第170話 明日香も歩けば事件に当たる
「風騎委員ですっ!」
「そこまでだ! 双方、剣を引け!」
一方家臣達を連れて巡回中のジェイと明日香は、学生同士の喧嘩に遭遇していた。
既に剣を抜いて一触即発の二人。周りには二人の仲間、少し距離を取って野次馬がいる。
事情を聞こうにも話にならない。周りの目もあって引っ込みがつかないというのもありそうだ。
ジェイは先程のと合わせて三度警告を発するが、それでも二人は止まるどころかジェイ達に切っ先を向けてきたため、やむなく取り押さえる事にする。
「ここはあたしにお任せですっ!」
刀を抜き、一歩前に出たのは明日香。ならばとジェイは周りの取り巻きの方を警戒する。
対する二人は動かない。いや、動けない。元々一対一で争っていたところに、急に明日香が割り込んできて三つ巴になった。そのため「どちらと戦えばいいのか」迷いが生じたのだ。
一瞬の躊躇、しかし明日香にはそれで十分だった。
「隙ありぃ!」
峰打ちで一人の腕を打ち据え、剣を落とさせる。
もう片方は明日香と喧嘩相手を交互に見て、慌てだす。
「うわあぁぁぁ!!」
「貴方は隙だらけですっ!」
背中に刺さる仲間達の視線から逃げる事もできない事に気付いて、大きく剣を振りかぶって斬り掛かるが、それを振り下ろす前に踏み込んできた明日香の一撃を食らって剣を落とした。
「て、てめぇ!」
「やっちまえ!」
ここで双方の仲間達が激昂して剣を抜く。
「やらせるか! 行くぞ!」
だが次の瞬間、ジェイが手近な一人を蹴り倒す。それを合図に家臣達も剣を抜いて戦闘開始。明日香の侍女も刀を抜いてこれに加わり、瞬く間に双方のグループを丸ごと取り押さえた。
「いよっ! 風騎委員!」
「明日香ちゃーん!」
途端に歓声を上げて、明日香の周りに集まってくる野次馬達。商店街の人達に大人気だ。
「ジェイ~! 天ぷらもらっちゃいました!」
すぐそこで屋台をやっていたおばさんから、営業妨害になっていた喧嘩を収めてくれたお礼にと二本の天ぷら串をもらった明日香。うれしそうに片方をジェイに差し出してくる。
「それじゃ、あいつらにも一本ずつ頼む」
それを受け取ったジェイは、家臣達の分を買った。このようなお礼を受け取る事自体は不正にはならないが、立場上もらいっぱなしにしないためである。
魚介類の天ぷらを串に刺した料理は、武士が持ち込んだとされる伝統のファーストフードだ。天つゆにつけてその場で食べる。二度漬けはアウトである。
屋台のおばさんによると、南天騎士団には既に通報済みとの事。なのでジェイ達は捕まえた者達を引き渡すために待つ事にした。
「二人とも、大丈夫ですか?」
そのまま待っていると、不意に声を掛けられる。
「あっ、フライヤ先生!」
「学校帰りですか?」
声の主はフライヤ。学校帰りに買い物していたらしく、荷物を抱えた男がついて来ている。
男の腰には剣が有る。それを見たジェイが片眉をピクリと反応させた。
「ああ、彼はウチの僧兵ですよ。私の孤児院は寺院が母体ですから」
その視線に気付いて、フライヤが男の事を紹介。すると男は無言のまま会釈した。左の頬に大きな刀傷がある強面。かなりの大男で、腕も立ちそうだ。
荷物はほとんどが食料。ここは学生向けの安売りの店も多いため、よく利用しているそうだ。孤児院の運営は、やはり大変なのだろう。
「……決闘ですか?」
拘束された学生達を見て、フライヤが眉をひそめながら尋ねる。
「そこまでではないですよ。ただの喧嘩でしょう」
そもそも正式な決闘であれば、このような町中ではなくもう少し場を整えてやっていただろう。
フライヤは当然、喧嘩をしていた学生達を知っていた。三年生だそうだ。
彼等も縛られて幾分落ち着いたのか、フライヤを見てばつが悪そうにしている。
「お疲れ様っス!」
そんな話をしていると、南天騎士が到着した。ジェイ達とも面識のある小熊だ。
「彼等がここで喧嘩をしていた者達です」
「お預かりするっス!」
知り合い同士という事もあって話はスムーズに進み、喧嘩していた者達を小熊に引き渡す。
「あの、私も同行してよろしいですか?」
「はい? どちらさんで?」
ここでフライヤが口を挟む。小熊は世代が違うのか彼女の事を知らなかった。
「ポーラ華族学園で教師をしております、フライヤと申します。この子達が南天騎士団に連行されれば、学園に連絡が行き、教師が呼び出されますよね?」
ならば最初から自分が行くという事だ。
「ああ、なるほど……」
「こういう時は、教師がどう対応するかも大事ですので……」
彼女はそのまま南天騎士団本部まで付いて行く気のようだが、荷物を持った僧兵が何か言いたげな様子だ。
「あの、先生。買い物の荷物の方は大丈夫なんですか?」
それに気付いた明日香が声を掛けた。
「えっ……ああ、そうですね。それを持って先に帰っていてくれますか?」
「いや、しかし……」
ここで僧兵が初めて口を開いた。大柄な体格とは裏腹に小さな声だ。
自分だけ先に帰れば、南天騎士団で用事を済ませた後フライヤは一人で帰路をつく事になる。それを心配しているのだろう。
「南天騎士団でお送りするっスよ?」
「い、いえ、そこまでお世話になる訳には……」
「ああ、それなら俺が同行しますよ。明日香は一旦戻って獣車で騎士団詰め所まで」
「分かりました! フライヤ先生を獣車でお送りするんですねっ!」
「そういう事だ。どうでしょう、先生?」
フライヤとしては南天騎士団や生徒の世話になるのは……という思いもあった。しかし、この話を受けなければ他の先生が呼ばれるだけだろう。
「……分かりました。お世話になります」
それが理解できた彼女は、やはり生徒達を放っておけないとジェイの言葉に甘える事にした。
お供の僧兵もそれならばと先程よりも大きく頭を下げ、買った荷物を持って帰っていった。
明日香も獣車を取りに行くため侍女と家臣の半分と共に帰宅。ジェイは小熊とフライヤ、それに残り半分の家臣と共に、捕らえた学生達を南天騎士団本部へと連行するのだった。
今回のタイトルの元ネタは、ことわざの「犬も歩けば棒に当たる」です。
割と人懐っこい大型犬のイメージですよね、明日香。