第176話 信じる者はすくわれる
「……とにかく、眉我の件はすまなかった!」
一通り話を聞いた武者大路は、机に手を突いて深々と頭を下げた。
「謝罪の意は受け容れました。エラ、後は頼めるか?」
「ええ、分かったわ」
華族社会では今回のようなケースの場合、言葉の謝罪だけでは済まされない。何かしらの形で詫びる必要が有る。
具体的にどうするかは交渉次第なのだが……。
「冷泉の孫か、これは手強そうだ」
口ではそう言いつつも、武者大路はどこかほっとした様子だ。
交渉相手としてはエラの方が手強いかも知れない。しかしジェイの方が、それ以上に厄介とも考えていた。
王国にとっての重要度に、必要ならば戦う事も辞さない本人の気性。そして何より、そんな自分の立場を理解している聡明さ。
冷泉家とは宮中伯同士で付き合いの有る武者大路は、エラが祖父譲りの能力の持ち主である事を知っている。それでも彼女の方が交渉しやすいと考えていた。
この辺りは内都華族と地方華族の意識の差も有るだろう。
「……エラ」
「何?」
「やり過ぎないようにな」
「分かってるわ、ギリギリのラインは大体分かってるから♪」
そんな彼女は、今や地方華族の婚約者。武者大路にとって交渉しやすいかも知れないが、加減してくれるとは限らない事には気付いていなかった。
「失礼します」
詫びに関する交渉は後日となったため、ジェイ達がそろそろお暇しようとしていたその時、ノックをして一人の極天騎士が遠慮がちに入室してきた。
そしてそそくさと武者大路に近付いて耳打ちする。
「ふむ……お嬢さんが、卿らを心配して駆け付けたようだな」
「お嬢さん?」
外で待っているモニカに何かあったのかと、思わず反応するジェイ。
しかし、駆け付けたのはモニカではなかった。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「フライヤ先生! どうしてここに?」
入り口に戻ると、駆け付けた女性――尼僧がいた。明日香の言う通り、フライヤである。本来そう呼ばれるような年齢ではないが、武者大路から見れば「お嬢さん」という事だったらしい。
昨夜の無口で大柄な僧兵も一緒だ。
「オリヴァーさんの件で極天の人達に色々と聞かれたと思ったら、その日の内に貴方達がここに向かったと聞いて……」
フライヤとしては、昨夜オリヴァーが来ていた時の事を正直に話しただけだったが、その時にジェイ達の名前を出したのは事実。それが原因で疑われたのではと考えたようだ。
流れとしては間違っていない。しかし、それが直接的な原因ではない事をジェイは説明する。
「ああ、大丈夫ですよ。眉我とか言うヤツの暴走だったようですから」
「ぼ、暴走? ……とにかく、逮捕されたという訳ではないのですね」
「ええ、このまま帰るところですよ」
そう言うジェイは呑気なものだが、武者大路の方はこれからが大変だろう。
まずジェイを疑っているであろう騎士達への説明。第二の眉我を出す訳にはいかない。
次にその眉我の件の調査。武者大路個人として彼には言いたい事は山ほど有るが、それはそれとして団員の殺害は極天騎士団への挑戦である。誇りに懸けて犯人を見付けなければならない。
そして何より、今回の件を王家に報告しなければならない。
両国の和平において大事な時期に、最重要人物であるジェイに対してこのトラブル。叱責は免れないだろうなと、武者大路は今頃ガックリ肩を落としているだろう。
本部を出たジェイ達は、エラとモニカは獣車で先に帰し、ジェイと明日香でフライヤを送って行く事にする。
家臣と共に少し先を行き、張り切って周りを警戒する明日香。ジェイはフライヤの隣を歩いているが、そのすぐ後ろに巨漢の僧兵が目を光らせていた。
その道すがら、ジェイは彼女の話を聞く事にする。
「オリヴァーって男は、手広く金貸しをやっていたんですか?」
「ええ、そう聞いています」
尋ねるのはオリヴァーの事。眉我が暴走した原因、動機も気になるところだが、今回の一連の事件の起点は彼の事件だと考えられる。
そこでジェイが考えたのは、そもそもオリヴァーを殺す動機が有る者はいたのかという事だ。
「借金返済を迫られて困っていたのは……」
「……私ですね」
「……先生以外で」
ジェイは一瞬、背後から殺気を感じた。明日香も気付いて、振り返り駆け寄ってくる。
「どうかしましたか!?」
「ああ、大丈夫だ。話を聞いてただけだから」
そう言ってジェイはチラリと背後の僧兵に視線を向けるが、彼は全く表情を変えなかった。
それはともかく、オリヴァーが金を貸していたのはフライヤのように経済的に困窮していた者が多かったらしい。
そんな人達にお金を貸したところで返ってくるのだろうか? そう疑問に思ったジェイと明日香は、顔を見合わせ、揃って首を傾げるのだった。
「それって、借金の形に何か取るのが目的だったんじゃないかな?」
帰宅した二人がフライヤから聞いた話をすると、モニカがそう指摘した。
「借金の形って、そこまで価値が有る物が有るならそれで借金を返せば……」
そこまで呟いたところで、エラは気付いた。
「……ああ、土地ね」
「家を取っちゃうんですか!?」
明日香が驚きの声を上げた。ジェイの方は、納得した様子でうんうんと頷いている。
「まぁ、それなら恨みも買うだろうな」
「怨恨か~……まぁ、それなら」
捜査が進めばジェイが無関係である事はすぐに分かる。モニカはそう考えていた。
しかし……。
「なあなあ、お前極天騎士殺しの容疑者になってるってマジ?」
それから数日後、朝の教室で無遠慮に尋ねてきたのは色部だった。
その直後、周りにどよめきが走る。ジェイが周りを一瞥すると、クラスメイトのほとんどがさっと視線を逸らした。その反応を見るに、彼等もその件を知っていたのだろう。
とりあえずジェイは、手近な色部の頭を掴んで尋ね返す。
「どこでその話を聞いた?」
「ちょっ、痛い痛い……! ど、どこって……さっき校門のとこだってばよ! なんか、そんな話してるヤツがいたぞ!」
「誰だ?」
「さ、さぁ、上級生じゃね? そろそろ離してくんない?」
更に詳しく聞こうとするが、どうにも要領を得ない。彼も噂を又聞きしただけで詳しい事までは知らないようだ。
「ロマティちゃんは知ってますか?」
こういう話ならば放送部だと、明日香はロマティに尋ねた。
「そういう噂が流れてるのは事実ですねー」
放送部も調べているが、裏取りはできていないそうだ。
「ただ、急に噂が広まった感じでー……」
「急に?」
「放送部がその噂をキャッチしたの昨日の話ですしー」
そのためロマティは、後で取材を申し込むつもりだったようだ。どう切り出したものかと考えている内に、色部が動いてしまったが。
「急に……いや、急激に広まった噂、か」
ポツリと呟いたジェイ。
学生街で騒ぎがあったから、それが噂になる事は考えられる。
しかし、この噂の広まり方は、少々不自然に思えた。あの場にいて、真っ先に噂にしそうな色部が、今日まで知らなかったからだ。
発信源は別に有る。ジェイはそんな気がしてならなかった。
根も葉も無いかどうかはともかく、悪意は有る。
オリヴァーの一報を聞いた時は無関係の事件と考えていたが、それが流れ弾になって向こうから近付いてきたように感じられる。
「厄介な事になりそうだ……」
そう言ってジェイは、天井を仰ぎ見るのだった。
という訳で「信じる者は(足下を)すくわれる」でした。
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