第179話 宮廷の切り札
ここで騎士隊について説明しておこう。
騎士隊というのは、騎士団本隊とは別に独自の行動を取る少人数によるチームである。
と言っても単独行動は厳禁で、二人から六人程度でチームを組む事になっている。
これはどの騎士団でも同じであり、華族学園の実習でもこの人数に合わせられていた。
ちなみにジェイは東天騎士団の騎士隊とは何度も会った事が有るが、四人、ないしは五人というのが一番多かった。
ジェイと明日香で二人。これでも問題は無いのだが……。
「ジェイナスー! 俺も騎士隊に入れてくれー!」
一年生が騎士隊長を任された。それが知れ渡ると、この色部のように隊員にしてくれと頼み込む者達がジェイの下を訪れるようになった。
風騎委員の騎士隊長を任されるのは、最上級生である三年生がほとんど。にも拘らず一年生であるジェイが任じられた。注目されるのも無理の無い話である。
なにせジェイがまた手柄を立てれば、隊員もそのお零れに預かれるのだから。
「いや、隊員になれるのは風騎委員だけだから」
ルール上、騎士隊長が風騎委員に推薦する事は不可能ではない。風騎委員でもないのに訪れている者達は、それ狙いがほとんどだろう。
しかしジェイは、彼等を推薦するつもりは無かった。実戦を知っているからこそ、安易にはできないというのも有る。
事がオリヴァーの眉我の事件の調査――どちらも事件現場が内都なので、ポーラ島にいる学生騎士を加えてもあまり意味が薄いというのも有るが。
ただ、周囲の期待も有るため、お試しとして何人か隊員を入れるのも有りかとは考えていた。
「俺を隊員にして給料くれー!!」
「学生ギルドに行け、学生ギルドに」
それはそれとして、色部は無い。
学生ギルドは、学生相手に仕事を斡旋する騎士ギルドの学園版。お金が欲しいならばそちらに行けという話である。
という訳でジェイは色部達の要望をスルーしつつ、忍軍を内都に派遣していた。
二人の事件が中央と地方の対立を煽るための前準備だとすれば、動機等から犯人を探すのは難しいだろう。それ故に現場における証拠の取りこぼし、それと目撃者探しから始めさせている。
忍軍は事件の調査にも手慣れている者達なので、ひとまずは彼等の結果を待つ事になるだろう。
そう言う意味ではジェイ達には余裕が有ったが、その一方でまったく余裕が無い者達もいた。
「よくもやってくれたな、武者大路……!」
「お待ちください! 眉我の件は奴の独断で……! あ、いや、独断かどうかはまだ……」
「唆した者がいる……と言う事か?」
王城の一室で深刻な顔をしてテーブルを囲むバルラ太后、武者大路極天騎士団長、冷泉宰相。そう、宮廷である。
現在起きている中央と地方の対立を煽る動きも問題だ。しかし、それ以上に大問題なのは、そのためにジェイが出汁にされて利用されてしまった事だ。
「よりによってアルマ子爵を利用するとは!」
怒声を上げるバルラ。ジェイはアーマガルト辺境伯家の嫡男であり、アルマ子爵家の当主。このような場では当主である「アルマ子爵」の方が優先されて呼ばれる。
「ですから! 私は子爵を疑ってなど! この事は本人にも伝えております!」
「太后殿下、その件については孫から連絡を受けております。子爵もこの件で事を荒立てるつもりは無いと……」
武者大路が慌てて反論し、冷泉もフォロー。宮廷が恐れているのは、濡れ衣を着せようとした件でジェイが怒らせてしまう事だった。
それで王家と対立してしまうような事になれば、幕府に寝返る可能性も考えられる。バルラ達はなんとしてでもそれを阻止したかったのだ。
「問題は、一連の事件を仕組んだのは何者かか……誰がこのような事を!!」
バルラは、力いっぱいにテーブルを叩いた。
「それについては、鋭意調査中であります……!」
彼女の怒りの前に、部下が原因の一端となった武者大路は恐縮するしかない。
見かねた冷泉は、バルラを宥めようと試みる。
「おそらく敵の狙いは、我々とアルマ子爵を対立させる事だったのでしょう。しかしそれは子爵が乗らずに失敗。そのため敵は次の手を打ってきました」
現在各所で行われている集会がそれである。
「あれだけ手広くやっているならば、どこかに手掛かりを残しているやも知れませぬ」
「その通りです! 極天の手で、必ずやそれを見つけ出して……!」
武者大路もここぞとばかりにそれに乗り、力強く宣言して見せた。
「……いいでしょう。調査を続けなさい」
対するバルラは不審気であったが、それ以上は武者大路を責める事無く、調査を進めるように命じるだけに留めるのだった。
退室したバルラは、美しい花園に囲まれた王族の居住区へと戻った。
不機嫌そうな彼女は、すぐさま『春草騎士団』の騎士団長愛染を呼び出す。
「これはこれは太后殿下。ご機嫌麗しゅう」
優雅な動きで一礼したのは、細身の優男。春草騎士団長の愛染である。軽やかな長い髪で、立ち居振る舞いも優美だ。
王家居住区を守る直属の騎士団だが、そもそもそこまで攻め込まれる事も無く、普段は居住区を囲む花園の管理をしているという春草騎士団。
実力よりも容姿が優先されるお飾りとも噂されているが、そのトップである事に誰も疑問を抱かないような、なんとも華の有る騎士である。
「次に植える花についてですか?」
にこやかに問い掛ける愛染。しかしバルラは不機嫌そうな顔を崩さない。
「あら、いけませんよ。眉間に皺寄せちゃって」
「……本来の仕事を頼みたい」
バルラがそう言った瞬間、愛染から一瞬表情が消えた。
「私が知らないとでも思ったか?」
一転不敵な笑みを浮かべるバルラ。愛染もすぐににこやかな表情に戻る。
「ならばご存知なのでは? ……私達に命じる事ができるのは陛下のみだって」
しかし、にこやかな笑顔から紡がれる愛染の言葉には棘が感じられた。
だが、バルラも負けていない。
「その陛下を守るためだ。貴様とて『アーマガルトの守護者』を敵に回したい訳ではあるまい」
「……町で集会やってるアレの事ね?」
「ああ、裏で煽っている者がいる」
そこでふと二人の言葉が止まる。
見つめ合う……と言うには、いささか眼光が鋭い二人。
しばしの沈黙の後、愛染が目蓋を閉じて小さくため息をついた。
「……仕方ありませんね」
「働いてもらうぞ。王城の園芸士ではなく……王直属の隠密部隊としてな」
笑みを浮かべてそう言うバルラに対し、愛染は小さく肩をすくめて見せるのだった。
『魔神殺しの風騎委員 世界平和は業務に入りますか?
~勇者と魔王の魂を受け継いだ俺ですが、そこまで責任持てません~』
電書版、ピッコマ様の方で『¥0+』というのが始まっております。
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