第194話 図書館技能でd100ロール
「婿殿、ここは任せるぞ」
そう言って冷泉宰相は部屋を出て行った。愛染と今後の事について相談するのだろう。
残されたジェイは、手にしていた日記に視線を向ける。
獅堂は日記をハズレだと言ってたが、ジェイは別の可能性を考えていた。
「ジェイ、それは……」
無言で日記を開いて読み始める婚約者に、隣のモニカが声を掛けた。
対するジェイは、日記に目を通しながら静かな声で答える。
「眉我が来た時は……子爵になった妬みか何かは知らないが、俺を落とすのが目的だと思ってた」
評判を落とす、政治的に蹴落とす。程度に差はあるが、その辺りが理由だろうと。
「だが、今の状況を見るに、どうやら違ったらしい」
「……まぁ、陛下が狙われたもんね」
ジェイに冤罪を被せようとしたのも、地方と中央の対立を煽ったのも、全ては中央の王家を弱体化させるため。
それだけで終わるはずなく、セルツ王家を打倒する事まで考えられているだろう。
「今回の件を地方と中央の対立と考えた場合、どっちかが悪って訳じゃないんだよな」
「……まぁ、どっちも自分達が正しいって思ってそうだよね」
かく言うモニカは、平民視点で「実際どうかは分かったものではない」と考えていたが。
一方ジェイは、ある一点に注目していた。
「そう、正しいって思ってるんだよ……だったら、書いてると思わないか?」
「えっ? あ~……」
セルツ王家転覆、それを果たす事ができれば「栄光の歴史」の一節だ。自慢げに日記に書き残している可能性は十分に考えられる。
そのままジェイは、日記の中にそれらしい記述が無いかを探し始めた。モニカも隣から日記を覗き込んでいる。
「……マグドクじゃなかろうな?」
それを見ていた獅堂が、不安気にポツリと呟いた。セルツ王国の転覆を狙う黒幕。それを考えた時、真っ先に浮かんだのが故郷マグドクだったのだ。
五つの国からなるセルツ連合王国。セルツに対抗し得る国力が有るとなると、真っ先にマグドクの名が挙がる事は確かだ。セルツから見れば、他四国は地方である事も。
実際セルツに対抗心を抱いている者も多い。獅堂も考えた事も無いと言えば嘘になる。セルツ王家を転覆させたいとかは流石に考えた事も無いが。
「どこか一国と言うより『純血派』の可能性の方が高そうだが……」
ジェイが『絶兎』の顔を思い浮かべながら言う。『純血派』は各地に散らばり、国の垣根を超えたつながりを持っている。
モニカが日記を覗き込んでいた顔を、ジェイの方に向ける。
「でもジェイ、あいつらは地方がどうとか言ってるんだよね?」
「『純血派』は地方の方が多いんだ」
「そうなのか?」
地方出身者である獅堂も首を傾げた。魔法使いと縁が薄かったら、そういう反応になるのも無理は無い。しかし、地方に『純血派』が多いのは事実だ。
なにせ彼等は、魔法国が滅んだ時にセルツから落ち延びた者達の末裔。落ち延びた先の他国に根を下ろしていたら、後にその国も連合王国に組み込まれたという流れがあったりする。
「……あった」
その時、ジェイがページをめくる手を止めた。
モニカが覗き込み、ジェイを見てコクリと頷く。魔法『天浄解眼』で、そこに書かれている事が嘘ではないと判定したのだ。
だが、ジェイの方は眉をしかめる。というのも、そこに書かれていたのは自慢話というか、自己陶酔しているのが透けて見えるような日記だった。
つまりこれは子孫に向けての見栄などではなく、本気で書いていたという事となる。眉我という男、悪い意味で文才があったようだ。
読むと頭が痛くなりそうな代物だが、重要な情報だと読み進めて行く。
なお、モニカは数行読んだところで目を逸らした。本好きだけに、余計に許せなかったようだ。
「……なるほどな」
そして苦行の時間を終え、ジェイは日記を閉じた。心なしか、閉じる手に力が込められているような気がする。
「ジェイ、大丈夫?」
「隊長、どうだった?」
口々に声を掛けてくるモニカと獅堂。
ジェイはこめかみを押さえ、ひとつため息をついてから口を開く。
「やはり、眉我が俺の所に来たのは計画の内だったらしい」
「やっぱり……!」
「『華麗なる一番槍』だとか『革命の鏑矢』とか、色々と書いてるぞ」
モニカが、ものすごく嫌そうな顔をした。
「『革命』……?」
一方獅堂が注目したのは、その一言。
「敵の目的は、やっぱりセルツ王家の打倒みたいだな。革命というのは、地方が中央を打倒するというお題目だろう」
側に控えていた使用人に何やら頼みつつ、ジェイが答えた。
セルツ以外の四国、『純血派』、どちらも黒幕候補として考えられる。両者が手を組んだ可能性も含めてだ。
「でも……」
ここでひとつ、モニカが疑問を口にする。
「眉我は……どっちでもないよね?」
そう、眉我は極天騎士。中央でも一握りのエリート。地方と中央が対立すれば、中央側で戦うべき人物である。
それが何故、今回の一連の陰謀の中で地方側についたのか。
「……どうも勧誘されたみたいだな」
「ああ、中央にも革命に賛同してる人がいる!とか主張するためのか?」
獅堂の言葉に、ジェイは首を傾げる。
「それにしては小者という気もするが……」
「ジェイに濡れ衣着せるのに使いやすそうだったんじゃない?」
呆れ気味のモニカの一言に、ジェイと獅堂は顔を見合わせ、そして納得した。
要するに眉我は利用されたのだ。日記の陶酔っぷりを見るに、勧誘の際には色々と調子の良い事を囁かれていたのかも知れない。
「誰だよ、勧誘したヤツ」
そうぼやく獅堂に、ジェイは開いた日記を差し出した。もう片方の手で、開かれたページの一点を指差しながら。
先程の二人の様子を思い出しながら、獅堂はあまり周りを見ないように指差された辺りの単語を読む。
「……フライヤ先生!?」
そこに書かれていたのは、華族学園の生徒にとっては馴染みのある名前だった。
まさかと思い、獅堂はひったくるように日記を取って、名前の前後を読む。
するとそこには、フライヤの事を女神の如く褒め称える詩のようなものが書き連ねられていた。少々過剰な表現が多いが、相当惚れ込んでいたであろう事は伝わってきた。
「えぇ……フライヤ先生は眉我を誘惑してたって事?」
「先生が誘惑って言うよりは、眉我が心酔してたって感じかなぁ……日記を読んだ限りでは」
そう返しつつ、ジェイは使用人から紙とペンを受け取り、何やら書き始めた。
何をしているのかと、獅堂は訝し気な顔になる。
「ハッ、まさか詩心で対抗心を……!」
「そんな訳ないだろ。要点のまとめをな」
眉我の日記から分かった事をまとめているのだ。
「あの日記、読んでもらえるか分からないだろ?」
「…………ああ」
「なるほど……」
下手をすれば無礼と思われるかも知れない。ジェイの言葉に、モニカと獅堂は納得するしかなかった。
今回のタイトルの元ネタはTRPGですが、特に『クトゥルフ神話TRPG』をイメージしています。
日記の内容的にSAN値チェックが必要になるでしょう。
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