第195話 虎穴に入らずんば
さらさらっとペンを走らせ、簡潔にまとめたと言うか、判明した情報を箇条書きにしただけのメモを書き上げたジェイ。
それを日記と共に使用人に渡すと、自らは剣を手に立ち上がる。
「『神愛の家』を押さえてくる」
「ならば、俺も……グッ!」
獅堂も立ち上がろうとしたが、直後痛みが走り、包帯が巻かれた肩を押さえる。
「怪我人は休んでろ」
「仕方ない……気を付けろ、さっき話した大男がいるかも知れん」
コクリと頷いたジェイは、使用人にモニカと彼の事を頼むと、そのまま部屋を出て行く。
それから明日香と合流。彼女の侍女も連れて三人で影に『潜』り、影世界を通って『神愛の家』へと向かう。
「フライヤ先生がですか!?」
その道すがら、日記から判明した事実を聞き明日香は驚きの声を上げた。
「優しそうな人だったのに……」
その反応に、ジェイは一瞬目を丸くする。
ジェイの彼女に対する印象も似たようなものだが、彼は明日香ほど驚いてはいなかった。
「……まぁ、敵ではあるが、悪人とはちょっと違うからな」
日記の内容も、フライヤを女神の如く慕い、心酔している様子だった。
フライヤは皆を救おうとしている。自分もそれを手助けするのだと。
日記によると、ジェイに冤罪を被せて巻き込もうとしていたのも、皆を救うための手段のひとつであったらしい。セルツ王家打倒のためにジェイの力が必要だったという事だろう。
「向こうは向こうで正義の味方のつもりでいるだろうな。それが厄介なんだが」
「そうなんですか?」
ジェイの言葉に、首を傾げる明日香。
「俺と龍門将軍だって、どっちかが正義でどっちかが悪って訳じゃないだろ?」
「おお、なるほど!」
かつて戦った父と婚約者をたとえに出された事で、明日香は納得したようだ。
今、町で起きている戦いもそうだ。極天騎士団にとっては内都を守る事が正義であり、暴動を起こしている者達はセルツ王家を打倒する事が正義なのである。
ジェイについても、王家打倒のために立ち上がるのが正義。そのために冤罪を被せるのも正義ぐらいには考えていたのかも知れない。
もっとも、彼等が集会で主張していたのは「地方を虐げる王家の打倒」だ。
しかし、フライヤはれっきとした内都華族。ジェイも中央側についている地方華族なので、それ自体をおかしいと言うつもりは無い。
だが「地方と中央の対立」という主張を鵜呑みにするのも危ういだろう。
その辺りを聞き出すためにも本人も確保したい。ジェイは『神愛の家』に急ぐべくスピードを上げるのだった。
この時、件のフライヤが何をしていたかと言うと――
「みんな、ちゃんと先生について来るのよ。はぐれちゃダメよ!」
「せんせー、どこ行くの~?」
――『神愛の家』から子供達を避難させようとしていた。
ここは戦場となっている住宅街から離れている事や、むしろ『神愛の家』のような大きな建物こそが避難所になるべき等、ツッコミ所はあるがそこまでおかしな行動ではないだろう。
子供達も何の疑問も持たずに大事な物だけを持って家を出る。
「フライヤ様、急ぎましょう」
「ええ、先導をお願い」
声を掛けてきたのは、いつもフライヤを護衛している大柄な僧兵。手には大振りの薙刀を持ち、白い頭巾を被って目元だけが見えている。
彼が先頭に立ち、一行は出発しようとした。
丁度その時だった、ジェイと明日香が侍女を伴ってその場に現れたのは。
「あら、二人とも……心配して来てくれたのですか? 流石は『アーマガルトの守護者』ですね」
通りを走って駆け付ける二人を見て、嬉しそうに微笑むフライヤ。自分が疑われているなど考えてもいないのだろう。
「子供達を連れて、どちらへ?」
「どこまで戦火が広がるか分かりませんから、今の内に安全な場所へ避難させようと……」
「ああ、なるほど……」
相槌を打ちつつ、ジェイは内心首を傾げていた。警戒してなさ過ぎると。
「どうかしましたか?」
何事かと戻ってきた僧兵。
「卿等は……何故ここに?」
こちらは警戒心もあらわに、ジェイ達をジロジロと見ている。
フライヤが敵側だとすれば、彼もそうだろう。ならば、ジェイがあまり出歩けない状態にある事も知っているはずだ。
その手に持った薙刀。それを見た時、ジェイの中でひとつの情報と結び付いた。
獅堂が戦ったというハルバードを持った覆面の大男。あれも薙刀と同じ長柄武器だ。
ハルバートの大男は、この大柄な僧兵だったのかも知れない。そう疑念を抱いた時、ジェイはひとつの結論にたどり着いた。
彼は、眉我邸を燃やした事で証拠を隠滅できたと思っているのではないだろうか。獅堂が咄嗟に日記を持ち出した事に気付いてないのではないだろうかと。
「……『守護者』殿?」
訝し気な目線を向けてくる僧兵。ジェイは誤魔化すように咳払いをして答える。
「ん、ああ……最近、誰かさんのせいで家に閉じこもりっばなしだったからな。気晴らしに狩りに来たところを巻き込まれたんだ」
「あら、それは災難でしたね」
やはりフライヤは無警戒だ。演技の可能性もあるが、ジェイ達は違和感を感じなかった。
対して僧兵の方は、何か言いたげな目をしている。やはり疑っているのだろう。
しかし、バレたとの確信も持っていない。
確信を持っていないのは、ジェイ達も同じだ。
フライヤが関係者である事は間違いないだろうが、どこまで関わっているのか。
「これだけの人数を二人だけで避難するのは大変でしょう。手伝いますよ」
ならばとジェイは、助太刀を申し出た。
敵がセルツ王家打倒を考えているならば、内都の戦火は益々拡大するだろう。そうフライヤが先程言った通りに。
その状況で子供達を避難させる場所は一体どこなのか。彼女が子供達をどこに連れて行くのかが気になったのだ。
「よろしいんですか?」
「この状況なら、手を貸しても王家を差し置いてとか言われないでしょう」
「…………ありがとうございます。それでは、お願いします」
王家に配慮する言葉があったためか、一瞬の間があった。
しかし子供達を避難させるのに人手が必要となるのは間違いないのか、フライヤは素直にジェイ達の申し出を受け容れるのだった。
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