第167話 秘策!? 婚約移籍術!!
ポーラ華族学園、二学期の始まり。入学時は桜が満開だった学園へ続く並木道も、今は青々とした葉が生い茂り、陽射しを和らげてくれている。
「まだまだ暑いですね!」
「ええ、でもすぐに涼しくなるわ」
その時、清々しい風が並木道を吹き抜けていった。明日香の暖かな日の光のような色をした長い髪が風に揺れる。
季節は夏の終わりに近付き、秋へと移ろうとしていた。
学園に入ると、ジェイは視線を感じた。
周りを見てみると、日に焼けた肌をした生徒が多い。しかし、特定の誰かが彼を見ているという訳ではなさそうだ。
「注目、されてますね?」
明日香も視線に気付いたようで、キョロキョロしている。
「えっ? えっ? 何?」
「気にしないで大丈夫よ~」
モニカも居心地の悪さを感じているようだが、エラは注目される事に慣れているのか平然とモニカの手を取り進み始める。
今日は始業式だけなので荷物は従者達に預け、ジェイ達は大講堂へと向かう。
「おお、新学期に間に合ったか!」
その途中で声を掛けてきたのは、クラスメイトのオード=山吹=オーカー。アーロで一緒だったため、あまり久しぶりとは感じない。
「領地の引き継ぎなど、大変だっただろう」
「ああ……色々と大変だった」
具体的にどのような「色々」であったかは、今も調査が続いている事もあって伏せておく。
「それにしてもアルマ拝領の件、もう知ってるんだな」
「吾輩は三日前に戻ってきたが、町中の噂になっていたぞ。昨日到着した者でもなければ、皆知っているのではないか?」
「そこまでか……」
それだけ大きな話題だったという事だ。それもあってか道すがら、どんどん白兎組のクラスメイト達が集まってきた。
到着する頃には集団になっており、皆一緒に大講堂に入る事になる。
なお途中でクラスメイトのラフィアス=虎臥=アーライドとも会った。
しかし彼は、ジェイの周りに他のクラスメイト達が集まっているのを見ると、呆れた顔になってスタスタと一人で先に行ってしまっていた。
「――という訳で、特に一年生諸君はこれからが学園生活の本番だと思い勉学に励むように!」
そして長い学園長の訓辞が終わり、始業式も終わった。
この後は教室でホームルームをすれば終わりとなる訳だが、教室に入ったところでエラがクラスメイト達を見回す。
「今回は、入れ替わりは無いみたいね」
「入れ替わり?」
モニカがオウム返しに問い掛ける。
「婚約によるクラスの移動よ。夏休みに決めて、新学期が婚約者のいるクラスに移動というのは、二年以降は割と有る話なの」
「ああ、そう言う……」
一年の二学期には、あまり無い話ではあるが……。
「はいはいはい! それは情報有りますよー!」
元気良く挙手したのは、放送部のロマティ=百里=クローブ。そしてポニーテールを揺らしながら教壇に立つ。するとクラスの女子達がその周りに集まった。縁談絡みの話に興味津々のようだ。
「放送部が把握してるのは三組ですねー」
「三組……それは多いのですか?」
「一年生の二学期と考えると多めらしいですよー」
「私の時は一組だったわねぇ」
いつの間にか、エラもその輪に加わっている。
「今のところ、一組は女子側のクラスに移る事になってて、残りは今も協議中みたいですねー」
「移籍されると、クラスの人数が減る……それはつまり、合同演習の戦力が減るって事なのよ。成績に影響するから、どこも戦力を取られないように必死になるわ」
そのままロマティの隣に立ち、解説を担当していた。
「たとえばラフィアス君に新しい婚約者ができて、その人のクラスに移りますってなったら……」
「合同演習で敵として現れる!」
「そこで名前を挙げないでもらえますか? そういう予定は無いですから」
卒業生のエラが相手なので、いつもより口調が丁寧なラフィアスであった。
「でもよー……」
話を聞いていたスタン=色部=ベルが、チラリとジェイを見る。
「オレっち達のクラスは心配する必要無くね?」
その言葉に他のクラスメイトもジェイを見て、そしてうんうんと頷いた。
この反応にはジェイも意味が分からず戸惑いを見せるが、すぐに色部が答えを教えてくれる。
「どっちのクラスに行くか選べるなら、絶対こっちだろ! 他所のクラスに行ったら、演習でジェイと戦う事になるじゃねーか!?」
クラスメイト達が更に大きく、そして力強く頷いた。ジェイを敵に回してまで他所のクラスに移籍する選択肢は、彼等には無かった。
「フン、どっちのクラスかとか考える前に、婚約者の当てはあるのか?」
小馬鹿にした表情で見下しながら呟くラフィアス。かく言う彼は、ジェイと同じく三人の婚約者持ちである。
その一言は小さな声だったが、やけに教室内に響いた。色部を始めとするクラスメイトの多くがピシリと動きを止める。
「……ハッ、そうだ!」
真っ先に立ち直ったのは色部。
「オレっち達と婚約すれば、ジェイのいるこのクラスに移籍できる! これ使えね!?」
その言葉に、クラスメイト達は戸惑いまじりで互いに顔を見合わせる。そんな馬鹿なという思いもあるが、微妙に使えそうなラインなのだ。
彼等がこういう時に判断を仰ぐのは、卒業生であるエラ。皆の視線が彼女に集まる。
「う~ん……騎士団入りを目指すなら演習の成績も大事だから、もしかしたら……?」
「おぉっ!」
「でも、結局自分が活躍できないと駄目だし、かえって避けたがる人もいるかも?」
「……ぉぉぅ」
感嘆の声を上げた色部だったが、続きを聞いてトーンダウンする。
「……つまりは?」
「あんまり当てにしない方がいいわねぇ」
色部を始めとする何人かがガックリと項垂れた。
女子も混じっているのは、それをネタにしてあわよくば騎士団入りを目指す有望株を捕まえようと考えていたのだろう。
「自分の力で見つけて、どっちのクラスに移るか決める時に考慮するぐらいって事ですねー」
最後にまとめたのはロマティ。かく言う彼女は、兄の進路が決まるまで縁談できないのでこういう時は気楽な立場であった。
という訳で、華族学園二学期スタートです。