第205話 運命は定まった
「これは……!」
ジェイがその場に駆け付けた時、既に戦闘は終わっていた。
片手を前に突き出し、もう片方の腕で弓を引いたような構えを取る『絶兎』。その前には木々や地面が大きく抉られた跡が広がっている。
穴の傍らにある女性のものらしき腕を見つけた時、ジェイはここで何が起きたのかを悟った。
一瞬目を見開き、声を出してしまいそうになるのを抑え込む。
これは彼女が選んで歩んできた道の結末だ。同情はしない。
だが『絶兎』に向ける視線には、ある種の感情が込められていた。
対する『絶兎』は、忌々し気にジェイを見る。彼としてはもっと手早くフライヤを片付けて撤退したかったのだが、時間が掛かり過ぎてしまった。
「……チッ! 早いな」
舌打ちしつつ『絶兎』は両手を構える。
ジェイも身構えるが、これは攻撃よりも避けるためのものだ。『絶兎』の魔法は不可視の一撃必殺。空間に干渉するため、おそらく影でも防げない。試すには危険過ぎる。
そんな魔法の主は、ジェイの攻撃よりも防御優先の態勢に怪訝そうに眉をひそめた。少々消極的なのではないかと。
彼は察した。これは魔法『空幻絶兎』について知っている。どこかで知られてしまっていると。
「どこで知ったのかは知らんが……殺すしかないようだな!」
魔法使いがどのような魔法を使えるようになるかは、性格、血筋、環境、様々な要素が影響すると言われている。ジェイの場合は前々世の影響が大きい。
そのため魔法の持つ情報量というのは多く、特殊なものであれば魔法から個人を追跡する事も不可能ではない。そして『空幻絶兎』は、その特殊なものに該当する魔法であった。
「知った……ああ、そういう事か」
対するジェイは魔法使いの知り合いもほとんどおらず、その辺りの常識に疎い所がある。
それでも多くの魔法使い――ダイン幕府の隠密部隊と戦ってきた経験から、魔法が持つ情報量については気付いていた。
「さっさと逃げなかったのは、フライヤ先生がお前の魔法の正体を知っていたからか?」
ピクリと眉を動かす『絶兎』。「逃げ」という言葉で挑発も混じらせているのはわざとである。
「フン……それもある」
『絶兎』は見下すような態度を崩さずに答えた。
「……まぁ、いい。冥土の土産に教えてやろう。最早何の意味も無いものだがな」
お前は全てを見抜けた訳ではないぞという嘲りも込めて。
「お前はフライヤの魔法の正体に気付いていたか?」
「……魅了か、洗脳……大して強いものではなかったようだが」
現にジェイにはまったく影響が無かった。元々表向きの顔が好感を持てる人物像だったため、誰がどれだけ影響を受けていたかは分からない。
だがロン・ティールや眉我が心酔していた様子を考えると、魔法が使えたならばそれらしい効果だろうと予測できた。
「ククク……まあまあ、と言ったところだな」
だが『絶兎』は、上から目線で笑った。
「だが、野良魔法使いとしては上出来だ」
この場合の「野良」とは『純血派』に属していない魔法使いを指す。
「奴の魔法は、まだ名付けもされない程の未熟なものだった。故に分からぬのも無理は無い」
その言葉に、今度はジェイが怪訝そうな顔をした。大人のフライヤが未熟とは、最近魔法使いになったと言うのか。
「それにな……奴の魔法は『高揚』、ただそれだけだ」
彼女は会話をする事で相手の心にあるものを昂らせ、増幅させる事ができたと言うのだ。
そういう効果だったのか、未熟だったから本来の効果が出なかったのかは分からない。
「……魔法としては弱いな」
「それだけに気付かれにくい。お前も魔法を使われている事に気付かなかっただろう?」
「確かにな……」
それに関しては否定できない。フライヤの魔法は弱い。だからこそ、ジェイは察知する事ができなかった。
「……だからお前も、逃げる前に始末しようとしたと」
「その通りだ……哀れな女よ。種がバレた時点で、奴は死ぬしかなくなったのだ」
そう言って大きな声で笑う『絶兎』。とてもじゃないが憐れんでいるようには見えない。
しかし、ジェイも言っている事自体は理解できた。
ただ昂らせるだけの弱い魔法と言うが、使い方次第では危険極りないものとなる。
たとえばむかつく事があって「殺してやる」と思う事があっても、それを実行に移す者はほとんどいないだろう。だが、その殺意が昂ればどうなるのか……。
金貸しのオリヴァーは、借金の形にフライヤ自身を狙っていたからロン・ティールに殺された。
だがそれも、フライヤの魔法によって彼の中の何かが昂った結果だった可能性は考えられる。
ハッキリ言って、存在自体が危険過ぎる。彼女を確保できたしても、その魔法の存在に気付けなければ、いつの間にか内側から食い破られていたかも知れない。
そしてそれは『絶兎』達にとっても同じだった。
王国がフライヤを確保し、その魔法の正体に気付いたらどうなっていただろうか。現にジェイは魔法に気付かずとも正解に近いところまで迫っていた。
そうなれば王家は、彼女の魔法を反撃に利用していただろう。フライヤならば子供達への支援と引き換えならば知っている事を全て白状していただろう。彼女ならばやる。
そうなると、魔法使いでも察知できない魔法が『絶兎』達に牙をむいていたのだ。彼が撤退よりもフライヤを始末する事を優先したのも無理のない話である。
そこまで理解したところで、ジェイは複雑そうな顔になった。
つまりフライヤは、魔法を永久に封じる手段でも無い限り、どこからも利用されるか命を狙われる危険な存在になっていたという事だ。
「その魔法……お前達が目覚めさせたんじゃないのか?」
彼の脳裏に浮かんだのは、ロン・ティールが切腹して魔神化した短刀。
そう言えばあの時、フライヤはロン・ティールを止めようとしていた。つまり短刀の正体を知っていたという事になる。
そしてフライヤの年齢の割に未熟な魔法、そこから考えられるのは……彼女も使ったのだ。あの短刀か、それに類する物を。
「……ああ、お前は例の事件にも関わってるんだったな。その通りだ」
『絶兎』は悪びれる事なく答えた。
例の事件と言うのは、ジェイ達が入学したばかりの頃に起きた魔神エルズ・デゥと魔法使いが、魔法使いになれるという短剣を密売していた事件の事だ。
「子供を救う力が欲しいと言うから試してやったのだがな……期待ハズレであったわ」
彼等にしてみれば「魔法使いになれる」というのは、この上なく名誉な事。感謝されこそすれ、悪びれる理由など無いのだ。
「そうか……」
ジェイは足下で『影刃八法』を発動させた。
今回の一連の事件の元凶は、フライヤではなく彼女の魔法を目覚めさせた『絶兎』達。ジェイはそう判断したのだ。
『絶兎』としても『空幻絶兎』の情報を始めとして一連の事件の真相を知るジェイを生かしておく事はできない。
一撃必殺の黒炎と、一撃必殺の空間魔法。最後の戦いの幕が切って落とされようとしていた。
今回のタイトルは、フライヤの魔法の詳細を考えるにつれて、強い弱い関係無く厄介過ぎて「あ、こいつもう死ぬしかないわ」と思った経緯から付けたものだったりします。




