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第164話 引っ越し英雄!

 諸々の調整が終る頃、アルマ代官の引越しの準備が終わりジェイ達に屋敷が引き渡された。これにてポーラが臨時の代官となり、彼は前代官となる。

 二階建ての屋敷で、代官屋敷としては大きい。そのまま領主屋敷としても問題無いだろう。

「なんと言うか、独特の建物ですね」

「これは武士の故郷にあったという建築様式ですね」

 明日香の疑問に答えたのはポーラ。日本で言うところの幕末から明治時代あたりに造られていた擬洋風建築である。

「おぉ! 何もありません!」

「まぁ、家具とかは前の代官の私物だろうしな」

 中に入った明日香が驚きの声を上げた。

 前代官の荷物は全て運び出され、屋敷はがらんどうの状態である。この立派な屋敷に相応しい調度品を置いていたであろう跡が見て取れた。

 こうなる事は分かっていたので、ジェイ達も自分達の家具を持ってきていた。

 人手が必要になるので、忍軍の手も借りて荷物を運び込んでいる。

「でも、建物自体は結構良いものね」

 家具の配置を指示していたエラが、屋敷の中を見回して言う。

 それを聞いたモニカがぼそっと呟いた。

「学生街の家と比べると古風かなぁ」

「あれは今の校舎と同じ頃に造られたからね」

 なお、モニカは早速コレクションルームにする部屋を探しに行っている。

 学生街の家には入り切らない物をこちらに送る事もあるかもしれない。なにせここは将来の我が家となるのだから。

 なお、家臣達の荷物を入れたりしてもまだ空き部屋が余るぐらいなので安心である。


 そんな引越し作業の最中、商機を察知したのかアルマの商人達が早速売り込みに来ていた。

 明日香は調度品と言われてもピンと来ず、専らエラ、モニカ、ポーラが商人達に対応している。

「武門の家に多いタイプですね。領主夫人となる以上そのままではいけませんよ。二学期からは教養の授業も受けるようにしなさい」

「えっと、あたしは実戦演習の授業を……」

「アルマは昔から多くの華族が訪れる地ですから、おのずと必要になりますよ」

「……そうなんですか?」

 きょとんとする明日香。この辺りはセルツとダインの文化の違いもある。

 アーマガルトは対ダイン幕府の最前線であり領外から訪れる華族は国境防衛を担う寄騎か援軍ぐらいだった。しかしアルマはそうではない。多くの華族が観光客として訪れるだろう。

