第174話 騎士の本懐
今日から本編の更新を再開します。
「来ないわねぇ……」
居間の窓からカーテンを小さく開たエラは、外の通りを眺めながらそう呟いた。
その表情には焦りが見える。あれから数時間、極天騎士団からの使者は来ない。
このままではアーマガルト辺境伯家VS極天騎士団の対立になりかねないのだ。
見方を変えれば中央VS地方、あるいは実家VS嫁ぎ先。エラが焦るのも無理の無い話である。
「ジェイ、ジェイ、あーんですよ♪」
一方ジェイ、明日香、モニカの三人は呑気なものだ。仲良く昼食中である。
「エラ姉さんも食べたら?」
「え、ええ……その、随分と落ち着いてるのね?」
モニカに促されて席に着いたエラは、おずおずと三人に問い掛けた。
「まぁ、責任は向こうに有るし」
「焦って、しっかり送り出せない方が問題だからね~」
「腹が減っては戦はできませんからっ!」
「戦になるの!?」
元気な明日香の言葉に、思わず声を上げるエラ。冗談とは言い切れないのが怖いところだ。
明日香の言っている事も物騒ではあるが、なにげにモニカの言っている心構えも戦場に送り出す側のそれであった。
流石に戦は言い過ぎだと思われるかも知れないが、本当に冗談ではないのだ。
今回の場合は、眉我の言動が悪過ぎた。事情聴取と言いつつ、まるで犯人を逮捕するかのように押し入ろうとしたのだから。
証拠が有るならば正々堂々と逮捕しに来れば良い話であり、無いのであれば濡れ衣を着せようとした事になる。
ジェイは昴家の後継者として、これを黙って見過ごす訳にはいかないのだ。
この辺りは先祖の武士達から受け継がれた気質と言える。
「あたしも助太刀しますよ~!」
目を輝かせている明日香。
なおセルツ華族の気質は、これでもダイン武士と比べるとおとなしくなった方だったりする。
ちなみに転生者であるジェイは、周囲に比べるとおとなしい方と言える。
今回の件についても、できるならば事を荒立てたくないと考えていた。
「まぁ、舐められっぱなしって訳にはいかないしな」
「だよねー」
しかし、それでも家や領地、それに仲間が侮辱されたとなると黙ってはいない。黙っていては周囲から舐められてしまう事を知っているからだ。
そういう意味で彼は、しっかりこの世界に馴染んでいると言えた。
結局、昼食が終わっても使者は現れなかった。
「……おかしいな」
ジェイはこれに違和感を感じて首を傾げる。
今回の件、彼は眉我の独断専行だと考えていた。だから武者大路極天騎士団長が知れば、すぐに事を収めるために動くだろうと。
だが、何の動きも無かった。
極天騎士団は事を穏便に収める気が無いのか、それとも……。
事を荒立てたくはないが、このまま黙っていれば泣き寝入りしたと思われかれない。
こうなるとジェイは、極天騎士団に出向く必要が有る。
いざ動くと決めたら機敏だ。家臣達も慣れたもので既に準備している。
「準備って……」
「皆バッチリですねっ!」
なおその準備とは、武装だ。玄関前には完全武装の家臣達が十人並んでいた。
数こそ少ないが、第五次サルタートの戦い以降、ジェイと共に戦ってきた精鋭達である。
準備万端、後は出発するだけ。
「…………」
しかし、ジェイは違和感を拭い切れないでいた。
極天騎士団は、一体何がしたいのだろうか。それが分からないのだ。
とは言え、相手の動きが無ければそれも分からない。
そして、このまま待っている訳にもいかない。
「……仕方ない、行くか」
「はい、行きましょう! 討ち入りです!」
「話し合いよ、話し合いだからね」
「ボクは留守番してるね」
こうなれば、武者大路に直接問い質すしかない。そう考えたジェイは、明日香とエラ、そして十人の兵を連れて内都へと向かうのだった。
人数を抑えたためか、武装した家臣達と共に内都に入ってもそれほど騒ぎにはなっていない。
一行は何事も無く極天騎士団本部に到着。
「おお、よくぞ参られた!」
すると門衛に立っていた極天騎士に、笑顔で出迎えられた。
眉我の問題が無かったかのような騎士の振る舞いに、家臣達は眉をひそめる。
ジェイは騎士から話を聞いて極天騎士団の意図を探ろうとするが、どうも彼はジェイ達が普通に事情聴取のために出向いたと考えており、眉我が無礼を働いた事を知らないようだ。
こうなれば騎士団長の武者大路に直接聞くしかないと、腹をくくった。
「望み通り出向いてやったぞ。武者大路を出せ」
「えっ、あの……」
門衛の騎士は戸惑いを見せる。この反応で彼の態度はジェイ達を中に誘き寄せるための演技などではなく素であった事が分かる。
「……その態度で、眉我がやらかした事を知らない事は分かった」
「眉我が……?」
「早く、武者大路騎士団長に伝えて来なさい……眉我が無礼を働いたとな」
「しょ、少々お待ちください!!」
大慌てで奥に駆け込んで行く騎士。話が聞こえていたようで、周りの騎士達も騒めいている。
エラはジェイの隣で平然としているが、内心焦っているだろう。明日香は家臣達と共に周囲を警戒している。
そしてジェイはと言うと……表面上はエラと同じように平然としてるが、内心戸惑っていた。
極天騎士達の態度を信じるならば、先程の一件は眉我の独断だった可能性が高い。
それ以外の可能性が考えられるとすれば、彼が密命を受けて周囲には秘密にして動いていたかだが、その場合誰の命令なのか。極天騎士団長である武者大路か、あるいは……。
ジェイがそんな事を考えていると、慌てた様子の極天騎士が転がり込んできた。
そのままの勢いで転びそうになるが、近くにいた同僚がそれを助ける。
助けられた騎士は息を切らせながらも、報告を済ませるために声を張り上げた。
「た、大変だ! 眉我が殺された!!」
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