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第204話 鬼事

 バキバキと森中に響く倒木の音。ジェイはすぐに『絶兎』が魔法を使っているのだと察した。戦闘が続いているのだ。

 いや、そもそも戦闘になっているのだろうか。仮にフライヤが魔法を使えたとしても……。

 これは影世界に潜ってしまっては、外の様子がリアルタイムでは分からない。ジェイは『潜』らないままスピードを上げ、木々の間を縫うように進んで行く。


 一方森の奥では、フライヤと『絶兎』の戦いが始まっていた。

 いや、戦いと言うにはあまりにも一方的だ。空間転移の応用で空間そのものを削り取る魔法『空幻絶兎』に対し、フライヤは攻撃手段を持たない。

「ククク……いつまで逃げられるかな?」

 現に『絶兎』は、余裕綽々の態度で勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 彼がしているのは、フライヤが足を止めれば魔法を撃ち込む。ただ、それだけだ。

「何故! 何故、子供を殺そうとしたのです!?」

 対して反撃する術を持たないフライヤは『絶兎』に向けて声を張り上げる事しかできない。

「もはや用無しだからだッ!!」

 声のした方に放たれる魔法。大木を抉るが、陰に隠れていたフライヤは、既に走り去っておりその場にいない。

「よ……用無し!? 子供とは未来を担う……!」

「未来を担うのは魔法使いだ! 不遜であるぞ!!」

「…………ッ!」

 『絶兎』の言葉に怒りを覚えるが、フライヤは撃ち込まれる魔法から逃げ回る事しかできない。掌を向けた方向に攻撃が来ると知っていなければ、それすらできなかっただろう。

 どうしてこうなったのか。肺が悲鳴を上げるのを堪えながら、彼女は自問自答する。

 子供達を連れて来たのは、ここで『絶兎』達と合流し、彼等の故郷に逃げるためだった。そうすれば、子供達に今より良い暮らしをさせてあげられるはずだった。

 彼女は知らない事だが、その子供達の中にアルフィルクを紛れ込ませてセルツを出るというのが彼等の元々の計画。そう、最初から『絶兎』達は子供を利用するつもりだったのだ。

 だが、アルフィルクが奪還された事で計画は失敗。子供達の利用価値は無くなってしまった。

 こうなってしまうと、仲間も失った『絶兎』にとって子供など何人だろうが足手まとい以外の何者でもない。もっとも、彼にとって足手まといなのはフライヤも同じであったが。

 どうしてこうなったのか。再度己に問い掛けるが、答えは出ない。

 フライヤは、変革を求めていた。子供達により良い生活をさせたい一心で。

 その事自体は間違っているとは言えないし、その親心を責める事もできないだろう。

 そんな彼女に誘いを掛けたのが『絶兎』達だ。セルツ王家を打倒しないか。フライヤには王国の現状を良しとしない、心正しき同志を増やして欲しいと。

 彼等の事は、華族の魔法使いだと聞いている。連合王国の華族だが、セルツの者ではないとも。

 彼等が言うには、フライヤには魔法の才能が眠っていたらしい。その力を使えば、王家を打倒する事も不可能ではない。だからこそ声を掛けたと。

 その時彼女は、こう考えてしまった。今の王家のままでは現状を打破できないと。そのためには多少乱暴な手に出ざるを得ないのも仕方のない事だと……。

 彼女自身は様々な人と話し、同じ志を持つ者を集めるだけだったので「乱暴な手」というのを具体的にイメージできていなかったのかも知れない。

 そのため、犠牲となる少年王アルフィルクもまた子供である事に考えが至らなかったのだ。



「あの子達は、大丈夫かしら……?」

 木陰でそう呟いたフライヤは、慌てて両手で口を押さえる。見つかれば、即座に攻撃されるだろう。少しでも呼吸を整えねば後が続かない。

「……そこかな?」

 だが、安息の時間はわずかだった。

 『絶兎』が、おおよそで当たりを付けて魔法を放つ。そこはフライヤが隠れていた場所ではなかったが、抉られた大木が倒れて彼女の隠れる場所が減っていく。

「逃げなければ……!」

 いきなり『絶兎』に裏切られ、咄嗟に子供達を逃がした。

 その後は必死に『絶兎』から付かず離れず囮となっていたが、もう十分時間は稼げたはずだ。

 あとは自分も逃げ切るのみ。十分休めたとは言えないが、このままでは隠れ場所が無くなってしまう。フライヤは、倒木の音に紛れて駆け出した。

 まずは逃がした子供達と合流したい。迷子になっているかも知れない。子供を守りたい、その一心で疲弊した身体を奮い立たせて足を動かす。

 『絶兎』も華族ならば、人目の有る所では無体な真似はできないはずだ。森を抜け、町まで逃げ込む事ができれば……。

「――ッ!?」

 そこまで考えが至ったところで、フライヤは思わず足を止めた。

 町に逃げ込んでどうなると言うのか。

 町は今、戦場になっている。そうなるよう片棒を担いだのは彼女自身だ。

 たとえ戦いが収まっていたとしても、魔神と化したロンが門を破壊した件もある。町へ戻れば、フライヤは即座に捕まってしまっても不思議ではない。

 彼女としては、自分が捕まるだけならばいい。

「子供達が……子供達が無事であるならば……!」

 思わず口にした言葉を『絶兎』が耳ざとく捉える。そして嘲笑混じりに言葉を投げかけてきた。

「ククク……貴様は王家を打倒したかったのではないのか? その王家のトップ、少年王アルフィルクも貴様の言う子供なのだがな?」

 そこでフライヤはハッとなる。自分が打倒しようとした王家、すなわちアルフィルクもまた彼女が守りたかった「子供」であることに。

 誘拐したのは『絶兎』達だが、自分もまたそれに手を貸した一人である。

「私と貴様、どう違うのか教えて欲しいものだな」

「あ……ああ……!!」

 彼女は気付いた。気付いてしまった。

 力無く、膝から崩れ落ちるフライヤ。その背に向けて手を掲げる『絶兎』。

 直後、森に巨木が倒れる音が響き渡るのだった。

 今回のタイトル「鬼事」は「鬼ごっこ」の異名のひとつです。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいように使われただけだったね。 教師より孤児や貧困層を救う活動家に成るべきだったかな?
[一言] どっちも頭足らずの馬鹿やんけ! えぇぇ……コレに抜かれた王宮の警備とか大丈夫か?
[一言] 絶兎は計画が失敗した八つ当たりとしてフライヤたちを痛め付けたかったのだろうけど、絶兎もアホやな。 まだ敵の近くなのにねぇ。
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