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第193話 嵐の前

 獅堂達と愛染達、先に冷泉邸に到着したのは愛染達の方だった。

 『風の丘』に向かっていた彼等の方が距離が有るはずだが、相当急いでここまで戻ってきたようだ。

 愛染が到着したと知り、玄関ホールまで迎えにきたアルフィルク。彼の姿を確認すると、思わず駆け寄って抱き着いた。

「愛染~っ!」

「陛下! よくぞご無事で!」

 ひしっと抱き返す愛染。しかしアルフィルクは、次の瞬間ガクッと力無く崩れ落ちそうになる。愛染の顔を見た事で安心して力が抜けたというのもあるかも知れない。

 咄嗟に抱きかかえる愛染。その様子は王と騎士というよりも親子の様に見えた。

「愛染様、陛下をこちらへ」

「あ……ああ、そうだな、陛下にはお休みになっていただかねば……!」

 エラの案内で、愛染は先程までアルフィルクを休ませていた部屋へと向かった。

「ジェイ、ジェイ、あたしももう少し付いていますね」

「ああ、ここにお連れした事はバレていないだろうが、推理はできるかも知れん」

「襲撃があるかもって事ですね! 分かりました!」

 そう言って明日香も、ジェイに大きく手を振りながら愛染達に付いて行った。


 そして獅堂が冷泉邸に到着したのは、その直後の事だった。

「すまない、してやられた……!」

 ガックリと項垂れている獅堂。ジェイ達はアルフィルクの事があるため駆け付ける事はできなかったが、騎士達の住宅街で暴動が起きているという報告は先程冷泉邸にも届いていた。

 巻き込まれた獅堂は、大きな怪我こそしていないもののそこかしこに傷を負っている。

 冷泉宰相はすぐに彼等を応接間に通した。報告を受けるためにジェイとモニカ、そして屋敷の主人として冷泉が同席している。

「それにしても、どうしてここに?」

 キョロキョロと辺りを見回しながら、疑問を口にする獅堂。

「誘拐されていた陛下を助けてな。宰相に保護してもらうために連れてきた」

「何をやっとるんだ、セルツの宮廷は……」

 かく言う獅堂は、マグドクの人間である。

 侍女を呼んで怪我の手当てをさせるのだが、衣服を脱がせたところ、獅堂の懐から一冊の本が落ちた。

「それは?」

「ああ……持ち出せたのは、これだけだ」

 そう言って獅堂が拾い上げた本は、眉我の日記だった。

「日記は重要だって話をどこかで聞いた覚えがあって、咄嗟にな……」

「なるほど、そういう……」

 得心するジェイ。華族、特に当主の日記という物は、個人のそれとは少々赴きが異なる。

 たとえば大きな自然災害。先祖の日記から前兆や被害規模を知り、前もって安全な場所まで避難できた等、華族の日記というのは子孫のための資料として書いている側面が有った。

