第198話 魔神のからだ 人の心
「きゃあぁぁぁっ!?」
突如現れた魔神、それに破壊される門。ワンテンポ遅れて悲鳴が上がった。状況を理解するのにしばしの時間を要したようだ。
「うわあぁぁぁっ!」
「化け物だあぁぁぁ!!」
それを皮切りに、野次馬達が我先にと逃げ出した。危なっかしいが、その場に立ち尽くされるよりかはマシである。
「明日香、あの人達を! 逃げた先で戦いに巻き込まれたら危険だ!」
「は、はい!」
「その通りを真っ直ぐ行けば広場がある! 避難させるならそこだ!」
「おおっ、ありがとうございます!」
明日香が侍女と共に動こうとしているのを見て、衛兵隊長が声を掛けた。
「皆さん、こっちですよー!」
抜き身の刀を目立つように掲げ、振り回しながら大声を上げる明日香。
すぐさま言われた広場に向けて駆け出すと、避難民達は我先にとその後に続いた。
「よし……我々は、ここであいつを止めるぞ!」
衛兵隊長の宣言と共に、衛兵達は陣形を組んで道を塞ぐ。魔神が逃げる人達を追えないように。
しかし、魔神という存在は衛兵達でどうにかなるものではない。誕生したばかりのものでも、それは同じだろう。
これは捨て置けないと、ジェイは矢面に立つべく一歩前に出る。しかし、魔神は彼に視線を向けようとしなかった。
魔神ならば人に似た姿をしていてもまったくの別物、背中側にも顔があったり、背中から攻撃する手段があってもおかしくない。
ジェイは油断せず身構えるが、すぐに魔神の方に攻撃する意図が無い事に気付いた。
というのも、魔神の視線は破壊された門を通って内都を脱出するフライヤと子供達に向けられていたのだ。その太い腕を伸ばし、瓦礫を越えられない子供の手助けまでしている。
「やりにくいな……」
その後ろ姿に、ジェイは思わず呟いた。心情的な話である。
一方、衛兵の隊長は使命感の方が勝ったようだ。
「に、逃がすな! 追え! 追え!!」
ハッと我に返ると、慌てて命令を飛ばした。
しかし、フライヤ達は既に門外に出ており、衛兵達もこのままでは逃げられると、慌ててその後を追おうとする。
当然、魔神となった僧兵がそれを許すはずがない。ギロリと衛兵達に視線を向けると、彼等はその眼光に思わず足をすくませた。
「おっと、それはさせんよ!」
だが、そこにジェイが割って入る。今度は彼が魔神の行く手を遮る形になり、その背後を十人程の衛兵達が通り抜けていった。
「グッ……!」
魔神は呻き声をもらして、ジェイと逃げるフライヤ達の背を交互に見る。衛兵を止めたい。しかし、ジェイも警戒しなければいけないとでも考えているのだろう。
「子供達に手荒な真似はするなよ!」
その時、ジェイが魔神に視線を向けたまま声を掛けた。フライヤ達を追い掛けていく衛兵達に向けて。
すると魔神はジェイに視線を固定する。仁王像のような顔から表情は読めないが、その態度は戸惑っているように見えた。
「そ、そうだ! 子供達を『保護』するのだ!」
それを見て、衛兵隊長はすぐさま追加の命令を出した。
魔神はジェイ、フライヤ達、衛兵達、衛兵隊長とせわしくなく視線を惑わせる。
それを見た追跡班は顔を見合わせ、コクリと頷くと「了解!」と一声発してからフライヤ達の後を追って走っていった。
魔神はその背に視線を向けるが、動かない。
衛兵を攻撃して止めるべきか否か、迷っているのだろう。
攻撃をすれば、間違いなくジェイが止める。戦闘行動に入る。その時にフライヤ達が巻き込まれないかと考えているのだ。
彼はジェイの魔法についてよく知らない。しかし、英雄と呼ばれるだけの戦いをしてみせた事は知っていた。
やがて衛兵達の背が小さくなる。フライヤ達は、更に遠くまで逃げているはずだ。
これならばと、魔神はジェイの方へと向き直った。
「どうやら、人としての意識は残っているようだな」
「……なんとかな」
ジェイの言葉に魔神は、明らかに人ではない異質な響きの声で、人の意志を以て答えた。
この場に残った衛兵達は、ジェイと魔神の様子を遠巻きに見ている。武器は構えているが、攻撃を仕掛けようなどとは露程も考えていないようだ。危機管理としては正しい。
「一時的に魔法使いになれるだけの紛い物を見た事があったが、それとは別か」
「フン……そんな物と、一緒にするな……」
じゃあどんな物なのかと問い詰めたかったが、ジェイはそれを口にはしなかった。どうせ答えない事は分かっているからだ。
紛い物のナイフと、僧兵が使った短刀。ハッキリと言ってしまえば、格が違う。それはそのまま作った者の格の差でもあるのだ。
そして僧兵は魔法使いではなかった。彼自身が作ったというのは有り得ない。
フライヤも違う。魔素水晶というのは通貨でもある。あれだけの物が手元にあれば、借金などしていないだろう。
つまり何者かが――おそらく今回の一連の事件の黒幕が――あの短刀を僧兵に渡した。
おそらくは、いざという時にフライヤを守るための物として。
危険な事だ。それぐらいの保険が無ければ、僧兵は協力しなかったのかも知れない。
そして今、こうして魔神となった。大した純愛、いや、殉愛である。
「フライヤのために、人である事まで捨てるか」
フライヤ自身は黒幕ではないだろう。しかし、眉我も心酔していた事を考えると、人を惹き付けるような何かがあったのだろうか。ジェイはふと、そんな事を考えた。
「教師を呼び捨てとは感心せんな……!」
異質な声に、不機嫌さが混ざったような気がした。
「そうさせたのはお前だろう?」
そう切り返すと、魔神は無言になった。自覚はあるのだろう。
「一応確認しておくが……フライヤは持ってないだろうな?」
「持たせる訳なかろうが……!」
不機嫌さを飛び越えて、怒りを滲ませた声。
だが、すぐに再び口を閉ざす。もう情報は提供しないという事だろう。
「……それじゃ、戦おうか」
これ以上会話が続かないならば、後はもう戦うしかない。
「あ~……名前を、まだ聞いてなかったな」
そして気付いた。僧兵の名前を知らなかった事を。
一瞬呆気に取られた魔神だったが、すぐに両腕で武術の構えを取った。
「……ティール……いや、我が名はロン。魔神ロン・ティールなり……!」
その言葉と共に、構えた両腕に電流が迸った。
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