 つまり、アーマガルト以上に社交が重要になってくるという事だ。

「要するにアレだよ。教養とか調度品とかは、社交の装備みたいなもの。武器も持たずに戦場にはいかないでしょ?」

「なるほどっ! ジェイ、ジェイ! 授業を受ける時はあたしも一緒ですよ!」

 まだ理解できていなかった明日香だが、モニカの説明を聞くと即座に理解した。

「そうだな。俺もそこまで詳しい訳じゃないし」

「約束ですよ♪」

 華族学園は、華族家の当主として必要となる最低限の授業以外は、自分で選択して受けるというシステムになっている。

 これは宮廷華族と領主、そして騎士ではそれぞれ求められるものが異なるからだ。

 特にこの手の教養は、武門の家では重視されない傾向にあった。

「あら、そうなの? アーマガルトのお屋敷は、調度品も結構あったけど」

「あれは父上の趣味ですよ」

 ジェイの父カーティスは、昴家で唯一生まれも育ちも内都だ。その感覚は宮廷華族に近かった。

 武門の家の生まれであるジェイが、ある程度とはいえそうした感覚に理解があるのは彼の影響が大きかった。


「それにしても……前の代官の方もお引越しの準備大変だったんじゃないですかね?」

 明日香が気付いた。代官の荷物を載せた獣車がいくつも連なっているのを見たが、あれだけ運び出すのも大変だったのではないかと。

 屋敷の各所に飾られていたであろう高価な調度品も多かったと思われる。

「やっぱり実入り良いんだなぁ、アルマ」

 一方モニカは、商人の娘らしくそれだけの物を揃えるのにどれほど掛かるかと考えた。

「アルマって王国中から人が集まる観光地だからね」

 そういう場所だからこそ、不正寄騎がいたとも言える。新しい寄騎達も気を付けていた方がいいだろう。

「そりゃマウント取ってでも残ろうとするか」

「優位に立てば、そのまま押し切って残れると思ったんだろうな」

 更に言えば、代官として残るつもりだったから引越しの準備をしていなかった。屋敷をジェイ達に引き渡すのにここまで時間が掛かったのはそれも理由である。


 ここで皆の話を聞いていた明日香が首を傾げた。

「結局のところ……この領地もらって良かったんですか?」

「どうかしたのですか? 明日香」

 質問の意図が読めずにポーラも首を傾げて問い返す。

「いえ、ジェイの功績が認められたのは嬉しいんですけど……ジェイもモニカも大変そうで、素直に喜んでいいのかなぁと」

 しゅんとなっている明日香を見て、ジェイとモニカは顔を見合わせる。

 アルマに到着してからというもの、ジェイは忍軍を使って大急ぎで調査を進め、モニカは『天浄解眼』を使ってフル回転。

 対して明日香は何もできなかった。だからこそ余計に、自分だけ喜んでいていいものかと思ってしまったようだ。

「本来なら、こういう大変な部分は宮廷の方でやるものなのよ」

 エラが視線をそらしつつ言う。

「どうしてやってくれなかったんですか?」

「時間がね……二学期に入ってからだと、休みを取ってここに来ないといけなかったから、悪いとも言い切れないんだけど……」

 立つ鳥跡を濁さずと言うが、本来ならばきれいにしてから引き渡すのが王家と宮廷の仕事だ。

 しかし今回は、そうもいかない事情があった。

「今回の事件が急だったので余裕が無かったのでしょう。アーロ側は早々に褒賞を決めてしまい、あまり遅れる訳にはいかなかったでしょうし」

 ポーラがバッサリといった。彼女の言う通りだが、夏休みの終わりが迫っていた事なども影響しており、各方面でタイミングが悪かったとも言える。

「まぁ、最初が大変ではあったけど……」

「それが終われば良いとこだよね?」

 結論としては、最初を乗り越えれば悪くない領地である。

「……温泉もあるし」

 最後にモニカが、ぼそっと付け足した。この屋敷にも温泉が引かれている。

 エラは何も言わなかったが、うんうんと頷いていた。



 新領主の歓迎パーティー兼送別会が行われたのはその日の晩だった。

 いかに立派な屋敷とは言えパーティーができる状態ではないため、会場は先日まで泊まっていた宿だ。和風の建物なので、畳の大広間での宴会である。

 メインは歓迎パーティーだが、去る者への配慮も忘れない。この辺りはエラの提案だった。

 おかげでジェイ達がもてなす側になっていたが、これも領主の仕事の内だろう。

 このパーティーが終われば、ひとまず最初にやるべき事は終わりとなる。

 まずポーラが臨時代官としてアルマに残り、残留寄騎、元東天騎士、そしてアーマガルト忍軍を預ける訳だが……忍軍の数は少ない。

 そもそも半分以上はアーマガルトに残っている上、学園に連れて行く者達も必要になるからだ。

 なおこの問題については既に解決案が出ている。世木を捕らえに行った忍軍から、山村のロシェルは忍者を鍛えるのに丁度良い環境だと言うのだ。

 そこで先遣隊隊長に代官を任せ、領民から有志を募って修行させる事になっていた。

 そこで鍛えられた者達は新たな忍軍となり、いずれ「アルマ軍」の中核を担う事になるだろう。

 王家直轄地から子爵領となったアルマ、今日が新体制のスタートである。

 今回のタイトルの元ネタは、映画『引越し大名!』です。

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― 新着の感想 ―
[一言] クラスメイトを呼んだらどうかな。 もしかしたら東天騎士団の若い人と婚活出来るかもしれませんし。 特にビアンカなんて寄騎としてもぴったりかも。 色部については…。
[一言] そうや温泉か、残渣物から金取ろうなんて剛の者も居るんだろうか? 下水処理施設の残渣物で金取るの諏訪のしか知らんが
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