第17話 魔神ゴー! ダガーオン!
「そのケースだと……この儀式が近いね」
図書館に到着して曽野の件を伝えたところ、ソフィアはすぐに机の積み上げられた文献の中から一冊の文献を取り出してジェイ達に見せてきた。
あれからずっと文献を読み漁っていたようで、相変わらず気だるげな様子だ。
「……『魔神化』? 魔神って『暴虐の魔王』のですか?」
魔王という単語が出た瞬間、明日香は背を向けてしゃがみ込み、両耳を押さえた。
そちらは気にせず、ソフィアは話を続ける。
「魔神って、どういうものか知ってる?」
「『魔法を極めた者が魔神に至る』と聞いた事なら」
「それは自然な成り方ね。じゃあ、不自然な方は知ってる?」
「……知りませんけど、それがこれですか?」
改めて文献を受け取り、モニカとエラも一緒に読んでみる。それには自らの身体を傷付け、魔素を注入する事により魔神化を促す儀式について書かれていた。
「魔素の量が明らかに少ないですけど、確かに似ていますね」
文献をロマティに渡しつつ、ジェイが言う。
「この手の研究は、魔法国の時代から盛んに行われていてね。曽野ってヤツの話を聞いた感じ、『魔法使いになれる短剣』ってのはその派生じゃないかと思うんだ」
「つまり、手を傷付けたのが儀式……?」
「魔素の量といい、傷付け方といい、ショボいよねぇ」
そう言ってソフィアは肩をすくめた。「魔法使いになれる」というのは凄いが、「魔神になれる」と比べてはショボく見えるのも否めないだろう。
「ところで、この短剣を使った三人。まともに会話もできないのは、体内魔素を使い過ぎたのが原因じゃないかと思うんですが、どうでしょう?」
「つまり『魔素欠乏症』ってとこか……かなり珍しいけど、まぁ、有り得るんじゃないかな? それで会話もできないとなるとかなりの重症だね」
というのも本来体内魔素というのは、呼吸によって空気中の魔素が体内に取り込まれ、蓄積されていくものだ。
体内魔素は魔法の燃料となる以外にも、人間が活動する上でも使われ、また肉体の成長にも影響を及ぼすとされている。
しかし、生きて呼吸している限りは、そうそう枯渇する事はないとされている。
「つまり、魔法を使い過ぎた?」
「『使えないのに使ったから』って言った方が正確かもねぇ」
体内魔素をどれだけ蓄積できるかは個人差があり、魔法使い達はその差を「魂の器が小さい、大きい」と表現していた。
ソフィアに言わせれば、短剣に込められていた『一回分の魔素』程度で負荷が掛かる時点で魂の器は小さく、魔法使いとしての素質は無いのだ。
「器が大きければ本当に覚醒……いや、無理か。それなら負荷にすらならない」
ソフィアは、この短剣を使って魔法使いになる事は無理だと結論付けた。
「少ない体内魔素を使って、一時的に魔法使い気分を味わうのがせいぜいだろうねぇ」
「それリスク大き過ぎません?」
「それでも……縋らざるを得なかったんだろうね」
モニカが呆れ顔でツッコむと、ソフィアは皮肉めいた笑みを浮かべていた。
「ところで短剣を使った三人ですけど、失われた魔素を補う事ができれば治りますか?」
「そりゃ魔素欠乏症なんだから、魔素浴なら、まぁ?」
魔素浴とは、空気中の魔素濃度が高い場所に行って休息したり、鍛錬したりする事だ。
空気中の魔素濃度は一定ではない。基本的に人が多い場所は薄く、少ない場所は濃いとされている。当然濃い場所の方が呼吸で得られる魔素量が多い。
肉体疲労の回復にも効果があるといわれており、また魂の器も、肉体も、そういう場所で鍛錬した方が効率が良いとされている。
魔素浴しながら療養するのは魔素欠乏症の治療法としてはメジャーなものであった。
「でも、一気に回復させるのは無理だね。器に負荷が掛かるから」
そう、魔素欠乏症の治療は時間を掛けて行うもの。周囲の環境で治療期間をある程度短縮する事はできても、一瞬で回復とはならない。
つまり、曽野達をすぐに回復させて話を聞く事はできないという事だ。
こればかりは仕方がない。ジェイも薄々そうなるのではないかと思っていた。
次は曽野が短剣を買ったという酒場で聞き込みだろうか。しかし、販売している者もほいほい正体を明かしていないだろうと考えると、手掛かりを得られる見込みは薄い。
ジェイがそんな事を考えていると、ソフィアがその肩をポンと叩いた。
「ただね……君が持ってきた情報のおかげで、一つ判明した事がある」
ジェイは怪訝そうな顔になるが、対するソフィアはニコニコ顔だ。ジェイ達がこの部屋に来た時よりも元気になったようにすら感じられる。
「この短剣を所持する事自体は犯罪ではない。でも……この短剣を売る事は犯罪だ!」
立ち上がった彼女は、大袈裟な身振り手振りを交えて声を上げた。
一時的に魔法使い気分になれても、完全に魔法使いになれる訳ではない短剣は、嘘偽り誇大広告をもって販売している事になる。
しかも使用する事で心身に多大な被害をもたらすため、それを販売する事はれっきとした犯罪行為となるのだ。
ソフィアは更に儀式の仕組みや、この儀式が誕生した歴史的な流れなどをまくし立てて説明し始めるが、早口な上に難解でジェイには理解できなかった。
