第201話 境界線を超えて
ジェイの足下から立ち上がる影。それは大きく膨れ上がり、枝分かれてして、それぞれが大蛇の形になっていく。
「また、それか!!」
ロン・ティールは目から光線を放つが、大蛇の顎がそれを飲み込み相殺。直後、新しい大蛇が生まれて鎌首をもたげる。
「お前もな!」
その声と共に、影の大蛇は一斉に襲い掛かった。
ロン・ティールは広げた両手を構えて、それを迎え撃つ。
大きく顎を開いて正面から襲い掛かる大蛇。それは目から放つ光線で撃ち抜かれた。
だが、それと同時に左右からも挟み込むように大蛇が襲い掛かる。
ロン・ティールは左右に視線を向ける事無く、両腕を広げて十の指先を発射。両方の大蛇を粉砕する。
狙いを定めていないため半分以上が外れ、周囲に着弾。怒涛の爆発音を辺りに響き渡らせる。
それは当然町にも届いており、避難を進めていた衛兵達も外で行われている戦いに気付いた。
遠目にも分かる。自分達の手に負えるものではないと。
逃げ遅れがいないかひと通り確認し終えた彼等に、隊長は即座に後退を指示。皆をその場から離れさせた。
ジェイは、そんな動きに意識を向ける余裕も無い。
次々に大蛇を繰り出すが、ロン・ティールの光線と指先がそれを相殺。それでもジェイは怯む事なく攻撃を繰り返している。
無駄に攻撃を繰り返しているように見えるが、ジェイには思惑があった。
胸の不死鳥模様からの噴煙、あの攻撃には「溜め」の時間が必要だ。そう読んだ彼は、素早く迎撃しなければならない攻撃を繰り出す事で、噴煙を使わせるのを防いでいるのだ。
一方ロン・ティールも、ジェイの魔法を分析していた。
人間だった頃は『アーマガルトの守護者』の凄味に圧倒される事もあったが、今は余裕を持って見る事ができる。
『影刃八法』、影を自在に操る魔法。大きさや形は変幻自在。今は複数の頭を持つ大蛇の形をしているが、生物という訳ではない。変形した影は、刃のような鋭さを持つ。
また影は地面の上等を滑るように動き、それに乗って術者が移動する事も可能だ。
ニィッ……とロン・ティールの唇の端が吊り上がった。
ジェイの思惑が手に取るように分かる。
ロン・ティールは、ジェイが胸の不死鳥からの攻撃を使わせないために連続攻撃をしている事に気付いていた。そして、そこから更なる攻撃につなげようとしている事も。
彼は大領領主の一族でありながら、正々堂々とした騎士の戦いではなく、奇襲や不意打ちを好んでいる。まるで隠密騎士だ。
ロン・ティールは知らない事だが、初陣の相手が現代の最強格であるダイン幕府の龍門征異大将軍であった事から始まり、それからも隠密騎士部隊と暗闘を繰り広げていたのだ。
それらと戦い、負けないために磨き続けたのが今の戦闘スタイルであった。
その辺りの事情を知らずとも分かるのは、こうやって真正面から魔法を撃ち合うのは、彼らしからぬ事だという点だ。
少なくとも自分より強大な魔神相手に、考え無しにこんな戦い方をする男ではない。
つまり、これは本命ではなく布石。
それに気付くと見えてくるものがある。
影の大蛇は、あくまで元となる影があって、そこから影が伸びて、変形して、攻撃を仕掛ける。
周囲は平野で、他に大きな影を作るような物は無い。そのため一連の攻撃は、ジェイ自身の影を起点に行われている。彼の影と、影の大蛇はつながっているという事だ。
その性質上、最も速い攻撃は下からの攻撃のはずだ。しかし、それが少ない。
正面、左右、頭上。それらを組み合わせたり、同じ方向から連続で攻撃を繰り出したりしているが、下からの攻撃だけが無い。
狙いは奇襲だ。意識を他の方向に向けさせて、最も速い下方向からの攻撃を繰り出す。
攻撃スピードはジェイの方が上回っているため、攻撃をばら撒く形で迎撃して爆音が鳴り止まないが、それも奇襲のための布石のひとつだろう。
元の影との距離が短くなればなるほど、攻撃の速さは上がる。おそらくジェイは自ら懐に飛び込んでくるはずだ。ジェイならやる。ロン・ティールは、そう判断していた。
更に激しさを増す大蛇の攻撃。ジェイも魔素の消耗からか、息が切れ始めている。
本命が来る。そう感じたロン・ティールは、一瞬だが視界を塞ぐ光線を使わず、指の連射速度を上げて迎撃。その最中も本命の攻撃に備えて意識の集中を途切れさせない。
「――来たッ!!」
正面、左右、上方、同時に放たれた影の大蛇が四方向から襲い掛かる。
だが、それだけではない。正面の大蛇に隠れるように、もうひとつの大蛇が放たれている。
しかし、それも違う。ロン・ティールは、いつの間にかジェイの姿が消えている事を見逃がさなかった。
下方の大蛇は、ロン・ティールの煙となっている腰の少し下の高さだ。そこに違和感を感じる。
「そこだあァッ!!」
ロン・ティールは両手の指組んで大きく振りかぶる。
いなくなったジェイ。影に乗って滑る魔法。下方からの攻撃としては少し高い隠れた大蛇。
そう、本命のジェイは隠れた大蛇の更に下だ。
多少の損害は構わない。ロン・ティールは他方向からの大蛇の攻撃を無防備に受ける。
抉られる肩、二の腕、腹、頭は左目を含む四分の一が弾け飛ぶ。
しかし、それでも巨大な両の拳は無傷なまま、下方の大蛇を、その影に隠れたジェイごと粉砕すべく振り下ろした。
ハンマーの如く振り下ろされた両の拳は、影の陰に隠れたものを捉え、地面に叩き付けた。
その瞬間、指を組んだ両の拳が光を放って大爆発を起こした。今まで以上の轟音、爆炎が大きな柱となって立ち上がる。
「殺った……!!」
肘から先が爆発して失われたが、なんという事はない。残された口から勝利を確信した言葉が漏れる。確かな手応えがあった。
「ハ……ハハハ! ハハハハハ!!」
再生途中の頭から、勝ち誇った高笑いが響く。
「やった! 粉々に吹き飛んだぞ! 『アーマガルトの英雄』恐れるに足らず!!」
残った右目でクレーターとなった地面を見下ろそうとするロン・ティール。
だが、残された右目の視界に飛び込んできたのは金属片、粉々になったジェイの剣のみだった。
剣を投げた。大蛇の陰に隠れていたのは剣だけだった。そう気付いたロン・ティールは、土煙の中ジェイの姿を探そうとする。
だが次の瞬間、ロン・ティール自身の影から、ジェイが飛び出し、黒い炎の『刀』が胸の不死鳥模様に突き立てられた。
「ガァッ!?」
今までどんな攻撃も通じなかったロン・ティールが、初めて苦悶の声を上げた。明らかにダメージを受けている。
「き、貴様……! どうやって……!?」
「お前と同じさ!」
そう返すジェイの視線の先では、黒炎の『刀』が不死鳥模様の、更に奥へと伸びているのが見えている。体内、いや、違う。
そう、これはジェイの影の中に広がる影世界と同じだ。ロン・ティールも、自身の魔法が生み出す世界を持っている。魔神の『第三の眼』も、その世界にある。
「ここがその入り口だッ!!」
『刀』を突き立てた不死鳥模様こそが、その世界へとつながるゲート。ロン・ティールが態勢を立て直すよりも速く、ジェイは不死鳥の中へと飛び込んで行った。




