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第189話 空前絶後の大魔法

「向こうに血の痕があった。誰かが狩りに来ていたのかも知れん」

 その時、ジェイ達がいた場所を調べに行っていた一人が戻ってきた。

 当然ジェイ達の姿を見付ける事はできず、魔物の血痕等誰かが狩りをしていたであろう痕跡を見付けるだけに留まったようだ。

 その報告を聞いた誘拐犯は、すぐにその場を離れるかと思いきや、腰を下ろして休み始める。

 当然休みながらも、縛ったアルフィルクからは目を放さないようにしているが。 

「ジェイ、あれ誘拐ですよ! 誘拐!」

 そんな様子を眺めながら、ジェイの服を掴んでガクガク揺さぶる明日香。

 アルフィルク王の顔を知らないため、単に子供が攫われていると思って怒っている。侍女も子供を放ってはおけないと義憤に駆られていた。

 一方、その子供がアルフィルク王だと気付いたジェイ。何故こんな所に陛下が。春草騎士団は何をしていたのか。様々な疑問が浮かび、揺さぶられながら絶句していた。


「上手く行ったようだな」

 そうしている内に、誘拐犯達の後ろに一人の男が現れた。

 ジェイは明日香の肩を掴んで揺さぶるのを止めさせる。明日香が何事かと彼の顔を見ると、その顔には驚きの色があった。その男がいつ現れたのか、見えなかったのだ。

 男はフードを被っておらず、顔が見えた。深い紅の瞳で、鋭い目付き。色白の男だ。精悍な顔付きで、それほどの年齢ではない。ジェイ達より年上のようだが、十歳も離れていないだろう。

 長身で堂々とした体躯である事は、マントの上からでも推察できる。ウェーブがかった長い銀髪で、二房の髪が兎の耳のように逆立っていた。

「『絶兎(ぜっと)』か……お前がやれば、こんな苦労をせずに済んだのだがな」

「俺しかできないとなれば是非も無しだが……そうではなかったからな」

 アルフィルクを担いできた男が愚痴を言うと、対する『絶兎』と呼ばれた男は、悪びれる事なくしれっと返した。

 暖簾に腕押し、糠に釘。周りの男達も、呆れた様子で互いに顔を見合わせるしかない。

「よし、この場を離れるぞ」

 そんな周りの心情など意にも介さず、『絶兎』は踵を返してその場を離れようとする。

 周りに目も向けずスタスタと歩き去っていこうとする彼の様子に、誘拐犯達は慌てて立ち上がってその後を追おうとする。

「ん……?」

 その時、一人の男がある事に気付いてキョロキョロと辺りを見回す。

「お、おい! あいつがいないぞ!」

 ざわつく誘拐犯達。『絶兎』も足を止めて振り返る。

「王もだ! あいつ、どこに行った!?」

 そう、アルフィルクを担いで来るはずだった大柄な男が、忽然と姿を消していたのだ。

「誰か見たか!?」

「い、いや……」

 焦った声で言い合う誘拐犯達。しかし、アルフィルクを担いだ男がどこかへ移動するのを見た者はいなかった。

「まさか! 向こうにいたのは人ではなく魔物だったのか!?」

「どんな魔物だって言うんだ!?」

 何が起きたか分からぬ状況に混乱する誘拐犯達。そんな中『絶兎』は、周囲の騒ぎには一切加わらず、無言のまま辺りを見回していた。

 種明かしをしてしまうと『影刃八法』によるもの。誘拐犯達が立ち上がろうとした瞬間を狙い、アルフィルクを担ぎ上げようとしていた大男を影世界に沈めたのである。

 当然アルフィルクも一緒に沈んできたが、そちらは影を使って安全に受け止めている。

 なお、大男の方はそのまま影世界の地面に叩き付けた。

「誘拐犯、召し捕ったりぃー!」

 そのまま明日香と侍女によって捕らえられる。

「大丈夫ですか、陛下」

 ジェイはその間に、アルフィルクの猿轡と縄を解く。しかし、自由の身となった少年は無反応。まだ状況が理解できていないようで呆然自失であった。

 しかし、これでアルフィルクの安全は確保できた。そこで彼の事は侍女に任せ、ジェイと明日香は残りの誘拐犯の方を先に対処する事にする。


 二人で表の世界を見上げると、怯え混じりに消えた仲間を探す誘拐犯達の姿があった。

 いつの間にか、すぐ近くにいたはずの仲間が消えたのだ。未知の魔物を疑うのも無理は無い。

「混乱してますね」

「これ結構効くんだ……が」

 密かに一人ずつ捕獲していき、残った者達の恐怖を煽る。アーマガルトでは、幕府の隠密部隊によく使っていた手だ。人気の無い廃屋等に潜伏している者達には、特に良く効いたものだ。

