第20話 愛され妻(予定)の功名が辻
『影刃八法』で影世界に潜り込み、書店の奥で件の短剣と共に『魔神の壺』を発見したジェイ達。
しかしジェイは、ある疑問を抱いていた。
何故自分は、見た事も無いこの壺が、『魔神の壺』であると知っているのかと……。
可能性として考えられるとすれば転生だが、これといって思い当たる事も無い。とはいえ、それ以外の可能性も思い浮かばなかった。
そんな思い悩む彼の変化に気付いたのはモニカだ。
「……どうしたの?」
「いや、なんでも……」
しかし、ジェイは誤魔化した。転生に関するかもしれない事を迂闊には話せない。
「……皆は魔神の壺って知ってるか?」
その質問に明日香とエラは顔を見合わせるだけだったが、モニカだけは知っていた。
「魔神が復活する壺、だよね? 倒されても、その壺があれば復活できるって……」
そう、魔神という存在は、準備さえ整っていれば倒しても復活する。
魔神の壺は、倒された魔神の魂が休息するためのものであり、復活する際には中の魔素を使って新しい肉体を生み出すのだ。
魔神が強ければ強いほど復活には時間が掛かるが、魔神化した肉体はほぼ不老である事も加味すると、極めて不老不死に近い存在であるといえる。
カムート魔法国時代は魔神もそれなりにいたのだが、ドラマ『セルツ建国物語』では、ある理由からその辺りはあまり触れられない。
というのも、カムート魔法国が滅亡して百五十年以上経った今でも、『暴虐の魔王』が復活する魔神の壺の行方が分からないのだ。
今もどこかに隠されていて復活の時を待っている。既に魔神の壺も破壊されている。
どちらの説も確たる証拠は無く、セルツ建国から今日まで、ずっと歴史家の間で議論が紛糾し続けていた。
「……まさか、これが?」
「流石にそれは無いと思うが……」
そう答えるジェイも自信無さげだ。
ただ、仮に魔王でないとしても、壺の主は別の魔神という事になる。
壺から離れられないという訳ではないので、今ポーラ島にいるとは限らないが。
何故、魔神の壺の事が分かったのか。それはジェイ自身にも分からない。
しかし、魔法使いの数が減ってきている事もあり、近年魔神化できた者はいない。
そのため現存する魔神は、ほとんどが魔法国時代から生きてきた者達。つまり「魔法使いに非ずんば人に非ず」という考え方がまかり通っていた時代の者達だと考えられる。
そんな魔神が存在する証拠がここにある。見つけてしまった以上、対処するしかない。
魔神の存在は、放置するにはあまりにも危険過ぎるのだ。
壺の中を見た感じ、復活を待っている最中という訳ではなさそうだ。
一刻を争うという事態ではない。ジェイは、そう判断する。
「……まずは証拠の確保だな」
そう言ってジェイは倉庫の一番奥、積み上げられた図鑑の中から一冊だけを影世界に引き込んだ。それを拾い上げて表紙を開き、中に短剣が隠されている事を確認する。
『影刃八法』の『潜』は、表の世界に戻る時は皆一緒でなければいけないが、追加で影世界に引き込む事はできるのだ。
「よし、これで狼谷団長に報告できる」
それを見て、エラが心配そうに声を掛けてくる。
「バレないかしら?」
「目立たない所から取ったから……さっきの部屋の様子を見た感じ、そこまで厳密に管理してなさそうだし」
ジェイはそこまで心配していなかったが、絶対にバレないとは言えないので、早く南天騎士団に知らせて、この店を押さえてもらった方が良さそうだ。
そのまま踵を返して倉庫を出ようとすると、明日香が慌ててジェイの裾を掴んだ。
「ジェイ、壺は放っておいていいんですか?」
「ああ、今はな。逆に壊すとまずい」
魔神は、壺に何かあるとそれを察知する事ができる。
そして壺はあくまで倒された魔神が復活するために使う物であって、壺を壊しただけでは魔神を倒せない。そして魔神は、新たに壺を用意する事ができる。
つまり、壺だけ壊してもあまり意味が無いという事だ。それどころか、魔神が次の壺をどこに隠すか分からないと考えると、マイナスですらあるだろう。
という訳で魔神の壺はそのままにして、店を出て獣車に乗り込んだ。
そして影世界の商店街を離れ、表の世界でも人気が無いであろう場所まで進むと、魔法を解除して表の世界に戻る。
向かう先は南天騎士団本部、なのだが……。
「それなら一手打っておきましょうか」
ここでエラが、ある提案をしてきた。
「確かにそれなら……いや、もう一手必要か」
その話を聞いたジェイは一旦帰宅。そこで三人を降ろした後、あえて一人だけで獣車に乗り、南天騎士団本部に向かった。
「さて、それじゃ私達も動きましょうか。モニカちゃんは兵達に準備をさせておいて。私と明日香ちゃんはちょっと出掛けてくるから」
「は、はい!」
「行きましょう、エラ姉さん!」
そして、それを見送った三人もまた動き出すのだった。
そして何事もなく南天騎士団本部に到着。夜遅いが本部は煌々と明かりが点いている。
屋内は魔動ランプだが、煙が問題にならない屋外はかがり火を使っているのは、魔素節約の知恵である。
門衛の騎士に話を通し、本部内の厩舎に馬車を進める。そこは本部とつながっており、厩舎から直接本部に入る事ができた。
