第16話 過激にファイヤーボール!
「エラ、皆の避難を!」
視線は向けずにそう伝え、ジェイは曽野に斬り掛かった。
「甘いよ、君ィッ!!」
「チッ!」
対する曽野は、両手から火球を放って迎え撃つ。
魔法の火球は何かが触れた瞬間に炸裂して危険だが、ジェイはそれを逆に利用して手近にあるペン等を投げ付け火球が近付く前に撃墜していく。
炸裂した火が飛び散り、周囲でいくつもの炎が上がった。魔法のためか、サイズの割には火力が高いようだ。天井まで届きそうな火柱が壁となって二人を囲む。
周りのスタッフ達がどよめきの声を上げた。消火しに行こうにも、炎の壁の向こうから曽野の笑い声が聞こえてきているため、うかつに近付く事もできない。
「ジェイ!」
炎の壁で近付けなくなった明日香が、悲鳴のような声を上げた。
曽野は追い詰めたと笑みを浮かべて、獲物を前にした獣のように舌なめずりをする。
「……好都合だ」
しかしジェイは炎を恐れるどころか不敵に笑った。それが気に入らなかったのか、曽野の片眉がピクッと上がる。
小声で『幻』と呟き、再度斬り掛かるジェイ。今度は机の上に立つ曽野の足下からすくい上げるような一撃を放つ。
「無駄だッ! ……なっ!?」
曽野も火球で迎え撃つが、放たれたそれはジェイを素通りして床で炸裂。
「そっちがな!」
次の瞬間ジェイの姿が消え、曽野の背後にもう一人のジェイが姿を現して一撃を叩き込んだ。曽野は耐え切れず、炎の壁を突き破って外側へと吹き飛ばされる。
「なっ……!?」
衝撃を受けた腰を押さえながら起き上がろうとする曽野だったが、何が起きたのか分からない。その隙を逃さずジェイも飛び出し、頭目掛けて追撃を食らわせる。
それがトドメとなり、曽野は朦朧として崩れ落ちるように倒れた。
「明日香!」
「は、はいっ!」
すかさず明日香も呼んで、二人掛かりで取り押さえる。
「すいません、ワイヤーか何かありますか? ロープだと焼き切りかねないので」
「あ、はい! すぐに持ってきます!」
手近なスタッフに持ってきてもらった針金で後ろ手に両手を縛り上げる。曽野は意識こそ失っていないようだが、まるで魂が抜けたかのように茫然としていた。
もう危険は無いと判断したのか、エラ、モニカが近付いてくる。
ロマティは消火のために動き出し、他のスタッフ達もそれに続いた。
その間、ジェイと明日香は曽野が暴れないよう見張っていたのだが、彼はポツリポツリと何やら呟き始める。
「春は……憂鬱になる……」
暴れようとはしないが、目は虚ろで、周りのジェイ達を認識していないように見える。
何か情報があるかと途切れ途切れの話を聞き取ってみたところ、こういう事らしい。
曽野には学生時代に憧れていた女子がいたが、彼女は魔法使いであったため『純血派』が縁談を斡旋して、地方の魔法使いの下に嫁いでいったらしい。
当時は荒れたが、時間を掛けて立ち直った曽野は、卒業後PEテレに就職。その女子の事は過去の思い出となっていくはずだった。
しかし、曽野は『PSニュース』に携わるようになった。なってしまった。
仕事で学生と関わり、番組では学校行事を特集する事も多い。何より毎年春になると、ポーラを訪れる新入生の学生行列を取り上げるのが恒例となっていた。
それでも彼は、何事もないかのように仕事に打ち込んでいた。表向きは。
しかし、希望に満ち溢れた新入生達を、何より時折新入生の中に混じっている魔法使い達を見て、鬱屈したものを溜め込んでいたのも事実だった。
そして今年の春、彼は見てしまった。いかにもエリート然とした魔法使いの新入生、ラフィアスの学生行列を。
自分も魔法使いであれば……そんな事を考えながら自棄酒をしている彼の下に現れたそうだ。『魔法使いになれる短剣』を譲っても良いという男が。
「……は? 『魔法使いになれる短剣』?」
そこまで聞き取ったところで、ジェイは思わず声を上げた。
そんな物など聞いた事がない。魔法に関しては独学で詳しくないジェイでも、それが簡単なものではない事は理解できる。
「そもそもこいつ、それらしい儀式をしていたか?」
「それらしい儀式は無かったと思います……けど」
そう答える明日香も、自信無さげだ。彼女も魔法に詳しくないのだから仕方がない。
「でもさ、ジェイ。魔素結晶が消えてるって事は、何かに使ったって事だよね?」
モニカの言う通り、三つ目の結晶に込められていた魔素が何かに使われている。
そしておそらく、曽野が魔法使いになっていたのは事実だろう。手から火球を出すのがよくできた手品などではない限り。
そうすると、同じ短剣を使ってもボーとアルバートは魔法使いにはなれず、曽野だけがなれたという事になる。