「ソフィアちゃん、謎を解明するとテンションが上がるタイプなんです」
「……ああ、そういう」
急な変化について行けなかったジェイに、エラがそっと耳打ちして教えてくれた。
「あ~、事件と関係ある事は言ってないと思うよ。多分」
モニカが辛うじて理解できていたが、事件解決につながる情報は無かったようだ。
それはともかく、問題は短剣の販売が違法行為になる事でどうなるかである。
まず未使用の短剣を発見した際に、危険物として回収する事ができるようになる。次の被害者を減らす事ができるだろう。
あと、短剣を販売している者についても、犯罪者である事を前提に動けるのが大きいだろう。捜査する側からすれば、やれる事が違ってくるのだ。
「あのー……これ注意喚起とかできませんかね?」
おずおずと問い掛けてくるロマティに、ジェイとモニカは顔を見合わせた。
「その判断をするのは南天騎士団ね。勝手にやっちゃダメよ」
そしてエラが、にっこりやんわりとたしなめる。
「そういうのって場合によっては犯人に捜査状況を漏らす事になるから、ちゃんと南天騎士団の責任でやってもらわないとね」
身も蓋も無い事を言っているが、それもまた事実であった。
「となると、次は南天騎士団本部だな。行くぞ、明日香」
そう言ってジェイは、ずっと背を向けてしゃがみ込んでいる明日香の肩を叩き、話が終わった事を伝えるのだった。
この後一行は一旦家に戻り、そこで鞘を注文した人物を探していた家臣達と合流。
鞘を注文したのは数人いたようで、その内の一人が曽野である事が確認できた。
一行は、昼食を済ませてから南天騎士団本部に移動。今回の件は、狼谷団長から捜査を委任されている形であるため、報告も狼谷団長に直接という事になる。
「……注意喚起をするべきだろうな」
ジェイ達の報告を受けた狼谷団長は、しばし考えた後にそう判断を下した。
確かに注意喚起すると、短剣を販売している者達に、捜査の手が迫っている事を教えてしまう事になるだろう。その者達は、危険を察して逃げ出すかもしれない。
しかし、それでも良い。ならば南天騎士団は島外に出るルートを押さえるまでだ。
今はまだどこにいるのかも分からぬ者達を、捜索する者達と、待ち構える者達の二段構えで対処する。それが狼谷団長の考えだった。
「君達は引き続き、短剣を販売している者達の調査を続けてくれ」
個人で動いているジェイ達は、引き続き捜索する側だ。
「短剣については、見つけ次第回収しても?」
「注意喚起を行った後ならば構わんが、今はまだ正規騎士がやるべきだろうな」
「では、小熊さんに頼んでおきます」
そう答えたジェイに、狼谷団長は少し感心した様子だ。
短剣の回収は、事件を未然に防いだという事で小さいながらも功績になる。
領主華族の跡取りで、騎士団入りを目指していないからこその余裕なのだろうが、こういう判断ができるという事は、被害を抑えるための最善を考えられるという事でもある。
狼谷団長は、これは今後も期待できそうだと考えつつ、それは一切態度には見せずに小熊は資料室にいると伝えてジェイ達を退室させた。
資料室とは、南天騎士団が取り扱った事件の調書や、島を出入りする人や物に関する書類を管理している場所である。
島という立地もあって、南天騎士団は税関のような役割も担っているのだ。
資料室に入ると、小熊とその家臣が雁首を並べて書類とにらめっこをしていた。まだ短剣を持ち込んだ者が見付からないようだ。
「ううう、どうして……見落としは無いはずっス……」
小熊が机に突っ伏しながらぼやいた。
「偽装して持ち込まれたって事ですかねー」
「つまり、見付かるとヤバい物だって認識していた事になりますね!」
「そうだよねー、ますます黒いよ明日香ちゃん!」
机の上に広げられた書類を覗き込みながら、ロマティと明日香は仲良く話している。
この様子では、このまま普通に探していても見つからなさそうだ。
「小熊さん、別の仕事を頼まれてもらえませんか?」
「別の仕事っスか? まぁ、朝から机に座りっぱなしなんで、外に行く仕事なら……」
とにかく、書類の山から逃げたいらしい。
「例の短剣、危険な物として注意喚起される事になりました」
「おお、それじゃ回収されるんスね!」
「鞘のルートから、持ってるであろう人間があと数人判明してますので、そちらを南天騎士として回収してきて欲しいんです」
「なるほど、そりゃ正規騎士の仕事っスな! 任せるっス!」
外回りの仕事という事で、小熊は喜んで引き受けてくれた。
だが、その前に机の上に広げた書類の山を片付けなければいけない。これに関しては、ジェイ達も手伝う事にする。
「……あっ、これ……」
その最中に、モニカが一枚の書類を手に声を上げた。
「どうした? 何か見つけたのか?」
「うん……この書類、多分偽装されてる」
ジェイも書類を受け取り見てみるが、品名は「古書」となっている。特に問題があるようには見えない。
だが、ジェイは信じた。他ならぬモニカの言った事だからだ。
書類を見つめる彼女の瞳の奥には、微かに魔素の光が宿っていた。
今回のタイトルの元ネタは、『マジンガーZ』の発進時のセリフ「マジンゴー! パイルダーオン!」です。