短剣の件でいつ何が起きるか分からないため、狼谷団長は本部に待機していた。
彼から捜査を委任されているジェイは、すぐに会う事ができる。
「なるほど、こうやって密輸していたのか……」
書店について報告したところ、証拠もあったため狼谷団長はすぐに信じてくれた。
「しかし……魔神の壺があったというのは本当かね?」
だが、魔神の壺に関しては半信半疑のようだ。
実は『セルツ建国物語』はこれまでに何度かドラマ化されており、その内一回だけ魔神の壺について触れられた事がある。狼谷団長はそれで知ったそうだ。
ちなみにその時は、魔王を倒したが壺は行方不明のまま。魔王はいずれ蘇る……みたいな感じでドラマが終わり、後味が悪いと絶不評だったとか。
そのため、それ以降のドラマ化では魔神の壺については触れないようになっていた。
「正直なところ、こちらも聞きたいぐらいです。あれが本当に魔神の壺なのかどうか」
ジェイは正直に答えた。内心では確信を持っているのだが、何故それが分かるのかを自分でも説明できないため、実のところ彼もまた半信半疑であった。
「ですからその件に関しては、ここで問答していても仕方がないと思います。短剣を押収する際、壺に触れないように気を付けていただければ」
「うむ、そうだな……おそらく店の者達は、南天騎士団が短剣の回収に動いている事に気付いているだろう。その店を引き払う前に押さえておきたい」
狼谷団長は、机の上の図鑑をもう一度開き、中の短剣を確かめる。
こうして証拠を掴んだ以上、後は時間との勝負だ。
逃亡された時のための備えはしているが、できれば店ごと一網打尽にしておきたい。
「巡回に出している騎士を呼び戻すか……いや、その動きを察知されるとまずいな」
暴走事件を警戒して、南天騎士達を巡回に出していたのが裏目に出てしまった。
しかし、これは予想通りの展開だ。ジェイはすかさず助け船を出す。
「実は、風騎委員長に話を通しています。今頃出撃の準備を整えているかと」
「……何?」
鋭くなった眼光が突き刺さった。しかしジェイは怯まず話を続ける。
「逃亡に備えつつ、暴走事件も警戒。しかも時間は夜となると、早急に動かせる人手が足りないのでは?」
帰宅中の騎士を招集する事もできるが、そちらもやはり時間が掛かるし、その動きを見られると敵に警戒されてしまうだろう。
何せ仕事を終えた彼等が、立ち寄り食事などを楽しむのが他ならぬ商店街なのだから。
「そこまで読んだか。君の目から見れば、夜襲の好機といったところかな?」
「読んだのはエラですけどね。夜襲の好機というのも否定しませんが」
狼谷団長は、なるほどなと不敵な笑みを浮かべた。
エラの事は狼谷団長も知っている。彼女ならば余計な情報は漏らしたりはしない事も。
「敵は南天騎士団を注視しているでしょうが、風騎委員までは警戒していないはずです」
ジェイの言葉に、狼谷団長は頷いた。風騎委員が所詮は学生騎士となめられているというのもあるが、元々学生街は部外者が入りにくい所なのだ。
更に言えば、周防風騎委員長は、風騎委員の活躍の場を求めている。今頃喜び勇んで風騎委員を招集し、出撃の準備を整えているに違いない。
そして何より学生街と商店街は距離が近い。学生街で風騎委員を集めて商店街に乗り込めば、不意を突いて急襲する事も可能だろう。
「ウチの獣車、空いてますよ?」
そして、ジェイが一人で獣車に乗ってきたのはこのためだった。
ジェイの獣車ならば、武装した騎士が四人乗れる。風騎委員だけに任せる訳にはいかないが、指揮官として南天騎士を四人派遣できれば、件の店に踏み込むには十分だ。
「こういう事は慣れているのかね?」
「まぁ、それなりに」
探るような問い掛けにも、ジェイはしれっとした態度を崩さない。
確かにジェイの言う通り、少人数しか動かせないが今の状況には打ってつけだ。
風騎委員を動かす事を考えたのは、彼の言う通りエラだろう。
だが、彼女は軍事に関しては素人だ。その提案を南天騎士団に飲ませるためにどうすればいいかを考えたのがジェイである事は間違いあるまい。
実に頼りになりそうだと、狼谷団長は不敵な笑みを浮かべた。
彼が辺境伯家の跡取りで騎士団入りの望みが無いのが惜しいところではあるが。
「よし、それでいこう。四人ならば、今待機している者達を出せる」
狼谷団長は決断した。現状ではそれが最善手であると。
風騎委員を使うのはジェイ達に乗せられた形となるが、そこは今後への期待も込めての一種の入学祝いである。
「ところで小熊さんは?」
「今仮眠中のはずだが……四人の中に加えるかね?」
「ええ、自分の下に派遣された援軍ですからね」
手柄を立てさせるのも指揮官の役目という事だ。
その新入生とは思えない返答に狼谷団長は苦笑しつつも、すぐに承諾して小熊を叩き起こしに行かせるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、大河ドラマにもなった歴史小説『功名が辻』です。
「エラさんはエラいんです」 とかも考えたけど自重しました。