まず考えられるのは儀式を正しい手順で行えたかどうか、つまりは成功させたか失敗させたかで明暗が分かれた可能性だ。
しかし前述の通り、曽野はそれらしい動きをしていなかった。
肝心の曽野の呟きは、もはや聞き取れないようなか細い声になっていて、もうボー達と同じように話が通じそうにない。これでは何も聞き出す事ができないだろう。
その時、ジェイは曽野の縛った手に注目した。傷は既に塞がっており、掌と指に赤みを帯びた線だけがうっすらと残っている。
「……この短剣は押収し、曽野は逮捕します。ここの被害については南天騎士団に報告してください」
消火し終えたスタッフも、そこまでに関しては何も言わない。
「それとこの件、まだニュースにはしないでください」
「いや、それはちょっと……」
「下手にニュースを流すと、曽野にこの短剣を売ったヤツに捜査の手が伸びてきていると教える事になりかねません。お願いします」
「私からもお願いします」
エラが助け船を出すと、スタッフ達は困った顔をして顔を見合わせた。
ここのスタッフには少なからず華族がいるが、彼等の多くのは王家直臣の宮廷華族だ。それだけに宰相である冷泉の孫娘に言われてしまうと、無視する訳にもいかなくなる。
「……分かりました。しかし、解決したら取材させてもらいますよ?」
「それはもちろん」
その後、スタッフの誰かが通報したらしく、南天騎士団の狐崎の部隊が到着。現場処理を引き継いでもらい、曽野を引き渡す。
「あ~ら、大活躍だったみたいねぇ。新入生」
開口一番に嫌味から始まるが、ジェイはそれをスルーして話を続ける。
「狐崎さん、ボーとアルバートなのですが、あれから回復したりは……」
「フン、そんな報告は受けてませんよ」
「では、この三本目の短剣を、今すぐ桐本先生の所に届けてきます。もしかしたら、曽野も含めて治せるかもしれません」
「へっ? どういう事? あ、ちょっ、待ちなさいってば!」
「急いで届けないといけないので!」
一瞬呆気に取られた狐崎が慌てて呼び止めるが、ジェイ達はそれもスルーしてそのままPEテレを後にした。ロマティもスタッフ達にペコリと一礼して後に続く。
「ジェイ君、さっきの話どういう事ですか!?」
「それは私も気になります」
図書館に向かう途中で、ロマティが興奮気味に訪ねてきた。エラもそれに同調する。
「この短剣を使って曽野がやった事を考えたんだがな……手を傷付けた事ぐらしか思い浮かばないんだ」
「あのすぐ治っていた傷ですね。あれ、すごかったですっ!」
「断言はできないんだが、こいつの魔素って……曽野に移ったんじゃないかな?」
「移った……?」
ロマティがキョトンとした顔を問い返してきた。
「短剣の魔素を、体内に入れる事で魔法使いに覚醒させる。俺も魔法には詳しくないが、そう考えると納得できる気がするんだ」
「な、なるほど……」
ロマティはうんうんと頷きながらメモを取っているが、その隣のモニカは納得いかないようで、首を傾げている。
「ねえ、それっておかしくない?」
「魔素の量、か?」
「それ。短剣の『一回分の魔素』だけで、あれだけの炎が出せるとは思えないよ」
「それは俺も思った。だから、こう考えたんだ。『一回分の魔素』はあくまで魔法使いに覚醒させるためのもので、魔法は別のを使ってたんじゃないかって」
「別のって……あっ、『体内魔素』!」
モニカが声を上げてジェイを見た。
体内魔素というのは、空気中に漂う魔素が、呼吸によって体内に取り込まれたものの事だ。この世界に生きて呼吸をする生物は、人間を含めて皆持っている。
たとえば魔素種を生み出す「魔草」や「魔木」は体内魔素が多い植物であり、また「魔獣」は体内魔素が多い動物である。
この体内魔素は肉体の成長や活性化、魔法のエネルギー源などにも使われるが、使い過ぎると健康に支障をきたすと言われていた。
「覚醒した後の魔法は、全て自前の体内魔素を使っていたと考えると……」
「曽野みたいな状態になるのも納得がいく……という事ですね」
エラの言葉に、ジェイはコクリと頷いた。
「ボー達に関しても、肉体の活性化の方に魔素を使ったのかもしれない」
「つまりその短剣は、身体に直接魔素を打ち込んで、体内魔素に刺激を与えるもの?」
モニカがまとめてくれた。それを聞いてロマティも気付いた。
「それじゃジェイ君、治療できるかもって話は……」
「ああ、あれは体内魔素の欠乏による衰弱の可能性が高い」
この予想が正しければ、治療方法はある。それを確かめるためにも、ジェイ達はソフィアのいる図書館へと急ぐのだった。
今回のタイトルの元ネタは、『マクロス7』の次回予告の決めセリフ「過激にファイヤー!」です。