第173話 高名な容疑者
翌日、朝の番組でオリヴァーが殺害されたというニュースが報じられた。
「あれ? この人って……」
最初に気付いたのは、いつも早起きな明日香。
「昨夜会った金貸しの男だな」
ニュース内容を聞いてみると、今朝フライヤの孤児院『神愛の家』と表の大通りの中間辺りで遺体が発見されたとの事だ。
更にニュースではオリヴァーが金貸しをやっていた事にも触れており、コメンテーターが債務者が怨恨から殺害したのかも知れないと訳知り顔で話していた。
「あの後、襲われたって事ですか?」
「……その可能性が高いな」
ニュースでは『神愛の家』に出向いていた事には触れていないが、あの後帰り道に襲われた可能性は十分に考えられる。
「あら、物騒ねぇ……」
居間に入ってきたエラが、ニュースを聞いてテレビに近付いた。内都であった事件という事で気になるようだ。
「エラ、旧市街の治安はどうなんだ?」
「まぁ、良いって話は聞かないわね……」
振り返ったエラはそう答えた。ハッキリと言ってしまえば悪いのだろう。
だが、ジェイにはひとつ気になる事が有った。その事を考えていると、表が騒がしくなって思考を中断されてしまう。
「何事だ?」
「私が見てきます」
ジェイが思わず立ち上がると、明日香の侍女がそれを手で制して玄関に向かった。
「ね、ねえ、ジェイ……この声って……」
「ああ、門衛だろうな」
モニカも気付いた。居間まで聞こえてくる声、片方はジェイの家臣のものだ。
玄関前には常に家臣が門衛として立っているので、それが誰かと揉めているのだろう。
明日香の侍女は、思いの外早く帰ってきた。
「あ、あの……旦那様」
「どうした、誰と揉めていたんだ?」
つまり、彼女達だけでは対処できない相手だったのだろう。そう判断したジェイは、すぐに相手が誰なのかを尋ねる。
「それが……極天騎士団の使者のようです」
「極天から?」
極天騎士団とは、内都を守る騎士団の事だ。セルツにおいては騎士団の最上位に位置する。
「それが……旦那様に極天騎士団本部へ同行を求めております。その……オリヴァー殺害容疑で」
「…………はい?」
これは自分が行かねば埒が明かないと、ジェイは玄関に出た。明日香とエラがそれに続き、モニカは相手から見えないであろう位置から心配そうに覗き込んでいる。
玄関前には、既に騒ぎを聞きつけた野次馬が集まっていた。クラスメイトの姿も見える。
周囲の目も有ると、ジェイは努めて冷静に見えるようにしつつ訪問者の前に立つ。
「何事だ」
「若……いえ、子爵様。それが、この者達が家に押し入ろうと……」
「貴様等が邪魔をするからだ!!」
門衛の言葉を遮るように声を張り上げたのは、口髭を蓄えた長身の男性だった。兵は彼が連れて来たらしい。
「私は、極天騎士団の眉我だ。極天騎士団本部まで御同行願いたい」
と言ってもベテラン騎士という訳でもない。若い騎士のようで、口髭が浮いて見える。生真面目そうな男で、濃い眉の方が印象に残る。
眉我が連れてきた兵達が、門衛達と睨み合っている。門衛の数がいつもより多い。眉我の兵が十人程いるので、そちらに合わせて援軍を呼んだのだろう。
一触即発の状態であり、その雰囲気に明日香は身構える。
しかしエラがその肩に手を置いて止め、二人一緒に扉近くまで下がった。
任意同行という話だが、これではまるで逮捕だ。眉我もそのつもりで来ているのかも知れない。
「……穏やかではないな。理由を聞かせてもらおうか」
いがみ合いに視線をやりながらジェイは言う。対する眉我は厳格な態度を崩さない。
「オリヴァー殺害の件についての事情聴取である。おとなしく同行せよ」
その言葉に周囲の野次馬達が騒めいた。朝のニュースを見ている者達ならばオリヴァーの名前が出た時点で、そうでなくても「殺害」という言葉が出ればただ事ではないと分かるだろう。
ジェイはもう一度兵達を一瞥し、そして眉我に視線を向ける。
「任意ね……断れば、兵達の手で力尽く、か?」
「極天騎士団の要請を断ると申すか!?」
眉我は濃い眉を跳ね上げ、丸い目を見開いた。
対するジェイは、大きくため息をつく。
「そこまで物々しくしておいて、何を言うか!!」
そしてジェイは負けじと大声を張り上げた。周りにも聞こえるように。
ひとつハッキリと言えるのは、今回の件について非礼が有るのは眉我の方だという事だ。
これがオリヴァー殺害の容疑で逮捕しに来たならともかく、同行を要請するだけなのに十人の兵を引き連れて家に押し入ろうとしたのは大問題である。
単に兵が先走っているだけとも考えられるが、それならば眉我が兵を止めなければならない。
その様子も無い事から察するに、ジェイを疑っているが、証拠は無いが逮捕したい。だからこのような態度に出ているのではないだろうか。まるで容疑者扱いである。
問題は疑っているのが極天騎士団の総意か、眉我の独断かだが……。
「眉我卿、戻り極天騎士団長に伝えられよ。用が有るならば、こちらから出向くとな」
「な、ならば我等と同行を!」
「戻り、伝えられよ」
先程よりもゆっくり、そして力強く言うと、眉我は怯み「クッ……必ず来るのだぞ!」と言い残しつつ踵を返して帰って行った。
後に残されたジェイ達と、野次馬達。
野次馬達は戸惑った様子でジェイを見ていた。先程の眉我の態度もあって、本当に容疑者なのではという疑念を持ったのだろう。
ジェイとエラが顔を見合わせてどうしたものかと考えていると、野次馬の中から色部が現れて近付いてきた。
「なに? なに? 事件起こしちゃったの?」
「そんな訳無いだろ」
「じゃあ、どうすんの? 極天騎士団に行くの?」
「……まぁ、用が有るみたいだからな」
眉我の件を抗議するという目的も有る。
「じゃあさ、じゃあさ、俺も連れて行ってくれよ!」
「……極天騎士団の本部を見たいのか?」
「それで俺を雇ってくれえ! 小遣い足りねーんだ!!」
「そういう事か!」
流石にこの状況で部外者を巻き込むのはまずい。色部の頼みは受けられなかった。
「ジェイ君、どうするの? 行くなら準備するけど……」
「……とりあえず昼まで待とうか」
「どうしてですか?」
明日香が問い掛けた。先手必勝とか考えているのかも知れない。
対するジェイは、こう答える。
「さっきのが眉我の独断からくる暴走なら、別の使者が来るだろ」
つまりは、極天騎士団の出方を待つという事であった。
今回のタイトルの元ネタは、シャーロックホームズの『高名な依頼人』です。
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