第165話 虎の尾を踏んだ男達
一日ゆっくり休んだ翌々日、ジェイ達は入学式の時と同じように従者と忍軍、そして護衛を伴った「学生行列」でアルマを発つ。
「新領主のお披露目となります。しっかりやるのですよ」
見送るポーラが激励を送る。新アルマ領主として初めて内都に向かうため注目度は高いだろう。
ジェイと三人の婚約者の獣車、従者達の獣車、そして荷物を載せた獣車。それらを学園に連れて行く忍軍と騎獣を持った東天騎士が護衛として行列に加わる。
なお、世木や不正寄騎達も別の獣車に乗せて内都まで護送する。元々前代官が護送する予定だったが、彼の引越し作業の遅れによりこういう形となった。
前代官や去る寄騎達は、手続きのために一旦内都カムートに戻らなければならないので彼等も同行する。おかげで行列は春の入学時以上の規模となっていた。
それから道中何事もなく内都に到着。門を潜って町に入ると、大通りの両端に人だかりができていた。噂の魔神殺しの新領主をひと目見ようと押し寄せたのだろう。
ジェイが獣車の窓から通りを覗くと、黄色い声が湧き上がった。
若い娘が多く実に華やかだが、彼女達が通りに飛び出さないよう衛兵達が必死に押さえている。
それを見ていた明日香が笑顔で振り返る。
「モテモテですね、ジェイ!」
「モテてるのか? これは」
「ここで見染められたらって考えている子もいるだろうし、モテてると言えば……まぁ?」
極力窓から見えないよう深く腰掛けたジェイは首を傾げ、答えるエラも自信無さげだ。
「婚約者、三人いるんだけどなぁ」
「三人いるからじゃない?」
呆れ顔のモニカが、即座に切り返した。既に三人もいるのだからともう一人ぐらい……と、ハードルが低いと思われている節はあった。
その後ジェイはあまり顔を見せないようにしながら宮廷に到着。まずは冷泉宰相と武者大路極天騎士団長に会って、世木を始めとする不正寄騎達を引き渡す。
武者大路は極天騎士団長を任されるだけあって、背は低いがガッシリした体格をしている。
冷泉宰相や祖父レイモンドと比べると若いが、髭は濃く、頭頂部は輝いている。ジェイはその姿を見ていると「着飾ったドワーフ」という言葉が思い浮かんだ。
「『賢母院』様を……そうか……」
なお、臨時の代官をポーラに任せた件について聞いた二人は、なんとも言い難い複雑そうな顔になっていた。彼等もかつては華族学園に通っていた身、何か思う所があるのだろう。
「と、とにかく、陛下がお会いになられる」
叙爵と領地拝領の挨拶である。本来ならばこれを済ませてから領地に向かうものなのだが、今回は帰郷しているタイミングで決まったため、こういう流れになった。
広い廊下を、武者大路の先導で進んで行く。祖父レイモンドより若いようで、のっしのっしと歩くその後ろ姿はまだまだ現役であると感じさせた。
そして謁見の間の前に到着すると、先に冷泉宰相と武者大路の二人が中に入った。
ジェイはその後、名前を呼ばれてから謁見の間に足を踏み入れる。
まずは冷泉宰相と武者大路を含む宮中伯達が迎える。
奥に進むと一段高い位置にある大きな玉座が。そこに座る少年王アルフィルクの身体の小ささを際立たせている。まだあどけなさを残した顔付きの幼い子供だ。
右には長い黒髪を結い上げたドレス姿のバルラ太后。で、相も変わらず眉間にしわを寄せて堅物そうな雰囲気を漂わせている。
左には『春草騎士団』の団長、愛染の姿が。こちらは優美な笑みを浮かべて、アルフィルク王に寄り添っていた。
「――アルマ子爵よ、此度の働き見事であった! これからも励むが良い!」
「ハッ!」
仰々しく、そして長々しい挨拶が終わった。
主に喋っていたのはバルラ太后。まだ少年王には任せられないという事だろう。
ではアルフィルク王は退屈そうにしているかというと、そうでもない。むしろジェイを見て目を輝かせていた。
今回ジェイは、魔神殺しの功績でここに来た。アルフィルクにしてみれば、噂のヒーローが目の前に現れたような感覚なのかもしれない。
何か話し掛けたそうにうずうずしていたが、バルラ太后にやんわり止められる。
そしてそのま愛染に促されてアルフィルクは退室して行った。名残り惜しそうにジェイの方をチラチラと見ながら。
ジェイは幼いとはいえ王となると、ろくに自由は無いのだろうなと思いつつ、その小さな後ろ姿を見送るのだった。
謁見が終わるとポーラ島に向かう訳だが、その前に冷泉宰相と武者大路に呼び止められた。
世木、正確には敵前逃亡した彼をロシェル村の代官にねじ込んだ者についてだ。
「私の知る限り、宮中伯ではないな」
「……それは真か?」
断言する冷泉宰相。しかし、武者大路は不審気だ。
武者大路が団長を務める極天騎士団は内都を守る者達。しかし、それは防衛戦力的な意味だけではない。華族の不正等に対処するのもまた彼等の役目だった。
「むしろ、宮中伯になりたがっている者を疑うべきだろう」
「あぁ~……」
武者大路は、禿頭をぺしっと叩いて天を仰いだ。
宮廷華族の幹部クラスである宮中伯、それになりたいという者はいくらでもいる。
しかし、宮中伯になるのは簡単な話ではない。たとえば宮中伯から推薦を受ける事がひとつの方法なのだが……。
「推薦するのに金を積ませる……まぁ、珍しい話じゃないわな」
どこか呆れ声の武者大路。
いわゆる「付け届け」というものだ。正当な理由の有る謝礼や、仕事をしてもらった際の必要経費などであれば、それ自体は罪ではない。
つまるところは、お役目以外の仕事を頼むからその分の経費は支払いますという話なのだから。
この場合問題は、自分の出世のために金を贈った事、その付け届けの資金が世木の不正蓄財から出ている可能性が有るという事だ。
「つまり敵前逃亡した世木を助ける代わりに、不正蓄財の一部を自分に流させていたと?」
「丁度手駒を探していたところだったのかも知れんな」
ジェイの問い掛けに、冷泉宰相は小さくため息をつきながら答えた。
「まぁ、この件については私に任せておけ。卿は学園に戻るがいい」
言葉に含まれたものに、僅かに周囲の気温が下がったような気がした。武者大路が僅かに不審げな顔になる。
「なんだ、随分と張り切ってるじゃないか。義孫の前で格好付けたいのか?」
「……少し、思うところがあってな」
冷泉が話そうとしないのでジェイも黙っているが、彼には心当たりがあった。
というのも世木がロシェル村で行っていた不正というのは、名水の水源を維持管理するために大規模な工事が必要だと言って資金を集めるという手法で行われていた。
実際には工事は行われておらず、世木が懐に入れ、一部を内都の誰かに送っていた訳だが。
ではその資金を提供したのは誰かと言うと、その名水を利用している者達。特にダーナ酒を作るために名水が絶対欠かせない者……そう、ダーナ代官である冷泉家が主な被害者となっていた。
実際に資金を提供したのはダーナ代官、つまりは宰相の息子であり、エラの父。息子の不甲斐なさも含めて、冷泉宰相が内心怒り心頭になるのは無理のない話である。
これは任せても問題無い。むしろ相手の心配が必要になりそうだ。そう判断したジェイは、後の事を彼に任せて城を後にするのだった。
今回のタイトルの元ネタは、映画『虎の尾を踏む男達』です。