第166話 迫りくるお母様
王城を出た一行は、そのままポーラ島へ。学生街の宿舎へと戻る。
「ただいまって感じですねっ!」
「ふふっ、長いお休みが終わった後は皆そんな風に言ってるわ」
我が家に帰ってきたと感じたのはジェイ達も同じであった。
長期実習に帰郷、そして新領地アルマ。慌ただしく過ごしていたため「お休み」という感じではなかったが。
一月以上宿舎を空けた事になるが、その間は留守居役として残した忍軍に任せてある。
彼等が出迎えてくれると思いきや――
「遅かったですね。城で何かありましたか?」
「……母上?」
――出迎えたのは、なんとアルマ代官を任せたポーラであった。
「な、なるほど、魔法で……」
宿舎の中に入って居間で詳しく話を聞いてみたところ、ポーラが魔法で生み出すあの『青い扉』の部屋は、部屋はひとつだが扉は複数設置できるそうだ。
現在扉を設置しているのは元々居た旧校舎、この宿舎、アーマガルトの屋敷、そしてアルマの屋敷の四つとの事だ。
説明を聞いて、まずモニカが問い掛ける。
「えっと、つまり……青い部屋を通れば、その四箇所を自由に行き来できるの?」
「私とジェイならば、ですね。他の者では入れません」
魔法の主であるポーラと、勇者と魔王の魂を受け継ぐジェイだけが出入りできるという事だ。
この魔法自体、いざという時に身を隠して脱出するためのものらしい。言うなれば落ち延びるための魔法であり、そのため術者自身だけでなく血縁者も使えるようになっているのだとか。
「あれ? でも、あの時あたしも入れましたよね?」
「それはジェイと一緒だったからです」
明日香の疑問にも答える。手をつなぐなど、接触していれば一緒に扉を潜る事ができると。
これは本当に血縁者しか使えない場合、息子の妻など血縁の無い家族等を脱出させられなくなってしまうからだ。
「ただ、血縁者以外に使わせる場合は魔素を消費します。移動距離が長くなればそれだけ大量に」
魔素を使うのは術者であるポーラではなく、接触しながら一緒に扉を潜った者だ。
「えっ? そんな風には感じなかったんですけど」
旧校舎で明日香と一緒に部屋に入ったジェイが疑問を口にする。
「あの時、部屋はあの場所にありましたからね。移動距離はほぼゼロですよ」
「今、部屋はどこに?」
「私に一番近い扉がある場所となります。これからは基本的にアルマにある事になるでしょう。距離がありますので、基本的に貴方一人でしか使えないと考えておきなさい」
「分かりました、母上」
移動手段と言うよりも、連絡手段ができたと考えた方が良いだろう。
ポーラ自身は自由に行き来できるが、代官の仕事が有るので基本的にアルマに居るとの事。用が有る時はジェイの方から出向く事になるだろう。
「ああ、世木の件ですが、極天騎士団から調査員が派遣されると思いますので」
「分かりました。受け入れの準備をしておきましょう」
だが、こういう連絡が一瞬で済むと考えれば、かなり便利な代物である。
「いつでも訪ねてきて構いませんからね」
そう言ってポーラは、アルマに帰って行った。ジェイは時々顔を出した方が良いだろうなと思いつつ、それを見送る。
「え~っと、後は始業式までお休み?」
「まずは帰還の挨拶回りよ~」
旅の疲れもあってモニカは休みたいようだったが、残念ながらやるべき事はまだまだ有る。
近所の友人達に、帰還の挨拶をして回らなければならないのだ。
「おみやげは用意してるでしょ?」
「アルマのですけど、これでいいんですか?」
「それでいいのよ、明日香ちゃん。ジェイがアルマの新領主になった挨拶も兼ねているんだから」
そういう事情もあって手を抜く訳にはいかない。そういう事なら仕方がないと、モニカも準備を始めるのだった。
「……ジェイの奥さんになる訳だしね」
照れ臭そうに、頬を緩ませながら。
ジェイとモニカ、エラと明日香で二手に分かれての挨拶回り。全てが終わる頃には、すっかり日も暮れていた。
「つ、疲れた……」
居間のソファでぐったりと力尽きているモニカ。始業式まで間が無く一気に回った事もあって疲れ切っているようだ。
「はいはい、疲れてるところゴメンなさいね~」
「エラ姉さん、まだ何かあるの?」
「二学期になると学園の方にちょっとした変化が有るから、その説明をね」
「変化、ですか?」
一緒に聞いていた明日香が首を傾げた。
対するエラは、真剣な表情になって話し始める。
「そう、二学期になるとね……学園は……婚活が本格化し始めるのよ」
「…………へっ?」
思わず間の抜けた声を漏らすモニカ。ジェイと明日香も顔を見合わせた。
しかしエラも冗談で言っている訳ではない。彼女は既に華族学園を卒業してきた身。三年間学園を見てきたのだ。
「一学期の成績である程度相手を見定めて、夏休みの間に家族とも相談。二学期が始まると……他の人に先を越されないように、一気にね……動き出すのよ……」
まるで怪談話を語っているかのようなノリ。その内容ではなく雰囲気に明日香は怖がっている。
「そ、それって怖がるような事なんですか?」
「いえ、別に? 私達にはあんまり関係無いし」
その言葉と同時に、いつもの雰囲気に戻るエラ。明日香とモニカはほっと胸を撫で下ろした。
なお「まったく関係無い」と言わないのは、内都に入った時に集まっていた者達のように、三人もいるならあと一人ぐらい……と考える者が現れないとは限らないからだ。
華族社会でそれをやる者は、ほぼいないだろうとも考えていたが。
「まぁ、周りの人はそういう事を考えて動き出すから、邪魔しないようにしましょうって事よ」
「ああ、確かにそれは大事だな」
ジェイが知る限り、親しいクラスメイトの中で既に婚約者がいるのはラフィアスのみだ。
「他にも、気を付けた方が良い事が……」
在学中に見てきた事、他にも気を付けるべき事を教えてくれるエラ。
「エラ姉さんって、婚約しないまま卒業したから、そういう話は……」
「しっ」
なおエラは、まともに婚活しないまま卒業した身であるため、本当に「見てきただけ」である事については触れてはいけないのである。
今回はお知らせがあります。
この度、『魔神殺しの風騎委員 世界平和は業務に入りますか? ~勇者と魔王の魂を受け継いだ俺ですが、そこまで責任持てません~』の書籍化が決定いたしました。
どこのレーベルから発売されるかなど、詳細は公式で発表されるまでお待ちください。