第188話 闖入者
一方、内都で騒ぎが起きているなど知らぬ風の丘のジェイ一行。
「やりました!」
弓で仕留めた獲物を持ち上げ、輝かんばかりの笑顔を見せる明日香。
獲物は鹿型の魔物。枝分かれしたナイフの材料にもなる鋭利な角を持っており、頭突きで攻撃してくる。人間からすれば角の高さが丁度腹や太もも辺りに有るため危険度が高めの魔物である。
明日香はそれを容易く弓で仕留め、そして軽々と掲げている。
「お見事です、姫様!」
侍女も慣れているのか、にこやかな顔で平然と拍手していた。
獲物を手に、ジェイに駆け寄る明日香。その目が褒めて、褒めてと主張している。ジェイが頭を撫でると、明日香は嬉しそうに目を細め、その手に頬をすり寄せた。
「ジェイの方はどうでした?」
「こっちは小物ばかりだな」
そう言ってジェイが視線を向けた先には、鳥型の魔物が数羽積み上げられていた。
大きさこそ明日香の獲物には届かないが、剣や刀はもちろん弓でも仕留めるのが難しい魔物である。当然、魔法によって『射』落としたものだ。
これ以上は運ぶのも大変だと言う事で、そろそろ戻ろうと準備を始める三人。
そこで真っ先に異変に気付いたのは、やはりジェイであった。
咄嗟に明日香の肩を抱き寄せて屈む。何か勘違いしたのか二人から背を向けようとする侍女に「しゃがめ」と声を掛ける。
元々護衛も兼ねている侍女、流石に切り替えは早いようで即座にしゃがんで周囲を窺う。
ジェイは明日香と侍女に交互に視線をやって頷き、無言で一点を指差す。
二人がそちらを見ると、木々の向こうに開けた場所が有るようで、そこに人影が見えた。
人数はジェイ達と同じく三人。マントに付いたフードを目深に被っている。
しかもそのマントは、野外活動用ではなく隠密行動用の物に見える。
何よりその三人は、キョロキョロとせわしなく周囲の様子を窺う態度が不審であった。
「さっきの明日香の声が聞こえてたかな?」
ジェイがポツリと呟くと、抱き寄せられていた明日香が彼の顔を見る。
三人の内一人が別行動を開始。明らかにジェイ達がいる方に向かってきている。先程の声でおおよその方角を掴んでいるのだろう。
「待て、隠れるぞ」
腰の刀に手を掛けた侍女を、ジェイが声を掛けて止める。
『影刃八法』で影世界に『潜』ったのだ。もちろん獲物も忘れない。
そのため茂みをかき分けてフードの男が来た時には、三人と獲物の姿はとうに影も形も無くなっていた。
「ん? これは……!」
だが、その男は目敏く僅かな血痕を見付ける。獲物の血だ。
「血だ! 何かいたみたいだぞ!」
彼は即座に声を張り上げて二人に報せ、自らは懐から短杖を取り出して周囲を警戒する。
「ジェイ、あれ!」
「魔法使いみたいだな……」
影世界から覗いていたジェイ達は、この男が魔法使いである事に気付いた。
「魔王教団でしょうか?」
「さて……この辺はエラも知ってた訳だし、他の華族がいても不思議じゃないんだが……」
森の中で何かの気配を感じ、調べに行くと誰もおらず、ただ血痕が残されていた。並べてみると警戒に値する状況なのは間違い無い。
もっともジェイ達は影世界に『潜』っているため、いくら探しても見つからない訳だが。
一方ジェイ達も、男達の正体を掴みかねていた。
この男が魔法使いだからと言って、魔王教団とは限らない。九割方『純血派』であろうが、それ自体は罪ではない。
だがジェイは、三人の様子からアーマガルトで何度も戦った幕府の隠密部隊に似た雰囲気を感じ取っていた。つまりは確証は無いが、怪しいという事である。
確証があれば、それこそ一人ずつ影世界に引きずり込んで、恐怖を煽りながらそして誰もいなくなった……みたいにやるのだが、現時点ではそこまではやれなかった。
問題は、三人の目的は何かだ。
ジェイ達は周囲を警戒する一人を置き去りにして、二人の下へと移動。影から様子を窺うと、二人も短杖を手に互いの背中を守る形で周囲を警戒していた。
今や数少なくなった魔法使い。短杖の意匠から察するに、三人とも華族だろう。
「あれ、素人じゃないですね」
明日香の言葉に、ジェイだけでなく侍女も頷いた。戦場での基本が分かっている者の動きだ。
だがその周りを見てみると、この三人は狩猟のためにここにいるのではなさそうだ。
と言うのも、二人の周囲を見回して見付けたのは、狩猟のための道具ではなく旅のための装備一式であった。しかも量が多い。明らかに三人分ではない。
更に焚き火等、一時の休憩ではなくここに腰を据えていた事が窺える。
何故このような場所で。他にも仲間がいるのか。それはどこにいるのか。
気になる事はいくつもあるが、こうなってくるとここにいない他の仲間が、森の外にいるエラ達と遭遇しないかが気になってくる。
影を『添』えてマーキングし、一旦エラ達の所に戻るべきか。
ジェイがそんな事を考えてると、三人組の方に動きがあった。
同じような隠密行動用の出で立ちをした者達が合流したのだ。長い髭をたくわえた者、周囲を警戒している者、そして何やら大きな荷物を抱えた一番大柄な者の三人である。
「……どうした?」
背中を守り合いながら杖を構える二人を見て、髭の男が不審気に声を掛けた。
「向こうから声が」
「今、調べに行かせている」
そんな話をしていると、調べに行っていた一人も戻ってきた。
「狩りをしている者がいたようだ。小さな血痕と、足跡があった」
「ああ、それでか」
その報告に、髭の男は納得した様子を見せる。
「どうかしたのか?」
「森の外にどこかの令嬢がいた。遠目にしか見ていないから、どこの家の者かまでは分からんが」
「見つかってないだろうな?」
「大丈夫だ。護衛がいたから迂回してきた」
「へへっ、万が一にもこれを見られる訳にはいかないからな」
大柄な男は、肩に担いでいた大きな袋を下ろす。すると袋が地面に落ちると同時に小さな呻き声が漏れた。
「お、おい、乱暴に扱うな!」
「頭から落ちたらどうする!?」
「死んだら人質にもできんぞ!」
口々に責めるフード達。大柄な男は「だったらお前らも手伝えよ……」と愚痴りつつ袋を開く。
その袋の中から姿を現したのは、猿轡をされた小さな子供。少年王アルフィルクの涙で目元を腫らした顔だった。
『魔神殺しの風騎委員 世界平和は業務に入りますか?
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