 いつもならば、このまま一人ずつ捕らえて行ったり、影から飛び出して奇襲を仕掛けたりもできるのだが……。

「……あいつは違うみたいだな」

 ただ一人『絶兎』は違った。

 彼は焦った様子も無く空を見上げ、右、左、そして足下に視線をやる。

「全員木に登れ! 地面から攻撃してくるぞ!」

 そう言って右手を手近な木の枝に向ける『絶兎』。他の誘拐犯達は呆気に取られて動けない。

 しかし『絶兎』は、彼等が動き出すのを待つ事なくフッと姿を消した。そして次の瞬間、手を向けた先の枝の上に姿を現す。

 それを合図に誘拐犯達は弾かれたように動き出し、それぞれ近くの木に飛び付いて登り始めた。

 その間『絶兎』は地面を注視しているが、怪しい動きは無い。


「あいつの魔法……転移か?」

 一方影世界では、ジェイが『絶兎』の魔法を分析。先程の木の上への瞬間移動を見て、ジェイは空間に干渉する魔法と判断していた。

 地面――下側からの攻撃というのも、影世界とつないだのを察知したのだろう。ジェイも先程の転移で同じように感じたのだ。

「ジェイ、皆逃げますよ!?」

「……いや、あれは大丈夫だ」

 これがジェイであれば、木の枝から枝へと飛び移って移動していただろう。明日香ならば似たような事ができるはずだ。

 しかし誘拐犯達は、そうではないらしい。幹にしがみついて難が去るのを待っているようだ。

「あれ、動けそうにないですね」

「平気なのは、あいつだけだろ」

 ジェイの言う通り『絶兎』だけは平気そうで、次の地面からの攻撃を待っている。

 ジェイにしてみれば散り散りに逃げられた方がやりにくかっただろう。誘拐犯達の方も、その方がやりやすかったはずだ。

「……あの『絶兎』ってヤツは、逃げずに迎え撃ちたいんだろうな」

 木に登れという指示も、自分が「敵」を迎え撃ちたいという考えが第一にあって、仲間の事は考えていなかったのだろう。実際仲間の事をそこまで気に掛けているようには見えない。

 その結果、彼は致命的なミスを犯してしまった。

 というのもジェイの魔法は影が起点であって、先程下側からだったのは足下の影を使ったからに過ぎない。地面そのものは関係無いのだ。

 一度の攻撃、しかも見えなかった攻撃で理解しろというのが無茶では有る。

 その勘違い故に地面から離れ、見えにくい木の上を選んだのだろう。

 しかし、そこは陽射しを遮る木の葉が有る、影のテリトリーなのだ。

「うわっ……!」

「なっ!?」

「ぐっ……!」

「むぐぅっ!」

「ひぃ! 助け……!!」

 五度短い悲鳴が聞こえ、そして静寂が訪れた。

 ジェイが『絶兎』以外の誘拐犯達を、一人ずつ影世界に引きずり込んだのだ。

 その間『絶兎』は、攻撃を正体を探ろうと神経を研ぎ澄まさせていた。

 彼も空間の干渉する魔法の攻撃を受けている事は理解していた。だが、その正体が掴めない。

 引きずり込まれる現場を見れば、影を起点としたものである事は一目で気付けただろうが、バラバラの木に登っていた事が仇となった。

 一方ジェイも『絶兎』の魔法を警戒して、攻撃を躊躇していた。

 下手に引きずり込んで、影世界の中で転移の魔法を使われる。お互いの魔法が干渉しあって影世界が解けるというのは十分考えられた。

 そうやって全員表の世界に放り出されてしまうと、転移魔法の使い手相手にアルフィルク王を守るのが難しくなってしまうだろう。

 どうしたものかと考えていると、先に『絶兎』の方がしびれを切らして動いた。

 彼の左の掌の上に浮かび上がる光点。しかし、それで何かをするでもなく、続けて右の掌を地面に向ける。そちらには光点が生まれない。

 ジェイは何事かと影世界から様子を窺う。

 次の瞬間、パァンと風船が弾けるような音と共に、地面が大きく抉り取られた。一瞬で円筒状の大きな穴が開いたのだ。

「どこに隠れている! 出て来い!」

 そう言いつつ魔法を使い、更に二つの大穴を開ける『絶兎』。

「そのまま土の中で果てる気か?」

 そう言いつつ三度目の魔法を発動。それは地面だけでなく、彼と地面の間にあった木の幹も大きく抉り取り、木は大きな音を立てて倒れた。

 それでも姿を現さぬ「敵」に対し、『絶兎』は大きくため息をつく。

「出て来んか……それも良かろう! ならば、そのまま我が究極魔法『空幻絶兎(くうげんぜっと)』の餌食となるがいい!!」

 その言葉と共に、同じ動作で四度目の魔法を放った『絶兎』は、二本の木と地面に今までの倍以上の大穴を開ける。


 彼は知らなかった。彼の探す「敵」ジェイは、一発目の魔法を見た直後『絶兎』に影を『添』わせて、その場から離脱していた事を……。

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[良い点] わかってたけど、ジェイの魔法が誰よりも潜入誘拐離脱に向いてるの草なんだわ >これ結構効くんだ こちらの攻撃は何一つ効いた様子もなく 対処法どころか何をされているかもわからず ひとり、ま…
[良い点] >暖簾に腕押し、糠に釘。 そして、影に究極魔法。
[一言] もしかして、魔神が絶兎?
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