから見る事ができた。騎士だけではない、市民にも被害は出ているようだ。
背負われた子供達は、その物々しい雰囲気に怯えを見せている。
この惨状を作ったのがフライヤ達だと知っているのか。子供を背負う侍女は、ふとそんな疑問を抱いたが、それを口にする事は無く、明日香達に遅れないように歩を早めた。
そして極天騎士団本部に到着した一行は「保護」した子供として二人を騎士団に引き渡した後、武者大路騎士団長に面会する。
「一緒に来ていただけませんか?」
「卿、今がどういう状況か分かっているのか?」
戦いは収束しているようだが、後始末はこれから。極天騎士団はまだまだ多忙。このタイミングの誘いに流石に不機嫌そうな顔になる武者大路。
「まぁ、無理にとは申しませんが……」
しかしジェイはしれっとした態度だ。
というのも、この後ジェイ達は冷泉邸に戻る。当然、宰相達に『風の丘』であった事を報告する事になるだろう。
そして今回の一連の事件で極天騎士団とは色々とあった。武者大路の本意ではないだろうが。
だからジェイとしては、断られてしまっても構わないのだ。後で蚊帳の外にされたと言われないために、誘っていたという事実があれば。
「……卿には借りがあったな」
しばし無言の時間の後、武者大路はそう言って立ち上がった。
そして副団長に後の事は適切に処理するようにと命じると、ジェイ達と共に本部を出た。
「行き先は冷泉邸だな?」
「ええ」
なんだかんだで長年宮廷で生きてきた男、武者大路。ジェイが何を考えているかはお見通し。彼がもたらすであろう情報は重要だと考え、一時本部を離れるのも已む無しと判断したようだ。
そしてジェイ達は、武者大路の獣車で冷泉邸に向かうのだった。
冷泉邸に到着すると、宰相が玄関ロビーまで出迎えてくれた。
しかし、武者大路も一緒だと気付くと、スッと目を細める。
「……来たのか、極天の」
「卿の婿殿に誘われてな」
互いにぶっきらぼうな物言いだが、これが平常運転である。不仲な訳ではない。
そのまま一行は応接間に案内された。冷泉宰相、武者大路、ジェイ、明日香、全員ソファに腰を下ろし、ひと息ついたところで、宰相がポツリと呟く。
「まぁ、いい。来たからには巻き込まれてもらうぞ」
「ん、何の事だ? これから『アーマガルトの守護者』から解決の報告を聞くところだぞ」
「いや、まだ解決しとらん」
そう言って大きなため息をついた宰相は、武者大路に説明する。
今日、王宮からアルフィルク王が誘拐された事。
ジェイ達により既に救出されている事。
しかし、王宮に内通者がいるかも知れないため、戻るに戻れず愛染団長と共に冷泉邸に滞在中である事。
そして、それらの情報は全て伏せられている事を。
「おまっ! おまっ……!」
思わず腰を浮かせる武者大路。
魔神討伐の報告は受けていたし、ジェイが無事に戻ってきた事で事件は解決した。後はその報告を受けるだけだと考えていただけに衝撃は大きい。
だが、内都が戦場となった件の裏でアルフィルク王誘拐の件も動いていたとなると、全然終わっていないのは確かである。
「なんて優秀な婿だ! 貴様に譲るのではなかったわ!!」
武者大路は思わず喧嘩腰で声を張り上げた。
「たわけた事をぬかすな。騎士団が強くなり過ぎるわ」
対する冷泉宰相も負けていない。
老いているとはいえ大柄な武者大路に凄まれても、平然としているのは凄い胆力である。
ジェイと明日香の二人も、同じように平然と二人の言い争いを見守っていた。
明日香は、この程度はじゃれ合いだと考えているのだ。
そしてジェイは……アルフィルク王関連の後始末は内都の仕事。地方領主には関係無い。自分の仕事はもう終わったと考えているからこその余裕の態度であった。
今回のタイトルの元ネタは、『遊戯王』のサブタイトルにもなった決め台詞です。