 そのため獅堂も、襲撃された際に手近に有ったそれだけを掴んで飛び出したという。

「だが……ハズレだったかも知れん」

 獅堂は日記をジェイに手渡し、そして大きなため息をついた。

 子孫に読まれる事が前提であるためか、見栄から誇張して書かれる事も多々あるため油断できないのが当主の日記という物だ。

 そんな物に自身の失態、悪事について書いているだろうか。そんな獅堂は、日記を持ち出したのは失敗だったかも知れないと考えていた。


 対してジェイは、日記の表紙をじっと見て考え込んでいる。

 金貸しのオリヴァー殺害から始まった一連の事件は、紆余曲折を経て少年王アルフィルクの拉致へと至った。

「……今回の件、最初は俺狙いだと思っていた」

 オリヴァー殺害の件で、極天騎士団から眉我が来て、そして彼も殺された。

 その件で極天騎士団に疑われ、町ではそれを不当だと騒ぎ立てる。

 最終的には中央と地方の争いに持って行こうというのが敵の計画。それがジェイの推察だ。

「武者大路の奴が、思いの外冷静で助かったわ」

 冷泉宰相が、ソファに身を沈めて言う。不機嫌そうに聞こえたのは気のせいではあるまい。

 彼の対応次第では、ジェイが中央に対して叛旗を翻していた可能性があっただろう。

 冷泉宰相の機嫌の悪さは、そのような謀略を仕掛けられているのに、何もできなかった自分自身への怒りもあるのだと思われる。

「でも、ジェイは乗らなかったよね?」

「まあ、な」

 そう、ジェイは敵の思惑には乗らなかった。極天騎士団長の武者大路の対応故である。

 眉我と同じように疑惑を向けてきたら、それこそどうなっていたか分からない……が。

「仮に叛旗を翻したとしても、あいつらとは組まないよ」

 ああやって町で騒いでいるだけの連中が、当てにできるとは思えなかった。

「……危ういぞ『アーマガルトの守護者』」

 冷泉宰相が、咳払いして諌めた。

 しかし、対するジェイは特に悪びれた様子も無い。実際に濡れ衣を着せられる等、中央の対応次第では叛旗を翻す。それは否定できないためだろう。

「それに、だ。今の状況を見るに、そなたの方も本命ではなかったのではないか?」

「集会で地方と中央の対立を煽った際に乗らなかったから、やり口を変えてきたのでは?」

「……なるほど」

 頷く冷泉宰相。納得できる推論だった。

 敵の当初の目的は、地方と中央の対立を煽り、ジェイを地方側として巻き込む事。

 しかし彼が乗ってこなかったため、アルフィルク王の誘拐に切り替えた。集会を続けて春草騎士団長である愛染を誘き出したのだ。

 一件無関係のように思える二つだが、その共通点から敵の目的を推察できる。

「……中央、王家の弱体化……」

 モニカがポツリと呟いた。

 そう、どちらも達成できれば、その先に待っているのはセルツ王家の弱体化である。


「ちょ、ちょっと待て!」

 不意に大声を出したのは獅堂。身体中何か所も包帯を巻いている。

 上着を着ようとしていたところだったようで、着終えてから続きを口にする。

「隊長を巻き込もうとしていたのは分かる! だが、そこからどうやって陛下の誘拐につながるんだ!?」

「そこだよ」

「どこだ!?」

 集会の件が収まらず騒ぎが拡大しているという報告を受けて、公儀隠密のような立場にあった愛染が調査のためにアルフィルク王の側を離れた。王の誘拐は、その隙を突いた形となる。

「愛染団長を動かした、或いは動かさざるを得ないようにした奴が宮廷内にいる……かも知れない」

「確定ではないのか?」

「俺が中央との対立に乗らなかった時点で、奴等の当初の予定は狂ってるんだ。そこからは即興でやっている可能性もゼロじゃないんだよなぁ……」

「それ、相当な綱渡りだよね?」

 モニカがすかさずツッコんだ。

「ウム、即興だとしても宮廷内の情報を得る手段は持っているだろうな」

「そうか、だから宮廷ではなくこちらに……!」

 そして冷泉宰相が補足。それで獅堂も納得したようだ。

「……極天は既に動いた。町の暴動はじきに収まるだろう」

 そう言って冷泉宰相は、窓の外に視線を向けた。住宅街から上がっていた煙は収まりつつある。

「それで、陛下を宮廷に戻すのですか?」

 ジェイが問い掛けると、冷泉宰相はソファに背を預けて天井を仰ぎ見る。

 宮廷に潜む敵の正体は、その数は、まだ分からぬ事が多い。

 陛下を戻して対処するのか、対処してから戻すのか。愛染とも話し合わないといけないだろう。

「さて、どうしたものかな……」

 様々な状況を想定しつつ、冷泉宰相は小さな声で呟くのだった。

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