第192話 騎士団は遅れてやってくる
「誰が火を放った!?」
通りで戦っていた騎士の一人が怒声を飛ばした。
それが耳に届いた獅堂は、眉我邸の炎上に気付いてくれたのかと思ったが、そうではない。
にわかに騒がしくなる背後の通り。何かおかしいと獅堂がチラリと視線を向けると、周囲の建物も炎上していた。それも一軒や二軒ではない。通りのそこかしこで火の手が上がっていた。
「なっ……!?」
思わず声を上げて、そちらに顔を向けてしまう獅堂。
大男はその隙を逃さずハルバートの穂先で腕を狙ったが、忍軍の一人が横から剣を叩き付けて攻撃を逸らす。
「油断しないでください!」
「スマン、助かった!」
声を張り上げながら、忍軍は腕のしびれを感じていた。次は防げるかどうか。助けた忍軍の方も内心余裕は無かった。
この男と戦い続けるのは危険だ。忍軍だけでなく獅堂もそう考えていただろう。
しかし大男は、彼等をここで足止めする。あわよくば倒してしまおうと考えているようだ。絶え間なく攻撃を繰り出してきて、獅堂達は防戦一方となってしまう。
隙を見せればやられる。極限の緊張感がしばし続く。
そして流石の獅堂も息切れし始めたその時、状況に変化が訪れた。
「極天騎士団である!!」
通りに響き渡る大きな声。戦っていた者達は、思わず一瞬その動きを止めた。
そう、火事の煙は周囲に異変を報せ、内都を守る極天騎士団を駆け付けさせたのだ。
通りを塞ぐようにズラっと並ぶ完全武装の騎士団。既に包囲は完了しているようで、通りの両側から騎士団員達が突入してきた。
幸い敵は白ずくめの覆面姿で見分けがつきやすい。すぐさま各所で極天騎士が援軍に加わり、形勢が一気に逆転する。
「……チッ!」
大男は小さく舌打ちすると身を翻して庭に駆け込み、隣家と隔てる壁をハルバートの斧刃で破壊してそのまま逃走。
「ま、待て!」
「獅堂殿こそ待ってください!」
獅堂は咄嗟に追おうとしたが、忍軍が慌てて止めた。
「今はそれより裏口の確認です! 火を着けられたという事は、やられているかも……!」
「ムッ、それはまずい……こっちだ!」
負傷している可能性もある。獅堂は慌てて駆け出した。
屋敷は既に燃えているため、外側を回って裏口に行こうとする。
「なっ……!?」
すると屋敷の側面に回り込んだところで、大きな火が行く手を阻んでいるのが見えた。思わず獅堂は足を止める。
油の臭いが鼻につく。どうやら火元は裏口ではなく、ここだったようだ。窓は割れており、既に中にも燃え移っている。
「そこにいるのは獅堂殿ですか!?」
その時、火の向こうから声が聞こえてきた。裏口を守っていた忍軍だ。
「そうだ! お前達も無事だったか! 敵は?」
「極天騎士団の到着に気付くと、裏通りへ……」
こちらも火事に気付いてようで、追い掛ける事ができなかったらしい。
裏口側の無事を確認できた獅堂。火をどうにかできないかと屋敷を見上げる。
「これが狙いかッ!」
そして気付いた。真上にある二階の部屋。既に火が回っているそこが、書斎であった事に。
火の勢いは強く、もはや手に負えない状態だ。
「くっそおぉぉぉぉぉッ!!」
「お、落ち着いてください獅堂殿!」
今にも屋敷に飛び込もうとする獅堂。忍軍達はそれを数人掛かりで取り押さえながら、その場を離れるのだった。
一方、ジェイ達は冷泉邸にたどり着いていた。
周りにバレないよう屋敷の中、奥まった一室で影世界から出る。
すぐに報せを受けた冷泉宰相が駆け付けた。
「よくやった!」
大きな音を立てて扉を開けた冷泉宰相は、ズカズカとジェイに近付き、両手でバンバンと肩を叩いた。アルフィルク王を救出した事を褒めているのだろう。
当のアルフィルクは、いつもは氷のように冷徹な老人が大興奮している姿を見て、怯えて明日香の陰に隠れてしまった。
冷泉宰相はひとしきり褒めた後、ジェイの両肩を掴み、真っ直ぐに見据えてくる。
「……いるのか? 宮廷ではなく、ここに連れて来たという事は」
「それは、なんとも……誘拐犯の侵入方法がまだ分かってませんので」
二人の会話に、明日香とその陰から覗き込むアルフィルクが揃って首を傾げた。
モニカとエラは理解していたが、アルフィルクの前で口にするのは憚られる内容だ。
と言うのも、ジェイがアルフィルクを宮廷に連れて行かなかったのは、宮廷に内通者がいる可能性を恐れたからだ。
宮廷にいる王を拉致する。はたして内部の協力者無しに実現できるのかという話である。
そもそも愛染団長が不在の隙を狙われたというのが怪しい。
現在宮廷では、アルフィルク王拉致については緘口令が敷かれている。しかし人の口に戸は立てられないのか、少しずつその情報は町に漏れつつあった。
冷泉宰相が内通者を疑っているのは、彼も独自に町へ人をやって調べさせたところ、その情報漏洩に気付いたからである。
「宰相、とにかく陛下にはお休みいただいて……」
「ウ、ウム、そうだな」
ハッと我に返った冷泉宰相は、すぐさま屋敷の者達に指示を出してアルフィルクを休ませる事にする。念を入れて、特に信頼厚い者達を選んでいる。
「エラ、明日香」
ジェイが声を掛けると、エラはコクリと頷いた。明日香も「お任せですよっ!」とぼよんっと自分の胸を叩いてみせた。
二人と明日香の侍女には、アルフィルクについていてもらう事にする。
彼にしてはこの屋敷は知らない人ばかりだろう。唯一知っているのは、怖い冷泉宰相。
エラ達もほぼ初対面のようなものだが、救出してここまで連れてきている。まったく見知らぬ者達に囲まれるよりは安心できるだろう。
そしてジェイとモニカも、冷泉宰相と共に別室へと移る。
長い廊下を、冷泉の後を追って進んで行く。その途中彼が前を向いたままポツリと呟いた。
「陛下の御身は確保する事ができた。さて、宮廷の誰に報せればいいのか……」
誰が内通者か分からないと、報せる動きが察知される事も考えなければいけない。
「愛染団長が誘拐犯の後を追っていれば、家臣の者達からこちらに陛下がいる事を伝えられているはずです」
ジェイの言葉に冷泉宰相は足を止めて、振り返る。
「……なるほど、あやつが『陛下』を裏切る事はあるまい」
そしてどこか遠い目をしてそう呟くと、再び前を向いて歩き出した。
ジェイとモニカは、その眼差しが気になった。
その陛下と言うのはアルフィルクの事なのか。それとも、華族学園で同級生だったと言うアルフィルクの父親である先代の陛下の事なのか。
あるいは、その両方なのかも知れない。顔を見合わせた二人は、そんな事を考えながら冷泉宰相の後を追うのだった。
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